劇評

ala Collection シリーズ vol.4 『エレジー』~父の夢は舞う~

執筆者:安住恭子(演劇評論家)

本作品にて平幹二朗氏は読売演劇大賞「優秀男優賞」および
文化庁芸術祭「芸術祭優秀賞」をダブル受賞

作:清水邦夫
演出:西川信廣
出演:平幹二朗、坂部文昭、角替和枝、山本郁子、大沢健
【可児公演】
2011年10月1日(土)~10月9日(日)[全8回公演]
会場-小劇場

優れた現代戯曲を再創造する「アーラ・コレクション」シリーズの4作目。7、80年代に、甘美で哀切な世界を作った清水邦夫作品の登場である。『エレジー~父の夢は舞う~』(西川信廣演出)。1983年に、亡き宇野重吉に当てて書いたとされる主人公を、今回は平幹二朗が演じた。

 高校教師を退職し、一人暮らす平吉(平)の家に、急死した息子の嫁塩子(山本郁子)が訪ねてくる。8年前に買ったこの家のローンの督促状を、返しに来たのだ。息子と共にローンを払ってきたが、正式に入籍していなかったため、縁は切れたと判断したからだ。そもそもこの二人は、出会ったその日にけんかをし、そのため別れて暮らしていた。この日の話もおだやかに進むことはなく、売り言葉に買い言葉の応酬のあげく、塩子が引き続きローンを払い、平吉の死後、家の権利を手に入れることになる――。

 この古い家をめぐる物語である。いいかえれば、ローンを払うことでかろうじて保たれる、人と人の絆をめぐる物語であり、その絆を保ちがたい人々の、孤独と狂気の物語といおうか。

 偏屈で頑固な老人である平吉は、実の息子も弟右太(坂部文昭)も突き放し、孤高の人生を生きてきた。そして誰にでも遠慮会釈なく襲いかかる、猛々しい心を持っている。一方の塩子も平吉に負けない血の濃さを持っており、二人は似たもの同士でもある。だから、まるでトラとライオンのように激しくいがみあった二人は、我知らず磁石のようにひかれあう。あいだに息子がいないだけ、それは恋に似た感情となって二人を支配する。

 

 しかし平吉は、ときおり踏切を幻視するように、忍び寄る死を感じてもいる。また、男まさりの心を抱えた塩子も、絶えず自分の女性性と向き合う女優であるこことで、精神のバランスを崩しやすい女でもあった。そのためアルコール中毒になり、二度の入院もしていた。義父との間に芽生えた感情は、さらにそのバランスを危うくする。男のように立ち向かった相手に、女の感情がゆさぶられるからだ。しかもその恋は決して実ることがない。そして彼女には、プロポーズする年下の男清二(大沢健)がいる。

 舞台は、やがて悲劇的な結末を迎えるまでの、この二人のドラマだが、清水の戯曲はさらに別の登場人物も加えて、絆をめぐる物語を複雑に展開する。それは塩子の独身の叔母敏子(角替和枝)だ。今は小さなアパートに塩子と暮らしている彼女は、塩子と共にローンを払うことで、自分もいつか家を持つという希望に胸をふくらませている。けれどもそれは、一人で働きつづけて中年になった女の、先行きへの激しい不安に裏打ちされている。彼女もまた、心を病んでいるのだ。

 確固とした鎧を着ているものの、そこにややヒビの入ってきた平吉、強さと過敏さが自分への凶器となる塩子、そしてひたすら孤独な敏子。平吉と塩子のまるで格闘技のような応酬や、平吉が留守と思い込んで敏子と清二がこの家を見に来るシーンなど、舞台はややコミカルに始まる。だが彼らの孤独と狂気の内実が露わになるにつれ、次第に張りつめた空気が支配していく。それは単に胸の内を明らかにするといった生やさしいものではなく、容赦なく神経までむき出しにしていくのだ。鬼凧がときおり宙に浮かぶが、3人の

 

心は寒風にさまよう、糸の切れた凧なのだろう。これらのことを右太がナレーターとして物語っていく。売れない映画のプロデューサーで、気ままに暮らす彼は、60歳を過ぎても平吉を「お兄ちゃん」と呼ぶ男だ。その依存的関係性に安住し、家=絆への執着がない分、葛藤も薄い。医師の卵である清二もまた、若さ故の無防備さがある。二人は彼らに手をさしのべようとするが、支えきれないのだ。

 平が圧倒的存在感で平吉を演じた。トラのように強く孤高であり続けた男が、絆を築けなかった迷いと恐れを抱きつつ、なお孤高であろうとする。その痛みに、生々しい男の色気がある。だからこそ塩子を狂わせる。そして山本が、その心を狂わせていく塩子を、張りつめて見せた。『アンドロマック』のエルミオーヌを演じる場面では、その台詞に塩子を重ね、渦巻く感情をほとばしらせた。角替もまた、一見人のいい叔母さんに、深い孤独と虚ろを表現した。そしてややのんきで無神経な男たちを演じた坂部と大沢もふくめ、彼らの姿は、今の私たちの縮図だろう。その透明な縮図は痛ましくも、美しい。

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