劇評

アーラ市民参加公演 オーケストラで踊ろう!『新世界』

執筆者:安住恭子(演劇評論家)

プログラム ポロネーズ~歌劇「エフゲニー・オネーギン」Op.24より
       〈作曲〉チャイコフスキー
       交響曲 第9番 ホ短調 作品95 B.179「新世界」
       〈作曲〉ドヴォルザーク
振付・構成・演出 井手茂太
指揮 古谷誠一
演出アドバイザー Chris Hill
出演:市民ダンサー
演奏:可児交響楽団
平成25年3月 9日(土)18:30開演
       10日(日)14:00開演
可児市文化創造センター・主劇場

アーラ市民参加公演 オーケストラで踊ろう!『新世界』

 ダンサーもオーケストラも自前の公演。可児市の市民113人が参加して創った『オーケストラで踊ろう!「新世界」』が素晴らしかった。市民オーケストラ、可児交響楽団の演奏で、子供から高齢者まで幅広い市民ダンサーが参加して踊る企画。2010年に続く2回目だが、前回以上に充実した作品に仕上がっていた。決して本格的訓練を受けたわけではないダンサー達が、あるまとまりのある作品を創っただけではない。そのダンスからさまざまなことを喚起させる、イメージ豊かな世界を繰り広げたからだ。
 音楽は、第2楽章の「家路」で日本人に愛されている、ドヴォルザークの『新世界より』。アメリカに滞在したドヴォルザークが、黒人音楽が自分の故郷ボヘミアの音楽に似ていることに刺激を受け、新世界・アメリカから故郷・ボヘミアに向けて創ったとされる交響曲第九番である。第2楽章だけでなく全編にボヘミア的な美しい旋律にあふれた親しみやすい交響曲だ。古谷誠一指揮の可児交響楽団はまず、それに先だって、チャイコフスキーのオペラ『エフゲニー・オネーギン』より「ポロネーズ」を演奏。明るく軽快な曲で客席を浮き立たせた。
 その暖かいオケの演奏にのせて、いよいよ51人のダンサーによる『オーケストラで踊ろう!「新世界」』である。振付・構成・演出の井手茂太は、出演者を3つのグループに分け、第1楽章から第3楽章までをそれぞれが踊り、第4楽章を全員でという構成で見せていく。その振付は極めてシンプルだ。歩く、走る、肩を動かす、手を伸ばす。洗濯物を干したり、鞠つきやボール投げを思わせるのもあるし、その人の癖が動きになることも。つまりは出演者個々人の極めて日常的な仕草や動作を基本にしている。それでいてそれらの組み合わせであるシーンが、非日常性をおびていく。集団の姿がある美しさを獲得し、イメージを紡ぎ出していくからだ。
 例えば第1楽章で、出演者達が大きな半円になり、一人ずつ動いてそれが次から次へとバトンタッチされていくシーン。それぞれの動きは決して洗練されたものではない。けれども空気がピーンと張りつめ、その個々の動きをしっかり見つめさせるのだ。そしてさり気ない日常のささいなことも、思わず知らず互いに影響を与え合うという、人の世の常を思わせる。それはメンバー一人一人が自分の動きに自信と責任を持ち、作品創りに参加していることを自覚的に担っているからだ。歩き、走るといった極めて単純な動きにも、その精神が貫かれている。決して照れたり恥ずかしがったりしない。そのことが作品作りを保証した。そして、第2楽章の冒頭のような印象的シーンを、生み出した。
 それは、第1楽章のメンバーが三々五々歩み去る中に、次のメンバーが歩み入って来るシーンだ。前のメンバーが渦巻き状に混沌と散っていく中に、一人また一人と一定のリズムでくさびを打ち込むように登場する。その歩みは一歩進んではちょっと引き戻されるといった振付。次第に三角形の隊列を作りながら進んでいくその姿が、真摯な美しさをはらんでいる。有名なメロディーにのったそれは、「家へ帰る」という言葉がふくむさまざまなことを想像させた。それは人は安らぎの前に、何かしらの仕事をし闘い進んでいくということ、そしてそこには常につまづきをはらんでいるということ、それでも前へ前へと時間は進むということ、である。静かに歩むだけでそんなことをイメージさせる。
 つまりこの舞台は、ユーモラスな姿や滑稽もふくめ、大地と宇宙の間で生きる生のさまざまな側面を思わせたのだ。第4楽章ではオーケストラボックスをのぞき込み、大きな音に驚き、次第に体が音楽と一体となって呼吸するシーンがあった。それは異文化との出会いを思わせた。そして、災害などの厳しい試練を示唆するシーンもあり、ダンサー達は沈んでは立ち上がる様を繰り返した。その上をなお不穏な白い布がおおう。立ち上がっても立ち上がっても試練や困難は続くのだ。それでもなお一人一人自分の生を生きていく。それこそがリアルな生の永遠の姿だろう。困難を乗り越えて希望の未来へといった、安易な結論を歌い上げるのではなく、今の私達の生の実感をみごとに捉えたダンスだった。そして一人一人に注がれる太陽や月の光とその影などの照明をはじめ、プロのスタッフがそのダンスを力強く支えた。

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