連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第十五回 地域文化の振興を地域に住んで考えると

可児市文化創造センターala 事務局長 篭橋義朗

可児市は位置的にも規模的にも典型的な中小都市です。最も近い大都市の名古屋市から車で1時間、鉄道でもほぼ1時間かかります。JRも名鉄も直通は限られています。人口は約10万人、全国的に有名な祭りとか観光地があるわけでもないほぼ無名の市です。名称さえまともに読んでもらえません。そんな可児市を表すキーワードは「志野焼き発祥の地」「森蘭丸の生誕地」「信長の母、土田御前の生まれた地」「日本一の品種数を誇る花フェスタ記念公園」などです。他にもありますがこれ以上書いても、東海地方以外の人には全然ピンとこないでしょうね。そりゃそうです。私も社会科や日本史の教科書に載っていない市町村のことは全くわかりませんし、知っていたとしてその一面だけしか知りません。そのようにして全国の中小市町村で人々は営々と生活をし、文化にいそしんでいます。

そういう名もないまちで文化芸術を盛んにしていくということは具体的にはどういうことだろうか、どういう姿が振興している姿と言えるのだろうか、と常々考えています。東京にある劇場のように毎月いろいろな劇団の長期公演があったり、毎週のようにプロの演奏会やコンサートがあって観客でにぎわっているような状態は地域の劇場では無理なことです。その資金力もなければ多数のアーティストも在住していません。そもそもその基となる人口がありません。文化庁や?地域創造の情報では全国でたくさんの事例が紹介されていますが、それとてその地域では年に一度のイベントにすぎないのではないでしょうか。それならば可児市でもいろいろなフェスティバルの当日の写真・映像を並べれば盛んに活動する可児市民という記録はできると思います。しかし、私は瞬間最大風速的に入場者数を誇ることではないと思っています。

最近その姿がおぼろげながら見えてきたように感じます。それは一言でいえば「賑わっている」という状態が日常的に起こっているということなんだろうと思います。だからといって毎日自主イベントを開催していく財政的余裕はありません。ですから賑わいを作るには市民の日常生活の中にアーラが入り込み、気軽に立ち寄ることができる雰囲気を醸し出していることが重要であると思います。この"雰囲気"をどう作るかが究極の課題だと思っています。衛館長の言葉でいえば「人間の家」であり「ブランド」ということになります。

アーラでの二つの劇場の使用は財団主催が38%、公的機関が使用するのが11%、市民等の利用が51%となっております。言いかえれば年間の劇場施設の催しの半分は市民が各種の発表や研修会などで利用していることになります。主劇場、小劇場の土日の利用率は向こう1年間はほぼ100%です。お断りする団体もかなりありますので心苦しいのですが物理的に不可能なので仕方がありません。そこで文化芸術が振興している状態を考えてみますと、アーラでは自主制作の舞台作品の公演と鑑賞型公演で使用している状態を専門家の方々に評価されていると思いますが、実は利用率の多くは市民や公的機関が利用しています。アマチュアや文化芸術以外の利用がかなりあるということです。これらを合わせて「賑わいがある」と評価されているのです。全国各地からの視察などで驚きの視線をいただくのはこの「賑わい」なのです。それほどに劇場は公演がない日は閑散としているということなのでしょう。
アーラにおけるこの日常的な賑わいはいわゆる貸し館の効果です。活発な貸し館事業が賑わいを創出し、元気な可児市の中核施設として評価されているのだと思います。であれば可児市の文化振興は半分以上が貸し館に依存しているということになります。この貸し館とは大部分は市民の文化芸術活動によっているわけです。
そこで分からないのは今回の文化庁が発表した「劇場,音楽堂等の制度的な在り方に関する中間まとめ(案)」の冒頭にある「本来,劇場,音楽堂とは,もっぱら音楽,舞踊,演劇,伝統芸能,大衆芸能等の文化芸術活動を行い,観客が見聞き等することを目的とした施設であり,そのために必要となる舞台,照明,音響等の専門的舞台設備を備え,これらを管理,維持,運用及び操作するための舞台技術職員,公演を企画制作する職員等の専門的な職員を配置しているものが想定される。」という文言です。その後段に基本的な考え方の中で「地域住民が文化芸術活動を行う拠点,さらにはこれら文化芸術に関する情報を発信する拠点としての機能を有するものである。」とは記述されていますが全体の論調から受けるのは、劇場における貸し館事業の位置づけは付随的である印象が拭えません。音楽,舞踊,演劇,伝統芸能,大衆芸能等の文化芸術活動はプロが行うもので市民の利用は「発表」になってしまいます。

であるなら地域特有の伝統文化以外の文化振興事業がプロの範疇に限定されることは地域の中小都市の劇場・ホールはいつまでたっても実現できません。法律として全国の劇場・ホールを規定するということならば市民、国民の文化芸術活動にもう少し比重を置いてほしいと思うのは私だけではないと思います。高額のチケットを購入していわゆるハイアートを鑑賞することよりも、アーラに来館して自身のパフォーマンスを披露したり、バンド練習をしたりする市民や芝生で遊ぶファミリーの方が文化的であると思います。そういう劇場・ホールの評価軸が求められているのではないでしょうか。

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