連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第三十九回 職員は「資源」、しかも「利息」を生む「資産」と認識すべき。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

公立文化施設では、2003年の指定管理者制度の導入以降、「3年雇止め」の非正規職員の募集が常態化している。それが、みずからの首を自分の手で絞めていることに施設の管理職はまったく気付いていないようだ。「正規職員として採用すると大きな問題でも起こさないかぎり馘(クビ)にできないから」と言い訳をする。また、臨時職員を募集しておいて「良い人材なら正職員にしても良いのだが」と言うのだが、「臨時職員」で公募したら、その条件に適合した、その器の人間しか集まらないのは当然すぎる理屈である。いずれの場合も、採用する側の自信のなさを物語っている。面接・試験をする側の管理職の自己保身の弁でしかないと私は思う。

学歴を重視したり、地元出身者を優先させたりするのも、文化施設の運営の円滑化や高度化や改革性には何の根拠もない。学力優先の教育環境から生みだされた「学歴」なんてものほど劇場という職場で当てにならないものはない。文化施設で肝要なのは「学歴」よりも、教育現場で涵養されない「人間力」である。相手の身になって考え、行動するコミュニケーション能力である。「地元出身者」や「縁故採用」も、大抵の場合は「ムダ」の根源となる。自治体の採用試験で不採用になった人間が県の財団に縁故採用になって、概ね40代以上の無能な人間が大量に滞留して遊んでいる事例を私は知っている。まさに「税金泥棒」である。これも採用を決済する側の「無責任」に他ならない。私には、地元有力者から持ち込まれた「縁故採用」をはっきりと断った経験がある。それが出来ないなら、管理職の資格はない。

「3年雇止め」の非正規職員の激増は、概ねサービス業たる文化施設の特性に無知な自治体の見識のなさに起因するのだが、だからと言って、それで「よし」とする採用する側の管理職の「無責任さ」や「自己保身」を見逃すわけには到底いかない。「あとは野となれ山となれ」という無責任さである。退職派遣(天下り)や現職派遣の自治体からの施設の幹部職員が、当該施設がどうなろうと自分の在任中には問題が起こらなければ「よし」とする態度である。そのような人間に組織改革も意識改革もできないのは当然である。いきおい「ハコモノ」が経営努力なしに公的資金を食いつぶすことになる。

しかし、今年4月の改正労働契約法の施行の関係で、年度中途での雇止めというわけにもいかなくなったから、長くても「4年雇止め」になるケースが今後出てくることが予測できる。そうなってしまうと、若くて、やる気があって、才能もある人材にとって、文化施設は希望持てない就職先になってしまう。つまりは、公立文化施設自体の空洞化と衰退化につながる危機的な岐路に私たちはいま立たされているのである。そのことに気付かなければならない。もうすでに若い才能のある、やる気のある若者にとって、公立文化施設は希望の持てない職場に堕していることに、私たちは自覚的にならなければならない。

職員は資産である。市民との「関係資産」を持っていて、年々歳々それを膨らませていく存在である。つまり、公立文化施設にとっては「利息」を生んで資産を大きくしてくれる存在なのである。自治体と施設の幹部職員は、職員が劇場ホールの「資産」を大きくしてくれる存在であると捉えるべきなのである。2003年の指定管理者制度導入以降、公立文化施設の非正規雇用率は止まるところを知らない。総務省の最新の就業構造基本調査によれば、全労働者の非正規雇用率は38.2%と過去最高となっているが、公立文化施設の非正規率はその倍程度ではないかという実感がある。文化庁の劇場音楽堂活性化事業で「特別支援」に採択されているような全国的に高いブランド力を持っている劇場ホールでも、管理職から末端職員まで期限付き雇用、すなわち非正規職員という例があるくらいである。これは現在全国公立文化施設協議会がその詳細を全国調査する方向で検討しているからいずれ明らかになるだろう。来年度以降に実施するかたちとなるだろうが、その結果を待ちたい。劇場現場の惨憺たる実態が明らかになることは火を見るより明らかである。

公立文化施設の職員は駐車場料金を徴収する職員とはまったく違う存在である。同じ指定管理者でも、料金徴収のように自動化・機械化できる職種と、文化施設のようにフェイス・トゥ・フェイスで関係資本を形成する職種とは根本的に異なっていることに注視しなければならない。とりわけ、劇場ホールにあっては、職員は大きな「資産」である。この「資産」を3年で雇止めにするということは、自らの首を自らの手で縊っていることに他ならない。「簡単に馘にはできないから」というのは、採用する側の責任回避に過ぎない。大切な「資産」になる職員を選ぶという責任は、当然だが幹部職員が業務として負わなければならない責任である。

「非正規を多くした方が劇場労働者の流動性が高まる」という考え方があるが、結果としての流動性が高まるのならまだしも、流動性を目的として非正規雇用にするのは「人間をモノ扱い」することであり、間違いである。この考え方には与しない。流動性が高まって業界が活性化するのは、一定程度の知見と技術を持っている職員がそれに該当するのであって、経験値の低い職員を3年で雇止めにするのでは、活性化どころか、社会保険料などのコストを削減するための単なる足切りに過ぎないだろう。そのような安易な選択は、希望のある職場として若くて才能のある将来性のある人材を喪失するという高いコストを支払うことになる。将来的な「損失」は計り知れないほど大きい。

大垣市文化事業団のスイトピアセンターは、今年度から40歳前後以下の職員から希望をとって非正規職員を正規職員に切り替えて成功している。仕事のモチベーションが高まり、組織への貢献度も高くなって、職場が明るくなっていると仄聞する。職員の側に立って考えれば当然の理である。これは「組織改革」であり「意識改革」の第一歩である。多くの公立文化施設がイノベーションをしようとしているが、まずは大層なことをやろうとせずに、非正規職員の「正規化」を実現してほしい。そうするだけで組織体質は劇的に変化するのである。「資産」が資産として機能し始める。機能し始めて、人材育成の機会がもたらされる。ヒューマンリソース・マネジメントがはじめて可能となる。そして「資産形成」が公立文化施設内で始まることになる。そうなって人材の流動化が多様な機会と大きな成果を公立文化施設にもたらすことになる。もう一度、劇場ホールの経営責任者は、「人材こそが資産」というサービス業経営の原点に回帰すべきではないだろうか。「人材は人財」という使い古された言い回しの意味を、再度吟味する必要があるのではないか


このページの上部へ