劇評

ala Collectionシリーズvol.7「黄昏にロマンス」

執筆者:安住恭子(演劇評論家)

作 アレクセイ・アルブーゾフ
英訳 アリアドネ・ニコラエフ
訳 常田景子
演出 西川信廣

出演 平幹二朗 、渡辺美佐子

2014年11月20日(木)-24日(月祝)計5公演
可児市文化創造センターala・小劇場

ala Collectionシリーズvol.7「黄昏にロマンス」

埋もれた名作を今に甦らせるalaコレクション・シリーズ。その七回目に当たる今年の作品は、初めての翻訳物だ。『イルクーツク物語』で知られるロシアの作家、アレクセイ・アルブーゾフ作の『黄昏にロマンス』。初老の男と女の二人芝居だが、それを平幹二朗と渡辺美佐子というキャストで見せた。日本の現代劇を牽引してきた名優二人の競演である。二人の資質と演技力がぴたりとはまって、軽やかな笑いをふくみながら、味わいのある舞台になった。西川信廣の演出。
医療設備のあるロシア独特の保養所、サナトリウムでの話。その施設の医師ロディオンは、入所して間もないリダに苦情を言う。深夜に詩の朗読をしたり、早朝に歌をうたったりする自由奔放な彼女の振るまいが、周囲に迷惑をかけているからだ。だが彼女は自分を通し、ロディオンは怒る。その険悪な出会いから、次第にひかれあっていくという、恋愛もののパターンどおりの展開だ。それ自体微笑ましい物語だが、この舞台はそれだけを見せるのではない。その変化していく過程をとおして、それぞれの来し方をあぶり出し、人生と老い、そしてその後の生を考えさせる内容だ。

ala Collectionシリーズvol.7「黄昏にロマンス」

変化はロディオンの側に大きく訪れる。彼は妻に「去られた」あと、女性には見向きもせず独身を通してきた。そのことの本当の理由が、最後に言葉少なに明かされるが、恋愛に見向きもしなかった彼の心が開かれるのは、二つのきっかけによる。一つは大聖堂でのオルガン演奏を聴いて、涙ぐんでいる彼女を目撃したこと。もう一つは若さと活力が失われていくことに抗い、おしゃれやダンスを楽しもうとする彼女に巻き込まれて、その楽しみを知ったことだ。
生真面目な常識人が、奔放な女に振り回され、思わず人生の快楽を知っただけではない。美しい音楽を聴いて涙を流す彼女は、その奔放さの裏に何かしら純な痛み隠し持っている。この二つを同時に目にしたからこそ、ロディオンはリダにひかれるのだ。そして彼は「船に乗ってどこかへ行こう」と何度もいう。これまでの現実から離れ新しい出会いに没頭したいという願いの叫び。心の高揚だ。もちろん、自分を受け入れてくれたロディオンに、リダも胸をおどらせる。
そして二人の人生の本当の姿が、最後に明らかになる。リダは何度か結婚したが、尊敬し信頼していた最後の夫が別の女のもとに去っていった。それだけでなく、戦争で最愛の息子を亡くしていたのだ。その衝撃の大きさは、息子の戦死で、彼女がそれまで夢中になっていた女優を辞めたと語る言葉に表れる。虚構の死や悲しみを演じることができなくなったのだ、と。一見思いのままに人生を送ってきたかに見える彼女の心の裏に、そういう悲しみがあった。

ala Collectionシリーズvol.7「黄昏にロマンス」

そして「妻は去って行った」と語っていたロディオンもまた、妻を戦争で亡くしていた。実は妻も同じ医師で、従軍し戦死したのである。なぜそれを「去った」という言葉にしていたのか。
おそらくこの夫婦には、思想を共にした幸せな結婚があり、その主義と国家のために、二人は積極的に従軍したのだ。だからこそ、妻の戦死への怒りを向ける相手がいない。そこに幾重にも屈折した悲しみがある。その悲しみを抱えて戦後を生きて来た彼は、安易な恋愛を受け入れることができなかったのだろう。言葉ではまったく説明されないが、そんな彼の姿が大きく浮かび上がる。
そしてその彼の姿と、リダの涙とが重なる。二人とも戦争で最愛の人を失い、その後の人生を大きく狂わせた。二人の心にたたみ込まれてきた悲しみと痛みは、反戦という単純な言葉に収まらない。それは愛国心や勇気という言葉で飾り立てられ、そのことに自分も夢中になったという苦い思いである。決して語られることのない思いの発露。それがこの舞台の深い味わいの要になっている。
ではそうした人生を経て、初老を迎え、思わず惹かれあったこの二人が、その後どうするのか。舞台はその問いを客席にも向けながら進む。そして最後の最後に、「心のままに」というメッセージを送る。痛みを知る者同士のその選択に救われる。黙って医師の仕事を続けてきた男を平がリアルに悠然と演じ、渡辺が奔放な女をチャーミングに見せた。そして、だれにでもある出会いと別れ。老年だからこそその意味が分かる。それをさりげなく示した。いい芝居であった。

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