連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第二十五回 多文化共生のまちづくり(その1)

可児市文化創造センターala 事務局長 桜井孝治

平成23年度データを振り返ると、アーラの劇場稼働率は72.3%で前年対比3.1%の増、施設全体の稼働率は89.3%で2.8%増となっています。カウントできる施設利用者も稼働率の増に伴って前年より約28,400人増え、322,418人を数えました。実際にはこの数に"フラッと来館"される方が加わりますが、稼働率・利用者数ともにもうこれ以上は難しいと思われた22年度実績を更新する形となりました。現状のように施設利用に関する統計数値や財団の予算規模は右肩"上"がり、一方市からの指定管理料は右肩"下"がりを実現しているという理想的な状況がいつまで続くかわかりませんが、数字に追われるこの呪縛から早く解き放たれたいものです。

先月末には市制施行30周年・アーラ開館10周年記念事業として「可児市民第九演奏会2012」が開催されました。これは可児市民第九合唱団が可児交響楽団と合同で開催する演奏会で、市民主体で構成されている両団体によるコラボ企画です。全国各地で市民参加の「第九」は行われていますが、演奏も市民で、また運営も市民で行うという本当に自立した事業です。それでもって毎回主劇場を満席にしてしまいます。可児市民第九合唱団は10年前のアーラの開館に合わせて集まった方々により自発的に結成され、開館時に続き、1周年、5周年、そして今回の10周年とアーラの節目には欠かせない団体に成長してきました。アーラでは真夏の第九となります。合唱団は今春の定期演奏会で大曲「カルミナ・ブラーナ」を発表したばかりですが、今年はこれとは別に特別公演も開催するという意気込みを見事に実現させ、一般募集の市民を含めた総勢220名以上が舞台の上に立つ壮大な演奏会となりました。

さて、本年7月9日に住民基本台帳法が改正され、外国人もその対象者となりました。外国人市民の割合が多い本市にとっては影響が大きい改正となります。従来の外国人登録制度は転入届を出せば転出届の義務はありませんでしたので、人材派遣を生業とする事務所の所在地で登録をし、その後別の場所で勤務・居住を続けた場合、その実態が把握できにくい状況にありました。また個人単位の登録制度であり、家族構成については反映されていません。本市と木曽川を挟んで北に隣接する美濃加茂市も外国人市民が多く、また相互間の住民移動が頻繁なので、4年前から本人の同意を得たうえで任意で転出届を提出してもらい、その情報を相互に提供するという自主協定を全国で初めて結んでその実態を把握していました。その後市と東側で隣接する御嵩町とも同様の協定を結び、国民健康保険や児童手当給付などの行政サービスに対応できるようにしました。今回の改正で全国的に制度が統一化されることになり、日本人と同様な基礎的行政サービスを提供する基盤の確立が期待できます。

本市の外国人市民の現状については、今回の改正時点で外国人登録者が人口の約5.7%を占め、様々な国籍の人々が暮らしています。約半数がブラジル国籍、約3割がフィリピン国籍、その他は少人数にはなりますが約30ヶ国にわたる国籍の方がおみえになり、総数では5,800名を超えています。その多くは市内や隣接する市町の製造業を中心とした事業所への勤務者およびその家族です。
出入国管理及び難民認定法(いわゆる入管法)の改正法が施行された平成2年以降外国人市民が急増し、ピーク時の平成20年度には7,244名、人口7.0%に及びましたが、この年の秋以降の急激な景気後退による雇用情勢の悪化によりその数は減少に転じています。
永住者や定住者は全体の8割を占め、その多くが社員寮や民間アパートに居住する一方、一戸建てを購入する例も出てきました。定住化が進む一方で、言葉や文化的背景の違いは地域社会の中で教育や雇用・治安・コミュニティなど様々な分野で多くの課題を投げかけています。お互いの文化の違いを認識し同じ人間として分けへだてなくつきあうことについては誰もが頭ではわかってはいるものの、違いを認めあうことはたやすいことではありません。生活習慣の違いによる日本人との相互理解がなされずに誤解や摩擦が生じることになります。
私自身これまでの職歴の中で、外国人登録を済ませてすぐ市外へ異動することにより所在が不明になったり、派遣先が短期間で変わるので税金の特別徴収事務が追いつかなかったり、ゴミを分別して搬出するという習慣が無いために起こる近隣住民とのトラブルだったり、貧困ビジネスにつけ込んだ生活保護問題等、決して綺麗ごとだけではすまされない"外国人との共生"を行政の最前線において肌で感じ対応してきました。

外国人市民の増加に伴い、公立小中学校に在籍する外国人児童・生徒数も急増し、この7月現在ではその数363名で、全児童・生徒数(8,579名)の4.2%になっています。国籍別では前述の登録者の傾向と同じくなっています。そのうち日本語指導を必要とする児童・生徒数は348名、やはりほとんどの児童生徒は言語の支援が必要な状態です。
そのような状況のなか、特に市独自で全国に先駆けて重点的に取り組んだことの1つとして子どもたちへの就学支援が挙げられます。可児市では平成15~16年度に実態調査を実施し、その結果約7%の不就学の子どもがいることをはじめ、外国人の子どもの教育について様々な問題が浮かびあがりました。不就学になる要因として、経済的困窮や言葉の壁や習慣・文化の相違への不適応、教育に対する保護者の意識の差異等があげられます。外国人児童・生徒の実態とこれらの調査結果に基づき、平成17年度に実施した教育施策が「外国人児童・生徒の学習保障事業」です。この事業は入国後初めて公立小中学校に就学する子ども達に学校教育で必要な生活指導や日本語指導を、スモールステップで一定期間集中的に行うものです。その拠点施設となるのは「ばら教室KANI」と名付けられ、学校敷地"外"での公立施設としては国内で初めてつくられた初期日本語指導教室です。この施設にも全国から多くの視察が相次いでいます。私も以前この業務に携わった時期がありますが、何しろ現状に法整備が追いつかないのです。その当時の現行法を読み込んで、それに反していなければ目の前で日本語が理解できずに困っている子どもたちを救うことを優先して事業を進めてきました。
日本の教育に慣れてしまっている私達には違和感はないですが、初めて日本の学校に通う子どもたちは「起立、礼、着席」ということも初めてですし、給食というシステムにも慣れていません。「手を合わせて、いた~だきます。」という習慣はないそうです。授業が終わってから教室を掃除することもありません。他の自治体では、学校内の余裕教室を活用して取り出し指導を行っている例はありますが、同じ敷地内で他の児童生徒の気配を感じながらというのも一長一短あるようで、可児市のやり方はあえて小学校から少し離れた個人の空き家を使って実施しています。給食の時間になれば、集団登校の要領で学校まで10分程歩いて行き、昼休みはその学校の校庭で遊び、取り出し指導のゴールを自分たちで確認しまた戻っていきます。
バラ教室で基本的な適応力を身に付け本来の学校へ戻っていく際には、節目として卒業式を行います。本人はもちろん保護者の方やこれから通う学校の校長先生が狭い部屋に集まり、厳粛な雰囲気の中で式典が挙行されます。目頭を押さえる親御さんも多く、我が子の成長を願う姿はどの国でも同じです。

また、義務教育の年齢以降の方を対象とした施設としては、平成20年度に市中心部の駅付近に多文化共生センター「フレビア」を開設しました。これは英語 の"フレンドシップ"と"シビライゼーション"から綴った新語で、友情の精神で親しく和やかに交じり合っていけば、互いの文化は徐々に理解され深まっていくという意味です。この施設は情報の提供や日本語の学習支援、外国人のための相談窓口や交流の場の提供といった機能を柱にNPO法人の市国際交流協会によって運営がなされ、多文化共生のまちづくりの一翼を担っています。

以上今回は外国人市民の割合の多い本市の現状と独自の取り組みの一部を紹介しました。次回はアーラにおいて、国籍、性別、障がいをはじめ様々な違いを持った人々が共に舞台作品作りをする「多文化共生プロジェクト」の取り組みについてお話しします。
可児市に外国人が定住するようになって久しくなりますが、アーラを訪れる人をはじめ多くの外国人市民は、あまり日本人や他の外国人とふれあい交流する機会を持っていません。同じ街に住みながらそれぞれが交わっていないことは、まちの将来を展望するうえで望ましい姿とは言えません。言葉や習慣、文化背景も違う中で、アーラは"文化芸術"を通してどんな交流機会を提供できるのか、また隣人として心を一つにしていけるかを課題として事業を展開しています。交流を重ねるうちに参加者は相手を認め、尊重し、さらには"違い"を面白いと感じ始めます。それぞれに起こる変化はゆっくりと、しかし確実にこれまでになかった新しい絆づくりに繋がっていきます。

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