連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第十一回 指定管理者制度の趣旨は市民サービスの向上です。

可児市文化創造センターala 事務局長 篭橋義朗

近年の劇場・ホールの建設や運営に市民参加の手法が欠かせないものになってきている中で、指定管理者制度による民間参入の道を開いたことはその論理としては理解できますが細部にわたる部分を検証すると、私たち劇場・ホールを運営する者からするとこの制度が目指す全部が否定される結果となってしまうことが現実に起こりえると思います。それはこの制度が現業の範囲を超えて自治体の施策遂行の一翼まで担うように想定されているからです。自治体の施策はそれぞれがすべて関連しあっており、文化芸術施策もそれだけが独立しているものではありません。特に中小都市では。結論からいえば目的とする住民サービスの向上が効率性の名のもとに低下が余儀なくされ、市民参加が無意味となり、ワーキングプアの出現に加担し、ひいては減額後の指定管理料金のすべてが無駄な投資となるような気がしてなりません。同制度の本来の目的は妥当なものであり、これまでの文化芸術施策の実行に民間会社等が参入できる選択肢を加えただけにすぎません。市民に支持される活動であればおのずと結果がついてくると理解しています。ただそれを効率性のみで評価する周辺環境が問題であると言いたいのです。

この連載で何度も述べていますが公立劇場・ホールの設置目的は市民の福祉向上です。営利目的ではありません。したがって可児市の指定管理者の選考にあたっても評価項目・配点基準は「文化事業の内容」が全体評価のうち30%の配点です。その項目は「文化性の高いまちづくりの推進方法」「地域の文化芸術活動を担う人材育成方法」「市民の文化芸術活動への支援方法」「幅広い分野との連携方法」「施設間の連携方法」です。可児市ではこの項目の評価が最も重要視されているのです。ちなみに効率的な運営(収支計画等)の配点は15%となっております。指定管理者制度の目的である「市民サービスの向上」を重点的に配分することが制度の趣旨を活かすものとして順当な配点であろうと思っていますが、報道やいろいろな情報をみると、結果として「・・・万円の削減」とか「職員を・・・人削減」「新たなイベント」といった論調ばかりが目立ちます。分かりやすく金額で評価できるということはその通りなのですが安易に過ぎるのではないでしょうか。思考停止と言わざるを得ません。劇場・ホールの建設のコンセプト、心の豊かさの醸成、市民の期待に対する満足をどのように評価するのでしょうか。これではハコモノ行政を批判しておきながらハコモノにならざるを得ない論理から抜けられないでいるのではないでしょうか。そもそもの建設目的は地域文化の振興や住民の心の豊かさの醸成といったコストではないところから出発しているものなのに。

指定管理者制度の趣旨では設置者(行政)が運営の基本方針や仕様を定めてそれに合致した相手を指定します。可児市では毎月モニタリングを開催し、一か月ごとの財務状況と事業状況を報告します。また半期ごとに財務状況と事業結果の報告があります。これらのことを定例的に行って行政の発注した業務内容の確認がされています。指定管理者制度を導入しているところは大体このようなことで行政のチェックを受けていると思いますが、私からみればその劇場・ホールの実情、市民の反応、サービスの状況、職員の熟練度などの評価は到底できないと思っています。我々としては説明しきれません。報告書ではとても書ききれません。アーラの事務所で日夜同じ空気を吸っていない以上は評価できません。机上の論理でしかありません。もちろん行政側も我々も互いの意思の疎通に努めておりますが、基本的には現業部門だけではなく企画運営部門(施策遂行)も含めて委託することができるこの制度の構造自体に問題があると思います。そのために可児市では市役所職員の派遣により問題解決をしているところです。ある劇場運営の専門家は「可児市文化創造センターは指定管理者制度を導入しているが極めて直営に近いですね。」と指摘されましたが、指定管理者制度の趣旨を守り、可児市が考える文化芸術振興を財団がきっちり反映しているとそのように映るのだと思います。

私には劇場・ホールにこの制度を適用する意味が、未だに理解できない部分があります。同制度では民間に運営の機会を開放するということで、その選択は設置者(自治体)の裁量であるということですが、あまりに素朴で恥ずかしいのですがこの際ですから書いてみます。営利目的の民間団体が参入して利益が上がるのなら、同様の運営をすれば非営利の公的団体の方がその利益の分を安価に運営できるのではないか?経費節減の大きな要素として人件費の削減がありますが臨時職員やパート職員を採用して経費削減はできますが、高いモチベーションと専門性と安全性はなくなります。それでサービス水準は落ちないのだろうか?臨時職員やパート職員が長期的な住民福祉のことを考えることができるのだろうか?さらに言うならばこの「指定管理者制度」の考え方の根っこには公共団体より民間組織の方が優れているという考えがあり、特に一般公募している公共団体は自らのマネジメント能力を否定しているように見えてなりません。非常に悔しく思います。総務大臣や総務省からいくら本則の住民サービスの向上を優先すべきとの通達を出しても最前線ではその効果はなかなか現れません。やはり制度自体に問題があるか、公立劇場は住民の心の豊かさやまちづくりの一環としてあるのに、貸しスタジオや商業劇場と同じ施設であると思われているからではないでしょうか。

私たち公立劇場・ホールで働く職員としてはこの制度が求める住民サービスの向上と経営の効率化という意味をまじめに受け止め、実践していくことは言うまでもありません。あくまでも住民サービスが優先されるべきです。同時に、この考え方はなにも指定管理者制度による新しい考え方ではなく公共団体財政の鉄則である「最小の経費で最大の効果を」という言い古されたスローガンと何ら変わるものではないと考えています。

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