連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第四十回  女性職員のキャリアアップのために環境整備を。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

10数年来の友人で、英国随一の地域劇場ウエストヨークシャー・プレイハウス(WYP)のアーツデベロップメント部長のサム・パーキンス女史は3人の子どもたちの母親でもある。2010年3月にアーラと大型市民参加型事業『オーケストラで踊ろう』のプロジェクト視察に訪れた時に3人目のお子さんがお腹にいて、遠路はるばる大きなお腹で可児にやって来た。逞しいものだと思った。彼女に限らず、欧米の文化施設の幹部職員には女性が多い。というより、女性の方が多いとさえ感じる。むろん、その多くが2、3人の子持ちエグゼクティブで、子育て経験のある主婦でもある。

振り返って日本の現状を見ると、劇場ホールの女性職員は結婚や出産・育児を機会にキャリアを中断するケースが非常に多い。彼の国との雇用環境と女性登用ポストの違いには驚かされる。日本の場合、2003年の地方自治法改正にともなう指定管理者制度導入以降、1年毎の契約職員が急増して、3年で雇止めという雇用形態が常態化していることがあり、意欲があり、情熱もあり、スキルもヒューマニティも優れた才能が、劇場ホールの職場に定着できないという問題がある。また、短期契約の公募が多くなるにつれて、若い男性にとっては将来的にライフデザインのできる職場でなくなったことが女性職員の急増の裏にはある。近年、劇場ホールの職場に女性が多くなった背景にはそういう問題もあるのだ。

したがって、短期契約の雇止めでは女性職員の幹部登用の道もかたく閉ざされている。仮に正職員への道が拓かれたとしても、出産と子育てでキャリアが中断するか、リタイアしてしまうことになる。これでは女性職員の幹部への登用はなかなか難しいことになる。「資産」ともいうべき職員のキャリアの中断とリタイアは、将来的な劇場ホールの経営環境を危機に陥らせると、私は思っている。アーラの場合、市役所の就業規則に準じているから民間に比べて産休と育休の手当ては比較的よいと思われる。育休の場合、3年間の休業が認められているが、1年目は雇用保険の育児休業給付金で休業前基本給の50%が給付される。厚労省は、これを来年度から出産手当と同等の67%に引き上げたい考えのようだが、これは休業する1年間、つまり幼児が満1歳になるまで給付されるにすぎない。後の2年間は収入が途絶えることになる。ここで、考えなければいけない問題は2点ある。

その一つは、3年間の休業を選択した場合、都合3年間の休業が女性職員のキャリアを中断してしまうことである。アーチストや市民のあいだに培ってきた関係資産を休眠させてしまうことになる。これは劇場ホールにとっても大きな損失であるが、それよりも長期的な視点で見れば当該職員にとって大きなブランクとなり、キャリアアップの機会を喪失してしまうことになる。職場復帰した時に現在進行形で進化しているマネジメントやマーケティングとの埋めがたいギャップを生むことになり、それを取り返すための大きな負担を当該女性職員に負わせることになってしまう。

第二点目は、休業給付金が1年しか支払われないことである。給付金が保険から支払われるのだから致し方ないとは思うものの、キャリアの中断による機会喪失と収入の中断は女性職員にとってはあまりにひどい環境と言える。来年の通常国会で予定されている雇用保険法改正によって来秋には新制度を施行する方向で動き始めているが、これには男性の育休取得率を上げようという意図が含まれている。夫婦ともに育休を取得すれば、原則1年間の支給期間が2ヶ月延長され、延長期間まで共働き夫婦が給付金を受けようとする場合、妻が産後8週間の出産手当の支給期間に続いて育休を取得し、給付率が50%に切り下げられる産後8ヶ月のタイミングで夫が育休に入れば夫婦で休業前基本給の67%の支給を受けられる、ということになる。

しかし、ここでの問題は給付金の支給額という経済的なことではない。キャリアアップの中断と機会喪失こそが劇場経営における長期的な視点での将来的な損出になるということだ。あわせて、上記の制度は「夫婦共働き」という条件が付いたものであって、事情があってシングルマザーになることを選んだ場合は機会ロスのみならず、子供を産むと経済的にも逼迫してしまうことになる。制度というものは、最も弱い立場の人間のためのセーフティネットとして設計されるべきである。

そう考えてくると、可児市のように「待機児童」のいない地域においては、という条件付きではあるが、育児休暇期間は、週15時間30分(週2日)か週23時間15分(週3日)という勤務時間の非常勤職員に一時的に身分替えして、アーラのようにシフト勤務のある場合は、8時半から17時15分までのA勤務のみとすることが考えられる。給与としては休業前給与に準じた日給月給となるが、勤勉手当と期末手当(ボーナス)はその額に応じて支払われるようにする。これなら、たとえ事情があってシングルマザーを選択しようが、経済的には極端な逼迫からは逃れることができるだろう。むろん、本人が復職意思を表示した時点で、休業前の待遇に復帰できる保障は必ず担保されなければならない。

この制度設計でのキーワードは、「経済的なセーフティネット」と「キャリアの継続性」と「機会喪失の回避」である。子供をもうけることは社会的に大いに意義のあることでありながら、その一方でキャリアが中断され、管理職に登用される機会喪失を一方的に女性職員の負担に期待するのは著しく公正性を欠くと私は思える。指定管理者制度の導入以降、女性職員の多くなっている劇場ホールのような職場では、あたうかぎりの環境整備をして、20年後、30年後の経営の健全化を企図しなければならない。現在、アーラでは、その環境整備のための制度設計の緒についている。市役所の担当職員からのヒヤリングと、それを聞いたうえでの女性職員からの要望のとりまとめを進めている。むろん、今後も引き続き指定管理者制度が劇場ホールの性格に適合しているものなのか、公共駐車場の管理と同じ制度で良いのか、制度導入のために経営委縮を生じさせていないか等の検証と、その結果をどのような対応策を施すべきかの思考は続けなければならない。


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