連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第四十四回 本年度を締めくくる市民参加型事業「マイタウン可児の物語」

可児市文化創造センターala 事務局長 桜井孝治

年度末の3月、卒業式のシーズンでもあります。厳粛な中にもこれまでの振り返りと感謝、これから先の未知への不安や希望が入り混じります。若い方には多くの選択肢と可能性が与えられています。それぞれのステージからの旅立ち、おめでとうございます。昨年11月にアーラの舞台に立った森山直太朗さんの「さくら」は卒業式にピッタリの名曲です。中学を卒業する子どもさんならアンジェラ・アキさんの「手紙~拝啓十五の君へ~」を聞かせてあげたいです。そして閉式の辞が述べられた後は西野カナさんのアップテンポの曲をバックに、色とりどりの紙吹雪のなか笑顔で退場するという演出はどうでしょうか。いずれにしてもこういう式典の類は涙腺が緩みがちです。

正月にテレビ放送される“はじめてのおつかい”もティッシュが手放せません。この番組は文字通り、小さい子どもさんが生まれて初めて頼まれごとを受けて、自分でやってみようとする様子を何台ものカメラで収録するものです。子どもの自立心や逞しさ、親離れ・子離れを見事に映し出します。一方で映される当の本人は周りのスタッフが予想だにしない行動に出たり、思わず本音の独り言をつぶやいたりして笑いを誘います。子どもを送り出す親の気持ちも痛いほど伝わってきます。心が折れそうになった子どもが気持ちを切り替えて前を向いた瞬間や、ずっと家の二階の窓から待ち続けた母親が、苦労の末帰ってきた子どもの姿を捉えた瞬間に流れるB.B.クィーンズの近藤房之助さんの歌声が、これまたピッタリとハマってたまりません。

さて毎年3月は、大型の市民参加型事業が公演される月です。ジャンルは3年サイクルとしています。3年前は音楽劇、一昨年はミュージカル「君といた夏」、昨年はコンテンポラリーダンス「オーケストラで踊ろう!」と続いているので、今年は一巡して音楽劇の開催年となります。音楽劇「マイタウン可児の物語」を上演します。
大まかなあらすじは、朝起きて、夜眠る、ありきたりで平凡な毎日。その繰り返しの果てに死が待ち受ける。そんなごく普通の日常生活を、2つの家族とその子ども同士の結婚を通して静かに訴える不朽の名作ソーントン・ワイルダーの「わが町」、この作品を可児市版に歴史や出来事・地理的概要を置き換えて演じます。3年前の平成22年度に「わが町可児」として上演したものを、今回は文学座の高橋正徳さんの演出により再演するものです。
公演ではタイトルの通り自分たちの住んでいる街・可児に愛着を持ってもらうとともに、出演する市民同士の交流や繋がりを築くことも狙っています。また、人の命の大切さを考える機会を提供し、平凡な毎日が大切だと改めて感じていただくことも意図しています。

出演者には文学座より大原康裕さんと名越志保さんを客演としてお招きすることとなりました。このお二人は昨年度の「花咲くチェリー」でアーラ小劇場の舞台に立ってみえます。大原さんについては名古屋出身で写真がご趣味とお聞きしています。今回の役柄同様、普段から温厚なお人柄で皆さんと接していただきました。名越さんについては、私がお会いした中でもかなり強く印象に残っている役者さんのおひとりです。なんであんなに包容力があって魅力的な声が出るのだろう。同じ文学座からは若手の鈴木亜希子さんと高塚慎太郎さんにも手伝っていただきます。こちらは演出助手として演出の高橋さんの右腕と左腕の役割も担っています。毎週土・日曜日を稽古日に充てましたが、市民の参加者が70人近くになってくると、なかなか全員が揃うことは難しくなってきます。しかし稽古は進めていかなければなりません。そこでこのご両人の登場となります。マルチプレーヤーとして、台本片手にどんな役でもこなして台詞に穴が開くようなことはさせません。効果音まで担当します。演出の高橋さんをして「演出家がいなくても稽古は回るが、この2人がいないと稽古が成り立たない。」と言わしめます。

出演を希望される方には10月中旬にオーディションを開催しました。全体を5つのグループに分け、参加した方から応募の動機や自己PRを聞きとり、簡単なコミュニケーションゲームで他者との関わり合いの状況を確認しました。その後実際に台本の一部を読んでいただいて配役を決定していきます。私も台本を事前に読んでいましたので、最終的に決まった配役とオーディション時に配られた資料に書き込んだ自分のメモ書きを比べてみると、イメージ通りの人が配役されていたり、意外な人が抜擢されていたりすることに気が付きます。必ずしも演劇経験者だけで主な役を占めているのではありません。演出家の高橋さんの中では公演当日までの可能性を見越して配役しているのです。「プロの俳優ではないからこその新鮮さ、固定概念にとらわれない演技ができる」と話しています。翌11月には全体オリエンテーションを開催、今回の制作側のスタッフを紹介した後、配役を発表、その後早速外の芝生広場でポスターやチラシ用の全体写真の撮影を行いました。

恒例の関連企画については、第一弾として「可児の物語バスツアー」の開催です。今回の台本には市内の施設名がたくさん出てきます。公共施設や駅だったり、学校や里山だったり。それらの一部にはなりますが一日かけてバスで巡ります。これによって演技が格段に上達する訳ではありませんが、実際に現地を目で見ていると台詞を言う際に説得力が出ます。自分たちの住んでいる街の新たな発見と可児への愛着を持っていただくとともに、出演者同士やスタッフとの交流を築いてもらえたはずです。また「アイラブ可児、わたしの好きなまち」と題した写真展を開催しました。可児の風景・人・何気ない瞬間など、見たことや行ったことのある場所でもカメラのレンズを通すと違った一面を見せてくれます。まちの魅力や撮影者の思い入れが感じられる作品が集まりました。次に「可児がわかる!小さな学校」として2日連続講座の企画です。1日目は市の歴史と文化財についての魅力を探る講座で、かなり深い領域にまで踏み込んだ内容となりました。受講者は普段あまりアーラに来館されないようでしたので、これを契機にぜひ公演を観ていただくよう最後にご案内をいたしました。2日目は「マイタウン可児の物語」の楽しみ方について、演出家や出演者の方に集まっていただき楽しいトークの展開です。その模様はケーブルテレビの公開収録という形で皆さんにお届けすることができています。そうそう、年始には稽古の合間に餅つきもやりました。これらの様子はアーラのウェブサイト内に特設サイトを設け、制作日誌を繰り広げています。

3月に入ると稽古場のロフトから本番会場の主劇場へ、文字通り舞台が移ります。照明や音響の準備が進み、舞台美術も整っていきました。歌唱指導もどんどん熱が入ります。小学生からその何倍も人生経験を積んだ方まで、これだけの年齢差がある出演者を飽きさせることなく、より高いレベルを目指して何度も何度も同じ歌を繰り返して歌います。「市民参加だからこのくらいで」という妥協はありません。舞台の最初と最後に挿入歌というかテーマソングを全員で歌います。同じ歌なんですが、最後に歌う方は曲の途中でパートが上と下に分かれたり、フレーズを追いかけたりして少し手が込んでいます。パブロフの犬の条件反射ではないですが、私はこのイントロが流れてくるとスイッチが入って目頭が熱くなってしまいます。「週末が楽しみで待ち遠しい」と言う方、お仕事をお持ちで高速道路を使って稽古に通っていただいた方など、それぞれの想いを胸に残り日数も片手で数えることができるようになりました。

そしていよいよ本番当日。これまでに無かったことですが、前日の最終通し稽古では長い沈黙の間が発生するアクシデントが起こりました。不安材料を残したまま当日を迎えます。この公演では緞帳が降りることはありません。来場者の方が最初に劇場内に入った時から舞台セットが見えています。出演者も直ぐに出番のある場合や、台詞を言い終わったとしてもその後の展開に関連のある場合は、舞台袖へ退くのではなく、舞台上の両端に並べてある椅子で待機です。この姿も客席から見えています。
時代背景はシーンごとに進んだり戻ったりするので、客席側も想像力をフル回転させての観劇です。舞台は3幕構成で、年の設定は第1幕2001年、第2幕は2008年、回想シーンはその3年前の2005年、第3幕は2017年となっており、16年間を追いかけます。後に結婚する両家の2人は第1幕では高校1年生の設定で、第3幕では32歳となります。回想シーンを含めると絵美役は4人がキャスティングされました。譲治役は2人、その親や兄妹役等複数で演じる役柄があります。進行役として状況の説明をする方は各所に必要なので、合わせると20名近くになります。花嫁の母を演じる名越さんと花婿の父を演じる大原さんはそれぞれお1人で全世代を演じます。マルチプレーヤーの鈴木さんと高塚さんは公演中何度衣装替えをしたかわかりません。

今回文学座の俳優さん達と同じ舞台に立った市民参加の方には、間違いなくいい経験になりました。特に譲治の母親役を演じる3人のうち2人は名越さん演じる絵美の母親と直接絡むので、客席から観て対等に見られないといけません。もの凄いプレッシャーとやり甲斐を感じたはずです。公演終了後の交流会では4ヶ月以上苦楽を共にした仲間ならではの一体感が会場内を包みます。
今回の舞台に携わった出演者や裏方さんがそれぞれの立場で自分の役割をキッチリ果たし、3月第2土曜日の夕方と次の日曜日午後の2回、今年度を締めくくる市民参加型事業を成功に導いていただきました。開演前から長蛇の列で並んでいただいた多くの方も、いい表情で劇場の扉から出てみえます。公演後アンケートの束もこれまでに見たことのない程分厚いものとなっています。私はというと“パブロフの犬”となりながらも、1年前に味わった達成感と脱力感のおすそ分けを再体感です。


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