連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第五回 とんがった作品は上質か?

可児市文化創造センターala 事務局長 篭橋義朗

先日、新国立劇場の作品「鳥瞰図」(作:早船聡、演出:松本祐子、主演:渡辺美佐子)を2日間買い取り、公演しました。東京湾岸のある町の釣り船宿で起こる人々の営みが淡々と描いており、決して怒鳴ったり叫んだりしてお客様を驚かせるようなことはなく進行していましたが、私はアーラのお客様の反応を最後列で観察していて思うことがたくさんありました。ひとつはお客様の反応がとてもリラックスしていて受けを狙ったところはもれなくゲラゲラ笑っていましたし、セリフを聞くところは聞き逃すまいと身を乗り出して聞いていました。おそらく私がアーラで観た演劇で最もリラックスされたお客様の表情でした。私は評論家ではないのでこの作品の芸術的評価はできませんが少なくともお客様が満足し、心が安らいだことは確かです。

アーラの芸術監督でもある館長の考えでは、「アーラでの公演作品の選択は市民の半歩先を行きたい。」ということの意味がこの作品でよくわかりました。これまでアーラではたくさんの演劇作品を公演してきましたが、中には内容的に首をかしげたくなるような作品や、終演後に会場を後にするお客さまの顔が曇っていたりする作品も少なからずありました。すべて芸術的には一定の評価がなされていたものばかりだったのですが・・・。この「芸術的には一定の評価がなされていたもの」の基準が一定ではなかったと言わざるを得ません。東京では好評であったもの、作者、出演者が評価されていたもの、過去に評価の高かった老舗の劇団のもの、前衛的評価の高いもの、などでプログラムしてきており、一部のお客様からはたいへんな評価をいただいておりました。したがって平均的な可児市民であると思っている私は芸術性に関する勉強不足、感性の不足と思い、後で解説や劇評を読んで理解してきたということです。作品とお客様の乖離を埋めることが劇場の役割と思っていたものですから「時間がかかるものだ。」と考えていました。

"質の良いもの""芸術性の高いもの"とはどういうものか。そもそも質の良いものや芸術性の高いものの判断は観客や市民が決めるものであって専門家やアーティストではないということではないでしょうか。10人の専門家、評論家がいれば10通りの評価が出てきます。それぞれの意見を聞いていたらプログラムなんか組めません。劇場運営をするにあたって最も良いものは質と芸術性が高く、招聘金額が安く、観客が多いものが求められます。そんなことは無理な願いですから、せめて芸術性と観客の多さを求めるのが公立文化施設の目指すものであると思います。
そもそも私は可児市の職員としてアーラ建設に関わり、希望して建設途中から担当となり市民参加による運営計画を作成し、オープン後はその運営に携わり、その間、多数の舞台関係者、専門家、アーティストと接触しながら今に至っています。可児市の文化振興、まちづくりの拠点として計画されたアーラの事業によって市民の心の豊かさを醸成しなければなりません。その事業の重要な部分を占めるのが鑑賞事業です。この鑑賞事業のプログラムについて専門家の方々との調整を行います。しかしその結果である事業ラインナップを発表した後、また公演後の市民の反応は、「難しい。」「アーラの敷居が高い。近寄りがたい。」「分からない。」であり、結果の収支比率は自主事業全体で30%台の前半(平成22年度決算で72.1%)、集客率は60%台前半(平成22年度決算で84.4%)でした。当時の全国統計では最低ラインでした。ただし鑑賞されたお客様の反応は非常に良好であり開催してよかったなと思いましたが、如何せん、集客につながっていないことが大きな改善点であったことは確かでした。観客数が少ないのです。アーラのオープンに期待に胸を膨らませていた市民の気持ちを理解している私は芸術性と集客の間で悶々とするしかありませんでした。しかしアーラ全体としては貸し館事業等でその建物の構造、施設構成上いつもにぎわいを創出していましたので決して市民の関心が薄かったとは言えない中でのスタートでした。

演劇でもクラシックでも芸術性の高いものは「難解なものでなければならない。」「ちょっと訳の解らないものの方が高尚だ。」「満員御礼になるものは大衆迎合だ。」といった考えが芸術界(そんなのあるのかは知りませんが)にあるのではないでしょうか。そんな気がしているのです。市民が気軽にアーラのブランドを信じて「内容は分からないけど、演劇でも観てみよう。」と思って来館したときに、私を含めた観客の心を震わせる何かが表現されているものでなければなりません。感動の仕方を指南しているような長い解説文を読まなければ分からない実験的な作品は地域劇場ではプログラムの主体にはなりえません。でもちょっとだけ考えるきっかけがほしい、お客様自身が気づかなかった生きるヒントを提示してくれるかもしれないという期待に応えること、そいうことが衛館長が言われる「半歩先」の意味だと思います。今回の「鳥瞰図」は新国立劇場制作の再演です。芸術性の高さを証明するものだと思いますが、分かりやすく、可児市民もリラックスして「いいものを観た。」「考えさせられた。」「地元で質の高い作品に出合えて幸せです。」などの声を聞くと市民の3歩も4歩も前を行くとんがった作品は東京などの大都市でのとんがったお客様にはいいけれど地域劇場では成立しないことを証明しています。

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