劇評

文学座『女の一生』

執筆者:安住恭子(演劇評論家)

作  森本薫
補訂・演出 戌井市郎
演出補 鵜山仁  
出演 赤司まり子、平淑恵、松山愛佳、藤﨑あかね、松岡依都美、
   下池沙知、石川武、大滝寛、今村俊一、鈴木弘秋、上川路啓志、
   長島凛々

平成27年2月27日(金)-28日(土) 計2回公演
可児市文化創造センター・小劇場

文学座『女の一生』

『女の一生』は、日本の新劇界のリーダーの一人だった亡き杉村春子の代表作であり、文学座の代表作だ。昭和二十年四月という、戦争末期の空襲の最中に初演されて以来、杉村自身が千回近く演じており、その主演の座を杉村の意向で継承した平淑恵も、平成八年と十一年に二百六十九回演じている。今回はそれ以来の再演である。
こうした流れから何かしら古典を見る思いで観劇したが、杉村が演じていた時よりも、現代にビビッドに迫る作品に仕上がっていて驚かされた。この作品に内包されていた問題が、今の日本と重なるからだろう。鵜山仁の演出がそれを引き出し、従来とは重点を変えたからのように思う。
この作品は、当時の「日本文学報告会」が、戦意高揚のための戯曲執筆を小説家や劇作家に依頼し、森本薫がそれに応えて書いたとされる。森本はその報告会の幹事の一人であった。従って戦後の状況と合わなくなった部分もあり、敗戦直後に、死の床にあった森本が、焼け跡でのプロローグとエピローグを付けるなど改訂。その後も上演のたびごとに、演出の戌井市郎による補訂を重ねてきたという。今回はその戌井の補訂・演出を継承しつつ、鵜山が演出補として新たな息吹を吹き込んだ舞台である。

文学座『女の一生』

物語は、日露戦争での旅順陥落にわく明治三十八年の正月から、第二次大戦までの「布引けい」の一生である。両親を亡くし、親戚の家で育てられていた彼女が、その家を飛び出して迷い込んだ堤家で、女主(あるじ)となっていった道のりだ。中国との貿易商である堤家で、はじめは女中をしていた彼女が、働き者で稼業にも好奇心の強いところを見込まれて、芸術家肌の長男伸太郎の嫁になる。自分で望んだわけではなく、命を救ってくれた主人の命令には抗えなかった。そして次男栄二への恋をあきらめ、家の存続を義務ずけられたその立場を必死で果たそうとするうちに、夫や娘も離れていき……という流れだ。
そのけいを象徴する言葉として、「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んだ道ですもの」というセリフがあり、杉村の舞台はその強い生き方がテーマとなっていた。けれども今回は、このセリフが相対化されたように思う。むしろ他者によって決められた運命を、自分で選んだように思い込む姿を客観的に見せたといおうか。そしてそれはけい一人の問題ではなく、強い社会的規制や情勢に抗うことなく、従順に従い、生真面目に誠実に生きた多くの日本人の姿を思わせたのだ。

文学座『女の一生』

そして、明治三十八年から昭和二十年までの四十年にわたるこの舞台が、実に戦争の時代だったと意識させたのも、今回のもう一つの特徴だ。森本の戯曲自体に、その背景が強く描かれているのだが、それを今回は各幕ごとの暗転時に、その当時の戦争をめぐる動きを字幕で映し出し、さらに補強したからだ。しかもそのほとんどが中国との関係である。つまり、日清戦争に始まり、日露戦争、第一次大戦、日中戦争、第二次大戦と続いた戦争の中で、日本は明治以来中国進出の野望を繰り返して来たのだ。それを対中国貿易を営む堤家を舞台に、日本と日本人の運命として森本薫は周到に描いたわけで、今回の舞台は戯曲のその構造を明快に示したといえる。
その結果、森本がしのばせたもう一つのせりふが浮かび上がる。それはけいの夫となる伸太郎の、「ひとつの国の言葉がわかるということは、実はその国の文明と人間の特質を会得するということだ」という言葉だ。
彼は家業を継ぐために中国語を学んだ。けれどもそれを深く学ぶほどに、単に経済活動に事足りるだけではダメなのだ、ということに気づいたのだ。他国との本当の交流には何が必要なのか、を。そしてそれを知り芸術家肌でもある彼と、家業に邁進し中国を取引先としか見ないけいとの溝はどんどん深まっていく。舞台を見ていて、私はこの二人の間の溝こそが、日本の今を象徴しているように思えた。故意のように関係悪化の情報が大量に流されている中で、けいのような考え方が大勢を占めつつあるのではないか。そしてそれを「自分で選んだ」と思い込み始めているのではないか、と。
戦意高揚のため書いたとはいえ、森本薫はやはり冷静に日本と日本人を見つめていたと改めて思う。そして鵜山仁と平淑恵をはじめとする出演者たちは、それをしっかり継承したのだ。みごとだった。

このページの上部へ