連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第四十一回 事務局長のひとりごと(8)~(仮)文化芸術振興条例の検討に至った経緯~

可児市文化創造センターala 事務局長 桜井孝治

毎年1回健康診断を受診しています。健診日が近づくとなぜか食事の量を減らしたり、早寝をしたりプルーンやブルーベリーの錠剤を口に含んでみたりして、テスト前の一夜漬けのように少し足掻いてみますが、検査結果は毎年酷いものです。結果を受け取ると第1面に判定コメントの欄があるのですが、まずは内容以前にそこでの文量が目安になるくらいです。今年は8項目分でした。昨年は11項目、一昨年は9項目。文章形式で記載されているので、文末が「12ケ月後に検査をしてください」で終わっている場合にはOKエラーと勝手に判断しています。
一番辛かったのは、5年前に初めて胃カメラ検査をした時です。この2~3年前から胃痛が始まり“お腹が空く=胃が痛み出す”という、典型的な胃潰瘍の症状に耐え続けていました。市販の薬も徐々に強いものでなければ効かなくなっていることを自覚していましたが、ついに検査機関から直接電話がかかってきます。検査結果が郵送される前にです。先輩方からの体験談でも、直接電話がかかってくる場合は本当に危ないと聞いていましたので、遂に抵抗をあきらめました。

再検査の結果は予想どおり即入院、絶食と点滴と投薬という人生で初めての入院生活2週間を過ごしました。胃カメラは計3回飲むこととなります、もうこりごりです。人生観が変わるとまではいきませんが、でもこの入院を契機に“少し気楽に生きてみよう”と感じたことは確かです。自分が急に休むと仕事が滞るのではないかという懸念を持ったものの、見事徒労に終わりました。残念ながら私が不在でも残った職員で何とかなるものです。嫌なことを避けたり逃げたりすることは潔しとしないのですが、身体が拒否反応を示す時は弱音を吐いて人に迷惑をかける選択肢もありなのかなと考えるようになりました。
今年の検査結果も酷く、再検査・精密検査を経て、現在は心臓カテーテル手術を受けるかどうかという状態です。みなさんも定期的な健康診断の受診と、その結果については放置することなく、再検査は必ず受けて下さい。

さて、地域の文化拠点というのは、その地域の文化芸術を創造したり継承したり発信する場であり、人々が集い、その人達に感動と希望をもたらし、共に生きる絆を形成するための場であります。また自分たちが住んでいる土地に誇りを感じることのできる空間として、社会参加の機会を開く基盤としての役割を担っています。
さらに拠点となる場所には“新しい広場”として、地域コミュニティの再生を通じて地域の発展を支える機能や、国際文化交流の発展に寄与する“世界の窓”になる役割も期待されています。

すでに本市においてはアーラが「市民の家」として“新しい広場”の役割を形成しつつあると自負しています。演劇や音楽の鑑賞やそれぞれの創作活動を目的として来館する人々と合わせて、公共スペースには読書をする人や勉強する学生など、人の気配が途絶えることはありません。また毎年多文化共生事業として、外国籍住民を中心にした演劇を制作し公演しており“世界の窓”としても開かれています。
子ども・高齢者・障がい者・外国籍住民といった様々な人々が暮らす可児市で、アーラは文化芸術の持つ力で市民に元気と明日への希望を届け、元気なまちづくりの一助を担っています。

現在、市ではアーラを拠点とした文化芸術によるまちづくりをさらに進めるため、市職員によるプロジェクトチームを組織し「(仮)創造のまちづくり文化芸術振興条例」の検討を始めました。これが制定されると、アーラが実施している事業に係る法的環境が整うことになります。
これまで市のまちづくりに言及したものとしては、平成16年に制定した「可児市市民参画と協働のまちづくり条例」があります。前文では「私達市民は、豊かな自然とこれまで先人が築き上げてきた歴史と文化を引き継ぎ、これらを活かしつつ新しい課題に対処する視点をもって、安全、快適で住みやすく、文化的で魅力にあふれた地域社会をつくり、これを次の世代に引き継いでいきます。」とあります。しかしこの中で明示してある“文化”については、本文では基本理念以外で一言も触れていないという状態です。実質的には“まちづくり活動への支援”や“乱開発を防ぐための土地利用協議”にウエイトを置いた条例となっています。

ここで国の法的環境について少し整理してみます。今回は市の条例制定の話ですが、やはりその背景にある国の動向をふまえる必要があるからです。国の大きな転換期となったのが平成13年に制定された「文化芸術振興基本法」です。それまでこの位置付けにあたるものが無かったというのも不思議な話ですが、この法律ができたことにより、他の文化に関する法律はこの下に位置付けられるという文化法制の体系が確立したとされています。
前文では“文化芸術は世界の平和に寄与する”と大きく謳い、市に関するところでは、第4条で「地方公共団体は基本理念にのっとり、文化芸術の振興に関し国との連携を図りつつ、自主的かつ主体的にその地域の特性に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。」としています。概要については、文化芸術の役割と意義を明示した点で大きな意味を持っています。

その後、これに基づく基本方針を三次にわたって作成しました。平成14年の第一次基本方針では、文化芸術は国民全体の「社会的財産」としてその公共性に言及し、国は文化芸術の「頂点の伸長」と「裾野の拡大」という縦と横への広がりをその役割としています。基本的施策では、各分野の文化芸術の振興、文化財等の保存・活用、地域における文化芸術の振興等を挙げています。
文化審議会の答申でも、「社会のあらゆる分野や人々の日常生活において、その行動規範や判断基準として“文化を念頭において振る舞う社会”、いわば“文化を大切にする社会”の構築が必要」とし、「一人一人が文化を大切にする心を持ち、行政は文化を機軸にして施策を展開し、企業は文化の価値を追求して行動すること」を求めています。

平成19年には第二次基本方針が、平成23年には第三次基本方針が閣議決定されました。特に三次では基本的視点として「文化芸術はその性質上公的支援を必要とし、同時に社会的便益(外部性)を有する“公共財”であり、“社会包摂の機能”を持つ」「文化芸術への公的支援を社会的必要性に基づく“戦略的投資”と捉え直す」としています。
また六つの重点戦略の最初に「文化芸術活動に対する効果的な支援」を掲げ、その中でもこの時点で法的根拠のない劇場、音楽堂等が優れた文化芸術の創造・発信に係る機能を十分に発揮できるようにするため、その法的基盤の整備について早急に具体的な検討を進めることを提唱しています。

上記の審議経過報告を受けて検討会を設置してからは「劇場、音楽堂等の制度的な在り方に関するまとめ」「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」(平成24年)と一気に進んでいきます。これに基づく指針の作成あたりからは、私自身も全国の地方都市を代表してアーラが文化庁のヒアリングを受けた際に同席したこともあり、リアルタイムで関心を持って動向を見守っています。この関係者のヒアリングの結果、現実味のある指針が作成できました。その中では「劇場、音楽堂等は、全ての国民が潤いと誇りを感じることのできる心豊かな生活を実現するための場として、また社会参加の機会を開く社会包摂の機能を有する基盤として、常に活力ある社会を構築するための大きな役割を担っている。」とし「地方公共団体が設置する劇場、音楽堂等については、各地方公共団体が定めた文化芸術振興のための“条例”・計画に則しつつ、同方針を定める必要がある。」と条例制定のためのバックボーンが整い、今私達が行っている条例検討事務へと繋がっていきます。

これまで整理してきたように、文化芸術を基盤とする国づくりの方向が西暦でいうと2000年代に入ってから、誰もが目に見える形で一気に示されたことは高く評価できます。しかし見方を変えれば地方においては国の潮流をふまえて、当然上位法に沿った内容にするように条例制定を進めることが自然な流れとなり、そのことがかえって没個性化に繋がってしまうという影響も否めません。結果としてどの条例も同じようなものになってしまい、個性的で特徴のある条例が制定されにくくなります。
前述のように、市の条例制定ですから市職員を中心に検討を重ねています。私達財団職員も同席していますが、意見交換を進めるなかで私が考える現時点で整理しなければならない課題は次の2点です。

1つは「なぜ今、条例制定なのか」という点です。
文化芸術は地域の発展に資する住民全体の社会的財産であることから、地方公共団体の施策として文化芸術の振興を行う必要性があることについては、誰もが賛同するところです。では国の法律でも明記してあることを敢えて今、市の条例で定めるのはなぜなのか。アーラのために制定するのか。
「将来仮に文化芸術に否定的な立場をとられる首長が当選されたとしても、条例に込められた住民の思いをこれによって伝えることができます。」というのが現時点での模範回答でしょうか。文化の拠点を運営する行政の組織機構が改革されたり、施策の優先順位が変更されたりした場合でも、市の条例があることで大切な根本を残すことが可能となります。しかし、これだけでは制定に至る強い動機付けを読み取ることができない感があります。

2つ目は「条例で定める“文化”の範囲はどこまでとするか?」という点です。
文化庁が政策の対象とする「文化」は、芸術文化・生活文化(茶道・華道・料理・服飾など)・国民娯楽(囲碁・将棋など)・文化財・著作権・国語となっており、かなり広義に捉えています。市の条例の対象とする場合“芸術文化”については異論がないでしょうが、“文化財”は意見が分かれることでしょう。
これまでの長い間は「文化財保護法」が「文化財」という側面からにはなりますが文化芸術振興の拠りどころとなっていました。実に昭和25年からです。創造活動によって生み出される有形・無形文化財のうち、歴史的・芸術的に価値の高いものを国民の文化的向上に資するとしてきました。
これまで何度もご紹介しましたが、可児市は歴史的に価値のある文化財に関わりを持っています。志野茶碗の国宝「卯花墻」(うのはながき)をはじめ、桃山期の茶の湯の分野で一世を風靡した黄瀬戸・瀬戸黒・織部など世界に誇るべき名陶を生み出した地であり、人間国宝の荒川豊蔵氏が日本の陶磁史を覆す大発見をし、生涯を過ごした地でもあります。美濃金山城跡も国指定史跡となりました。文化庁が所管する中でも、文化財・史跡から国を代表する特別支援施設としてアーラを採択いただくまで関わるということは他の市町村にはない本市の大きな特徴です。この点では文化財の公共性は文化芸術一般の公共性に相通じるものと考えられます。いずれにしてもこの2項目を含めて、これから議論を重ねていくことになります。

文化芸術の振興は短期的な視点で実施・評価されるべきものではなく、長期的な視点に立った総合的な施策を推進する必要がありますので、今回条例制定ができたとしてもそれで終わるのではなく、そこに定められるであろう基本理念の下、次の段階として施策の体系や実施する事業を整理する必要もでてくると考えます。
いつの時代にも対応できる普遍性が包括され、持続性が確保でき、それでもって可児市がどんな都市を目指すのかということを市内外に向けて宣言することができる条例、だんだんハードルが上がってしまいましたが、これを来年度中に制定するよう取り組んでいきます。

(今回は条文の引用が多くなってしまいました。引用中「」や“”は私の主観で強調したい箇所に付けたものです。また条文の一部や句点については読みやすさを優先して一部省いています。)

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