第39回 アーラコレクションシリーズvol.6「秋の螢」可児公演が終了

2013年10月10日

可児市文化創造センターala 事務局長 桜井孝治

今年もアーラコレクションの時期がやってきました。このシリーズは過去の秀作にいま一度焦点をあて、俳優やスタッフが市内に約1ケ月半滞在して演劇作品を創作していくアーラの自主企画事業で、可児で作った作品は引き続き東京で、その後全国へ向けて発信する地方発のプロジェクトです。今年は数えるところ第6弾となります。私は昨年に続き2回目、役者さんとの会話のキャッチボールにも少し余裕が出ています。可児公演・東京公演・地方公演と全体の流れも一度体験しているので、可児公演が終わったからといって気を抜く訳にはいきませんが、大きな節目を迎えたことは間違いありません。
年間スケジュールの中で、年度半ばに行われるこのアーラコレクションと年度末の大型市民参加事業は、財団事業の大きな二本柱です。今月と年度末の3月は“ひとりごとシリーズ”はお休みし事業紹介を行います。

本年度のアーラコレクションは“家族”や“絆”をテーマにした鄭義信さんの「秋の螢」を12年ぶりに再演しました。大まかなあらすじは「父が駆け落ちしていなくなり、伯父と親子のように暮らす主人公の家に、訳ありの妊婦や失業中の男が転がり込み、摩擦を起こしながらも次第に“疑似家族”として寄り添って暮らしていく」というもの。少し簡単過ぎましたが、笑いも織り込みながら、ほろりとくる人情味あふれるストーリーとなっています。8月下旬に、俳優、スタッフ、市民サポーターの顔合わせが行われました。これまではチラシ等の印刷物で拝見していただけの役者さんが、実際に今自分の目の前にいるのです。
不思議な気分です。
施設内のロフトの1つを期間中専用の稽古場として使用し、本番会場の劇場舞台と同じスケールのセットをそこに組みます。
面積的にはロフトの8割位を占めてしまうので、スタッフの居場所は壁際くらいしか残っていません。大道具や小道具は日が経つにつれ徐々に揃っていきます。ジュースの自動販売機は稽古場では最後までロッカーを裏返して代用しました。またこの芝居は食事のシーンや甘いものを口に頬張る場面が多いのですが、稽古が進むにつれ実際に食べながら行います。舞台裏では時間を逆算してスタッフによる調理が進んでいます。皆さん“そうめん”はどれだけ食べたか判りません。役者さんも大変な仕事です。

9月末から始まった可児公演では、来場された皆さんから本当に温かい拍手をいただきました。台本を読んで、稽古を見て、この芝居は市民の方に受け入れられるだろうという手ごたえは感じていましたが、実際に公演を観て帰られる皆さんの表情の中に満足したものを確かに見届けました。またアフタートークが設定されている日には、ホワイエに溢れんばかりの人が残っていただきました。

それでは限られた時間の中で、私が見た皆さんの様子をほんの一部ですがお伝えします。演出の松本祐子さんは文学座所属、大阪弁のマシンガントーク炸裂のとても気さくな方です。名古屋育ちのため名古屋弁も上手で“二ヶ国語”を駆使します。ざっくばらんなお人柄のため一見大雑把な印象を受けますが、実は気配り心配りを随所に感じることができます。演出の際も「こういう意図があるので、このように演技して欲しい」とキチンと説明されます。ベテラン俳優や看板女優とも良好な人間関係を築いているので、事務局としてはとても安心して見ていられます。平成13年の「秋の螢」初演を演出した松本さんが12年後に再度同じ作品の演出に挑みます。その間人生経験を積み、演出家としても完成度が増した彼女の手腕が見所です。
演出助手の日沖和嘉子さんは、ご自分も俳優として勉強されていることもあり、助手としてよく気が付かれます。現場では若い役者さんにからかわれることが常ですが、持ち前の包容力と明るい性格で笑い飛ばして稽古場のいい雰囲気作りに一役かっています。お若い方ですが、精神的なタフさを持ち合わせているムードメーカーです。

出演者については順不同ですが、まずは細見大輔さん。昨年の「高き彼物」に続き2年連続のアーラコレクション出演となります。前回は役柄の関係もあり本人が登場したのは芝居が始まって2時間以上経ってから。ここから12分間で美味しいところを全部持っていってしまいました。来場されたファンの方からの「もう少し出番があってもいいのでは」との声に、今年はリベンジする機会を作りました。声も相変わらず腹の底から出ているいい声です。女性ファンが多いのも頷けます。昨年の好青年の医師役とは違って、生い立ちに影のある役どころを見事に演じています。
小林綾子さんについては、我々世代には朝の連続テレビ小説「おしん」で主人公の少女時代を好演した印象が強すぎますが、実際にお会いしてお話すると清楚でとても素敵な方です。今回は少し荒んだ妊婦役に挑戦し、芝居中はずっと膨らんだお腹でいます。普段は澄んだ瞳も役に入り込むと鋭い目力を発揮します。こういう一流の人に直接お会いしてお話ができる機会は、役所にいてはまずありませんので貴重な体験です。一度私が窓口で声を荒げるお客様の対応をしていた日の帰り際には「今日は大変な日でしたネ」と労っていただいたのも、いま思うと懐かしい想い出として残っています。

渡辺哲さんは大柄な体格ゆえ、とにかく存在感があります。声も低音で迫力があります。テレビやCMでの露出度も高く、先日までテレビで放送されていた“月9”にも出演されていました。哲さんが演技をすることで芝居に文字通り重みを醸し出しています。実際にお話しすると純朴なしゃべり方の中にやっぱり迫力というものを感じますが、それだけにニコッと笑った時とのギャップが役者としての魅力をさらに増幅させています。
福本伸一さんについては、舞台やテレビドラマに数多く出演されています。最初台本を読んだ時、この少しくだけた役をどのように演じるのか素人ながら大変興味がありました。お人柄は癖が無く“ナチュラル”という表現がピッタリ。どんな役柄でもこなせる引き出しの多さに驚いています。今回の舞台でも、だらしないけど憎めない、また時にみせる真剣な演技が光ります。
粟野史浩さんは文学座の俳優さんですが、アイスホッケーの実業団選手の経歴を持つバリバリの体育会系。先輩や目上の方には非常に丁寧に、後輩にはフランクに接します。懇親会の席では乾杯した後、誰よりも早く一気飲みしてジョッキを置くやいなや「おかわり!」の掛け声です。制作発表時のインタビューでは一瞬で場の雰囲気を和らげてしまいます。同席者の中での自分の役割を瞬時に判断されます。粟野さんの物の考え方の根底にある常に前向きな思考回路はどこからくるのか探ってみたいです。本人の破天荒なイメージを壊さないためにも、台本にはキチンとカバーをかけていることや、演出指導を受ける時には鉛筆と消しゴムを持参して臨むことは黙っておきましょう。

また今年もこの「秋の螢」支援のため、約30名の市民サポーターが結成されました。メンバーは交替でお茶場や雑用を担当したり、掲示物を作成したり、市内のお店などにポスター・チラシを持ってPR活動に東奔西走です。
関連企画としては、今回の物語のテーマにちなみ“家族”をお題とした川柳と、“ねぞうアート”写真を募集いただきました。この“ねぞうアート”結構笑えます。被写体は家族やペットも対象としましたが、応募いただいたのは圧倒的に赤ちゃんです。赤ちゃんの寝相の形を活かして演出した写真で、周りには小道具でデコレーションを施し、真上から写真を撮って完成です。ポーズは大の字・うつぶせ・横向きなど様々、基本のルールは“安眠のジャマは絶対にしないこと”“赤ちゃんが寝返りを打ったら潔くあきらめること”だそうです。あとは思わず吹き出してしまうようなタイトルを付けてポストに投函です。応募いただいた作品は、出演者・演出家によりお気に入りの作品を選んでいただき、選ばれた方には素敵な「秋の螢」関連グッズを進呈いたしました。

アーラコレクションを担当する財団の体制としては、メイン担当に勤務経験2年目の職員を充てています。既経験の係長が担当する選択肢もありましたが、中期的な視点に立ち、また職員を育てることも狙い異例の抜擢をしました。当然予想されたことですが、本人は大変苦しみもがいています。しかし私達の期待に見事に応えてくれています。彼女の頑張りのおかげで、係長は補佐役に回りこの事業での負担が軽減されます。また昨年の担当者は温存できており、他の事業に専念することができます。このままやり通すと本人に大きな自信が付くのは勿論、それに伴い職員のレベルが一気に底上げされることとなります。
限られた職員で数多くの事業を高いレベルで維持・実施していくためには、個々のレベルアップが必須です。荒削りな若手職員がどんどん育っていくのは、見ていて頼もしいものです。