エッセイ

金沢市民芸術村での十年間を振り返って。

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

金沢市民芸術村での十年間を振り返って。

 29日に仕事を終えてから金沢へ向かいました。 金沢市 民芸術村の人事異動で、開村以来十年間村長を務めた細川紀彦氏が退いて、新村長に金沢芸術創造財団の藤井宏事業課長が兼務で就任することとなり、ランチでも一緒して、ご挨拶とこの十年間の総括めいたことをしよう、というための旅でした。

 在来線での四時間の移動はかなり堪えます。夜遅くに金沢駅近くで文学座の西川信廣氏と落ち合って、翌日の新村長との初顔合わせの内容のすり合わせをしました。そのあと 金沢市 民芸術村の文化ボランティアの仲間たちが設けてくれた宴席に向かいました。協働して作品創造やワークショップの運営をしてきた仲間たちだけに、気のおけない宴席になりました。

 翌日、 金沢市 民芸術村を訪ねました。開村以来、十年間にわたってアドバイザーを委嘱されていた芸術村を、 可児市 文化創造センターの経営をお引き受けするのにともなって退任しました。まさに通いつめた十年間でしたから、もうあまり来ることもないだろうと思うと、いささか感傷的な気分になりました。 可児市 文化創造センターは欧米的な設計思想をもった日本中に誇れる素晴らしい劇場ですが、 金沢市 民芸術村も、大正期から昭和初期にかけて建造された煉瓦造りの建物で、そこには「時」が眠っていて、その時間がパフォーマンスとともに立ち昇って私たちを温かく包んでくれる、別の意味で本当に大好きな場所です。心が癒される空間です。

 「24時間365日利用可、市民ディレクターによる事業運営」という画期的な仕組みで十年前に開村した 金沢市 民芸術村は、通産省(当時)から「グッドデザイン大賞」をその「仕組み」を受賞理由で授与されるほど、全国から注目される文化施設でした。開村以降、視察はひきもきらず、職員が仕事にならないという状態が、その後数年にわたって続きました。山出保 金沢市 長の「火事を出さないことと喧嘩さえしなければ市民に自由に使ってもらえばいい」という英断によって出来た施設であると言えます。 金沢市 のシティプロモーションやイメージアップに大いに貢献したと、全国の文化行政担当者、芸術文化関係者のおそらく誰もが思っているのではないでしょうか。

 新村長と型どおりの名刺交換とご挨拶をしたあと、私はいきなり「最近の芸術村は少しおかしくなっている」と申し上げました。開村式での山出市長のご挨拶の中にあった精神が忘れられている、と私はいま思っています。

 それは、行政と市民、それに私たち専門家がともに、等しく手を携えて、そのパートナーシップと連携の進化によって作品や人材の発信、「芸術村」という仕組みの発信をするということです。その「等しく手を携えて」という精神が、近年、置き去りにされていると感じるのです。当然ですが、事務所の職員は十年でまったく変わりました。それにともなって「開村の精神」が忘れられて、行政体質によくある上からの管理型の施設になりつつある、と私は感じています。人間のやることですから十年一日なんてことはありえないのは分かってはいますが、それにしても十年でグッドデザイン大賞を授与された「仕組み」が錆び付いてしまったのです。

 私たちとボランティアの市民たちは、同じ四百円の弁当とお金を出し合ってつくる味噌汁を食べながら事業を進めてきました。それが「開村の精神」であると今でも信じています。ところが、最近、食事の光景にいささかおかしな変化が見えてきたのです。市民ボランティアから弁当代を徴収しているのです。「専門家の方には三千円の弁当でも良いが、市民に弁当を出すのは困る」というようなことを事務所の担当職員から言われたというのです。これが事実だとしたら、とんでもない勘違いをしていると私は思います。ボランティアの本場であるアメリカでは、ボランティアにサンキュー・ランチやサンキュウ・レターを出すのは当然のことです。ただの「安上がり人材」ではないのです。

 ましてや 金沢市 民芸術村の「開村の精神」から言えば、職員のそのような発言は許しがたいものです。そんな差別化された弁当などお断りです。そんなことをするから「行政は、また」という紋切り型の批判をされるのです。とるに足らないことのように感じるかもしれませんが、そういうところに「精神」は如実に表れるのです。

 また、芸術村には「オープンスペース」という空間があります。ここは利用申請が必要なく、無料で利用できる場所でした。過去形なのは、そうではなくなってしまったのです。以前はヒップ・ホップ・ダンスやアカペラのグループが集まって、さまざまに個性的な活動を伸びやかにしていた場所でした。それが、あるときを境にしてパッタリと見られなくなり、閑散とした場所になってしまったのです。隣接するミュージック工房かドラマ工房の利用者が、通るのに邪魔だ、と事務所にクレームを言ったのが事の発端と伝え聞きました。

 これが事実なら、不遜な発言としか言いようのないことです。オープンスペースは「通路」ではなく、市長の開村の挨拶にもあったように「広場」なのです。利用料金を払っているとか、払っていないとかの問題ではないはずです。同じアーツを愛する者として自分以外の人の表現欲求をまるごと尊重して、はじめて 金沢市 民芸術村は健全に成立しているはずです。いや、はずでした、と言うべきでしょう。そういう「不遜」な人間にアーツをやる資格はありません。腹が立つより、哀しさが先にきます。

 また、そのクレームを聞き入れて張り紙をしてしまうところに、事務所職員 が金沢市 民芸術村の精神を心得ていない証拠が表れるのです。「禁止事項」をベタベタと貼ってある文化施設ほど、ひと気がなく、閑散としています。市民に愛されていない施設です。アーツの特性に無自覚な職員にひたすら「管理」されている施設です。全国の公共文化施設を注意深く観察していればおのずと見えてくる結論です。

  可児市 文化創造センターの館長兼劇場総監督として自戒をこめて言えば、劇場やアーツセンターとは「集い」、「出会い」、「語り合い」、「知り合う」ための場所であり、そのために人々がどれだけ大らかに、自由に、伸びやかに、自分以外の他者に関心の翼を広げられるかであり、それを阻害するような「禁止事項」を限りなく零に近づけることが私の仕事のひとつと心得なければならないと思うのです。また、クレーマーは決して全体を代表していないこと、クレームに対しては何処に、あるいは誰の立場に立脚して対応をするかが肝心であることを、 金沢市 民芸術村での十年を振り返ってあらためて思うのです。

金沢市民芸術村での十年間を振り返って。
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