第126回 「いま何年目?」と「あと何年?」― 最近よく訊かれること。

2012年3月10日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

「いま何年目ですか?」、何故か最近よく訊かれます。初対面の人だけではなく、旧友の口からも同じことを訊かれます。「準備期間の非常勤の一年を除いて、実質私の経営体制を敷いてから四年目が終わります」と答えるのですが、どうして同じことを皆が訊くのかなと不思議に思っています。長すぎると思っているのか、短期間でブランディングしたことを評価してくれているのか、ちょっと量りかねています。それに今年になってからは「あと何年やるの?」と訊かれることが多くなりました。いくら私が高齢だからといってもかなり不躾な質問です。これには少々困ってしまいます。65歳になって、役所から介護保険証を送りつけられて「お前は前期高齢者」と烙印を押されたわけですし、体力の衰えは自分が一番知っています。それでもジムに通い、境界血糖のために医者から言われて約7キロの減量もしました。それでも「あと何年?」には答えられないものがあります。鬼籍に入った同世代の友人は一人や二人ではありません。それだけに「あと何年くらい」にはとても答えられないのです。

それでも、これまでの4年間は一心不乱に突っ走ってきたという実感はあります。人材の多い劇団文学座とアウトリーチを厭わない新日本フィルハーモニー交響楽団と地域拠点契約を結び、年間300回を超えるコミュニティ・プログラムを可児市内全域の学校、フリースクール、高齢者福祉施設、障害者福祉施設、病院、多文化施設、公民館などに供給し、日本で唯一の当日ハーフプライスを含むチケッティング・システムを設計して稼働させました。文学座公演は2年目から連続3年間ソールド・アウトになりましたし、地域拠点契約の二芸術団体の公演は92.4%、すべての舞台事業のアベレージでは84. 8%の客席稼働率(2010年度実績)です。しかも、公立ホールで良く見かけるチケットの押し売り(Selling)はまったくしていません。「売れる環境づくり」のマーケティングを推し進めて、多くの方々にチケットを購入していただいています。それは、顧客の受取価値を高度化する様々な仕組みによって、そういう環境がつくられているのです。公演のある月に誕生日の観客に手づくりカードとバラ一輪をプレゼントするバースディ・サプライズや市民によるイルミネーションの毎日の点灯式などはその一例です。それから、年間約35万人の来館者を数えます。平均すると1年に1万2000人ずつ来館者が増えています。これまでの4年間で「アーラ・ブランド」は可児市と周辺市町に行き渡りつつあります。文化庁の補助事業「劇場音楽堂からの創造発信事業」で地域の中核施設に採択されました。全国から耳目を集める存在になりつつある実感があります。

三段ロケットの一段目は90%の燃焼効率だったと思っていますが、来年度からは二段目に点火する時期になると自分では決めています。一気に加速して、外からの評価を高めるのがこれからの時期の目標です。むろん、昨年の総務大臣賞、今年に入ってからの芸術祭賞、讀賣演劇大賞と外部機関からの顕彰は受けていますし、非常に多くなった全国各地からの視察のほとんどが劇場経営とその仕組みと設計に対するものです。私自身も北海道から九州沖縄までアーラについての講演に招かれています。けれども、まだ「日本を代表する地域劇場」との社会的認知は受けていないと思っています。安定的な飛行には入っていないと思っています。それよりも何よりも、アーラの採用している経営システムが地域劇場・ホールのスタンダードにならなければ社会的な存在価値はないと考えています。芸術愛好者のみならず、すべての国民・市民に、劇場ホールの存在価値が認知されなければ意味はない、とさえ思っています。でなければ、「社会の価値観を変化させる」というアーラの事業定義に悖ることになってしまいます。

「人間の家」としての地域劇場・ホールは、社会と人間に「変化」という成果をもたらす機関として広く社会に認知されるべきと確信しています。その確信を具現化したいのです。ドラッカーではありませんが、地域劇場・ホールの成果は「変革された人間」であるべきと考えています。日本の政治と社会が劣化し、コミュニティが急速にその力を失うなかで、リスクヘッジとしての劇場ホールの社会的必要性は高まっています。その社会的包摂機能を十全に発揮することが社会から要請されているのです。逆に言えば、そういう社会と時代になってしまっているということです。だからこそ、劇場や音楽堂の社会的役割と使命が強く求められるのです。

そのための戦略はもうすでに考えてあります。それを粛々と実行していくだけです。ただ、それには職員の更なる意識改革が求められます。使命にしたがって一瀉千里に走る職員の総合力が求められます。その具体策としては、事業のシミュレーションを繰り返し幾重にも行って事前に具体的な対応策を用意する「ワークアウト」と、自身とアーラに託する職員一人ひとりの「夢」をリラックスして語り合い、共有する「夢kaizenプロジェクト」を業務として進めることです。そこで「あと何年やるの?」となるのですが、皆目見当がつきません。ただ、「日暮れて 途遠し」にはならないようにしなければと身を引き締めています。そして、三段目のロケットは私の後に来る「未来の館長」に点火してもらおうと思っています。いま言えることは、三、四年は身体を毀さないようになるべく遠くまで走ることだけです。私の好きなアメリカの国民的詩人であるロバート・フロストの『雪の宵の森にたたずんで』という題の詩の気分です。

森は美しく、暗くて深い。

だが私には約束の仕事がある。

眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ。

眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ。

「Stopping by Woods on a Snowy Evening」

正直、「眠るまでまだ幾マイルか行かねばならぬ」という使命感が現在の私のすべてと言っても良いでしょう。全国の公立の地域劇場の経営手法のスタンダードをつくらなければ、何のために40歳で地域に出て四半世紀、ただひたすら走ってきたのかまったく意味がないのです。生きてきた意味を見いだせないのです。巡航速度で未知の世界へ向かって飛べるようになるまでは、もうしばらくは「夢」を加速させたいと思っています。