劇評

新国立劇場『鳥瞰図』

執筆者:安住恭子(演劇評論家)

作:早船聡
演出:松本祐子
出演:渡辺美佐子、入江雅人、野村佑香、八十田勇一、弘中麻紀、
浅野雅博、佐藤銀平、品川徹


2011年6月3日(金)~6月4日(土)[全2回公演]
会場-小劇場

奇をてらうことは何一つなく、メッセージのおしつけもない。それでいて舞台の上で生きる人たちの思いも姿もきちんと飛び込んできて、人が生きて在ることの現実をしみじみと思う。新国立劇場制作の『鳥瞰図』(早船聡作、松本祐子演出)は、そんな芝居だった。浦安を舞台にした下町人情劇だが、その小さな世界から時代の流れも、流されつつ自分の人生を生きるしかない人間というものも、くっきり見えてくる。
 かつては渡り鳥の飛来する広大な干潟と、海の幸に恵まれていた浦安。今やすっかり埋め立てられ、ディズニーランドや高層マンションなどで知られるその町の片隅で、佐和子(渡辺美佐子)と息子の茂雄(入江雅人)は、細々と釣船宿を営んでいる。世話好きで気のいい佐和子の人柄で、そこは近所の人々のたまり場になっていた。ある日、そこに一人の少女(野村佑香)がやってくる。彼女は家出して長年音信不通の末、つい最近交通事故で亡くなった、佐和子の娘の娘=孫娘のミオだった。舞台は、このミオの出現をきっかけに、佐和子親子の過去を少しづつ明らかにしながら、周囲の人々も含めた今を描いていく。佐和子はかつて、渡り鳥を撮るカメラマンと結婚して娘と茂雄を産んだが、彼が去ってこの船宿の主と再婚したのだ。娘の家出はそれへの反発からで、長年負い目を抱いていた佐和子は初めての孫娘との出会いにも、うれしさの反面、動揺を隠せない。ミオも緊張しつつ、祖父が写した風景を見ようとする――。
 祖母と孫娘の関係としては、なかなかただならぬいきさつだが、この舞台
 
はそれだけを特化するわけではない。周囲の人々にも程度の差はあれ、それぞれの事情がある。例えば、調子のいいサラリーマンの杉田(八十田勇一)は、妻に浮気がばれて家に帰りづらい時間を持て余しており、彼をからかう朝子(弘中麻紀)と照之(浅野雅博)の姉弟も、朝子が離婚問題を抱えていたり、仲の悪かった父母の遺骨のことでもめたりしている。茂雄も、末期癌の別れた妻のめんどうをみているらしい。独居老人の元漁師(品川徹)や、フラフラと頼りないアルバイトの勇太(佐藤銀平)もふくめ、みんな何かしら欠損を抱えているのだ。この舞台が描くのは、そんな彼らのまったりした日常だ。佐和子におかずやスイカをふるまわれれば喜んで飛びつき、うわさ話に一喜一憂する。負はどこかにうっちゃり、なんとなく朗らかに生きる。そんな庶民の暮らしぶりを中心にすえているのだ。
 この芝居の魅力の第一は、そうした庶民の日常が丸ごと描かれていることにある。それも、一人一人の心にきめ細かに分け入りながら、そうした彼らが、風景もすっかり様変わりするほど激しい変化の影響をさまざまに受けてきたことも、同時に見せるのだ。虫の目と鳥の目。この二つの視線がしっかり効いて、奥行きの深いドラマになった。それだけではない。そうしたリアルな人情劇が、さらに別の想像をかきたてる面白さもある。それは彼らが鳥のように思えることだ。前の妻の元に帰ったらしい佐和子の前の夫や、やはり別れた前妻につくす茂雄、埋め立てに反対してどこかに去ったあとまた舞い戻ってきた元漁師らは、まるで渡り鳥だ。反省する側からまた浮気しそうな杉田も同様だろう。繰り返される男と女の愛と亀裂が、そんなことを思わせる。また、追いつめられても海を慕い続ける船宿とそこに集まる人々も、水際に住む水鳥ようではないか。
そしてそうしたドラマに目をこらし、思うさま想像させてくれるのは、何よりもこの出演者達がいきいきと舞台で生きていたからだ。互いに緊張しながら、次第に心を通わせていく姿をきっちり見せる渡辺と野村。舞台全体を束ねていく渡辺のうまさはいうまでもないが、ふるえる心を抱えた野村もいい。そして育ての父の不器用な誠実さと、本当の父の危うい魅力を合わせ持つような入江。八十田、弘中、浅野、佐藤らは、それぞれの屈託もすぐさま笑いに転化して、陽気な劇空間を作った。さらにこの土地の生き証人であり、言葉少なにその時間の堆積を思わせる品川。どの一人にもゆるがせに出来ない人生があると思わせつつ、絶妙のバランスでドラマを作った。このアンサンブルのよさ。それは、松本の演出のたまものでもあるのだが。

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