連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第二十六回 多文化共生のまちづくり(その2)

可児市文化創造センターala 事務局長 桜井孝治

可児市では多くの外国人市民が居住する現状から、アーラでもまちづくりの一環として文化芸術が国境と人種を超えるための有効な手法であるとの認識の上に立ち、多文化共生事業に取り組んでいます。外国人を含めた全ての市民にとって心豊かで住みよい街となることを目指して「多文化共生プロジェクト」を企画しました。この企画は平成20年度から行っているものです。外国人と日本人が一つになって、数ケ月に渡るワークショップや稽古を経て、言葉の壁を乗り越えて舞台作品を制作していきます。彼らがどんな考え方で生きてきたかを、この事業を通してうかがい知ることができます。共通言語は片言の日本語。初対面の外国人同士、はじめは同じ国同士で集まることの多かった人達が、徐々にお互いの存在を認め合い、話し合い、そして気持ちが通じ合っていきます。

多文化共生プロジェクト初年度(平成20年)は、演劇を媒介として人々の交流を図ることを目的として"ウェストサイド物語"の一場面を基に演劇作品を制作・上演しました。実際に舞台に立ったのはブラジル・中国・日本国籍の計15名、さぞ緊張したことでしょう。上演後の反省としては、制作側も参加者を理解することが必要ということが改めて解りました。その為にはやはり通訳も必要性です。翌21年度のテーマは"危機一髪"。各人が持つ人生の中で出合った危なかった事やそのときの心情について、演劇を通して、時には世界で起こっている危機についても語り掛けました。最後は全員がそれぞれの母国語で"幸せなら手をたたこう"を合唱し、希望のメッセージを会場いっぱいに伝えていきました。
3年目(22年度)は新たな試みとして参加者の得意分野を活かして、それぞれ広報や連絡、衣装制作、イベント企画等、役割を分担して事業を進めました。このことによりプロジェクトに対する責任感も生まれ、参加者の交流はより活発になりました。この事業についてもこの年から市民ボランティアによる手厚いサポートがいただけました。稽古の際には準備・片づけ、本番が近づくと会場の設営やチラシの折込作業、開場中のお客様のご案内やパンフレット配布、参加者の誘導、記録撮影、映像の補助、字幕の操作などなど。この年は戯曲に初挑戦。シェイクスピアの"夏の夜の夢"をベースに儚い夢、挫折や苦悩、そして希望を演じました。初回から担当しているスタッフや関係者との人関関係が深まり、地域に根付いたプロジェクトとなってきました。

4年目の昨年度は「最後の写真」と題して"もし愛する人にたった1枚だけ写真を残すとしたら、あなたはどんな写真を選びますか?"という問いをもとに、それぞれの人生を舞台上で語りました。日系ブラジル人としての幼少期、新しい家族を迎える幸せ、大切な人との別れなど、様々なストーリーは国籍などの違いを越えて、多くの人達の胸に響きました。多文化での考え方や心の持ち方の違いを感じることができました。また、NPO法人である可児市国際交流協会と連携して、公演日にシンポジウム「多文化共生と文化芸術」や会場入口での写真展示、関連の映画上映、フィリピンのダンス演技披露なども交えたことでとても多くの人が関わる事業となりました。
そして5年目の今年は「顔/ペルソナ」と題して音楽・ダンス・映像を織り交ぜた舞台を創ります。人は様々な顔(側面)を持っている。親の顔、子どもの顔、会社での顔、地域での顔・・・多彩な顔をペルソナ(仮面:社会的役割)としてつけ替えるあなたの本当の顔はどれですか?可児や周辺地域に住む外国人と日本人がパフォーマンスを交え、顔から浮かび上がる彼らの想いと生き様について語ります。10月初旬の本番に向け、稽古の追い込みの日々が続いています。

この4月以降いろいろな分野の事業を観てきましたが、この多文化共生プロジェクトについては特に"ゴール"よりも"プロセス"が重要に感じます。稽古はアーラ以外の施設で行うことが多い事業ではありますが、当日の舞台に立つまでの相互理解というか人間関係作りに軸足を置いて事業を進めています。過去を調べてみると本番回数は2回に対して、稽古を含むワークショップの回数は平均して約30回費やします。ワークショップは、まずは演劇的手法を取り入れた様々なゲームを実施。それらを通して参加者同士がコミュニケーションをとり、互いを理解することから始めます。その後、徐々に表現することに重点をおいたワークショップに移行。詩を書く・声に出して読む・"もの"や"ことば"を身体のみで表現したりするなど、様々な手法で集団での表現に慣れていきます。

本番の舞台には立たなかったけれども、ワークショップには参加し影響を受けた方も多くいます。グループ討議では日本人にない発想・考え方があり、それぞれのお国柄による慣習も相まって"違い"って面白いと感じるようになります。
この辺りまではある程度想定内ですが、ワークショップの帰りに誰からともなく近くのファミレスへ集まるようになり、そこでは片言の日本語を頼りに、英語やタガログ語、中国語でコミュニケーションを取っている姿は微笑ましい光景でもあります。周りのお客さんの戸惑った表情も目に浮かびます。ワークショップや稽古を重ねるうちに、いつの間にか彼らは、国籍や言葉の違いという壁を越え"コミュニティ"から"ファミリー"のような絆が芽生えていったのでしょう。公演終了後の参加者のコメントが印象的です。「国が違うから言葉は解らない。でも、考えていることは解った。心で解り合えた。」

現代社会において多くの人は固定化されたコミュニティの中で生きています。昨今の社会情勢を見るにつけ、残念ながら"違い"を持った人々は、その中で差別・いじめ・排除の対象となりがちです。しかし多様な違いを"豊かさ"として受け入れ、どんな人に対しても敬意を払うことの大切さを伝えていくことが必要です。大変大きな命題ですが、この考え方がプロジェクトを通してアーラを起点に地域に広がっていき、温かいコミュニティで繋がることを願わざるをえません。

アーラと海外との繋がりについて2例ご紹介。まずは海外からアーラへ来館された事例です。
平成21年に欧州評議会をはじめとする視察団がアーラに来館され、前述の多文化共生プロジェクトの取り組みについて視察と意見交換を行いました。これは国際交流基金と欧州評議会の共催により「インターカルチュラル・シティ・プログラム」参加の欧州都市から代表者を招聘し、 日本において多文化共生政策を進める地方自治体、NGO、研究者等との情報交流を図り、将来的な協力関係の第一歩となることを目標とする事業です。
アーラへ訪れたのは、イギリス、スイス、オランダなど12都市の市長や、欧州評議会のメンバー約10名、そして日本の国際交流基金の方々です。先月このコーナーでご紹介した市多文化共生センター「フレビア」、外国人児童生徒初期日本語指導教室「ばら教室KANI」を訪問された後、アーラを視察されました。初回から演出を手掛けている田室寿見子さんによって、その年の作品のDVDを観ながら解説を受けた後、活発な意見交換会が行われました。多文化共生の実現に向けて舞台作品の創作という手法を用いたアーラの取り組みに対し、非常に高い評価を頂いています。

もう1つは、アーラから海外に向けての事例です。
昨年度、アーラの男性職員が文化庁の新進芸術家海外研修制度を活用してイギリスのリーズ市にある英国随一の地域劇場といわれているウエスト・ヨークシャー・プレイハウス(WYP)で80日間アートマネージメントの勉強をしてきました。WYPはロンドンとストラトフォードを除くとイギリスで最も活動規模の大きい劇場であり、TiE(シアター・イン・エデュケーション)活動や高齢者・障がい者のために行われるプログラムなど、コミュニティに向けられるプログラムは年間1,000を超え、約25万人がそれらのプログラムに参加しています。これらのプログラムはWYPの前身であるリーズプレイハウスの理念を引き継いだものであり、英国内では、"コミュニティ・ドライブ"(地域の牽引車)と呼ばれるほどの規模と質を誇っているそうです。同時に、優れた舞台成果をロンドンのみならず世界へと発信しているのもこの劇場の特徴です。
「劇場が生きている!」という参加職員の言葉が物語るように、劇場を中心に行政や学校・地元アーティストが連携を深めながら地域住民が心豊かな生活を送れるよう手助けをし続けている現状を肌で感じた彼の経験は、これからのアーラの運営に必ずやフィードバックしてくれることでしょう。

国際的に劇場同士が関係を持つことはほとんど例がなく、とりわけ地域劇場やコミュニティ・プログラム実施の先進国である英国の地域劇場との連携は極めて先進的であります。今後こういう関係が継続・発展していき注目度が上がるようになれば可児市のイメージアップに大きく貢献することができます。また、市民にとってもアーラの活動の向こうに海外の雰囲気や息遣いが伝われば、ますますこの街に住んでいることの"誇り"の醸成や市に対する魅力度の向上が一層進み、市の進める国際交流施策の推進にも大きく貢献するものと考えます。壮大で夢のある話です。

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