連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第二十八回 顧客コミュニケーション室を設置した意味 ― コーズ・リレイテッド・マーケティングによるブランディングを。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

5年前、館長に就任直後に組織改編を行い、新たに「顧客コミュニケーション室」を設置した。ここが将来的にはアーラのブランディング活動の中核になる、という構想を持っていた。当面はチケットシステムの構築とその運用を担当するということで総務課の組織ツリーに置くことにした。ただ、この機能は将来的な構想から言えば、微小なものであり、本来的なブランディング機能を当初から動かすのは、部署の職員がマーケティングとブランディングを正確に理解し、実践できるようにならなければ無理と考えていたので、設置することで外形的な組織改編の一歩は踏み出せた、と評価するにとどめた。

顧客コミュニケーション室は、多くの人は誤解をしやすいのだが、決して営業や広報宣伝を担当する部署ではない。広義のマーケティングを行い、アーラに対する意識や価値観に「変化」をもたらして、域内外の社会的認知と公共財としての社会的合意を形成する機能と使命をもつ部署である。繰り返すが、営業や広報宣伝を所管するのではない。チケット「売る」(selling)のではなく、「売れる環境をつくる」(marketing)のがこの部署の組織的な使命である。言葉を換えれば、アーラの存在価値への社会的な合意を形成するのが主たる仕事なのである。

一方で私は、ワークショップや、教育機関、福祉機関、保健医療機関等の社会機関へのアウトリーチ事業を就任初年度から動かし始めることになる。現在の「アーラまち元気プロジェクト」の嚆矢である。このプロジェクトは、昨年度実績で年間354回になっている。満足できる量のサービス供給に達したという判断は私にはあって、来年度からは一回一回のクォリティを高める方向に舵を切ろうとしている。量から質への転換である。クォリティ追求への転換にはおよそ二つの手法があると考えている。ひとつは、いままで社会機関に単発でやってきたアウトリーチを通年で継続的なものにして成果を確かなものとしてアウトカムすることを企図する手法。いま一つは、「成果の多岐的拡散」を企図した方法の充実で、私がアウトリーチに必要と思っている「5人のプレーヤー」のそれぞれに成果をアウトカムすることでプログラムの質を追求する手法である。

「5人のプレーヤー」というのは、ワークショップのファシリテーター(アーチストorコミュニティ・アーツワーカー)と参加者の2人は当然だが、一般的には、この二人のプレーヤーのみでアウトリーチが進行してしまう。大切なのは、この「2人のプレーヤー」のみではなく、その施設・機関の職員、受け手の家族、そしてそこで何が起こったのかの情報を発信するマスコミ関係者の三者を加えた「5人のプレーヤー」が存在して、初めて成果が十分にアウトカムする。プログラムの質が担保できるのである。「成果の多岐的拡散」が具体化することになる。

単発的に行われてきた施設や機関へのプログラムの多くは通年の継続的なものに転換する。たとえば、不登校の子どもたちが通っているフリースクールが可児では「スマイリングルーム」と呼称されているが、昨年、コンテンポラリーダンスの新井英夫さんに「スマイリングルーム」へ行ってワークショップをしてもらったのだが、最初は外部者への警戒心があったのだが、1時間を過ぎるころから彼らの表情が俄然明るく変化して、教師が驚くほどの雰囲気になった。昨年度はこの1回だけだったのだが、最近行ったプロジェクトのワークアウトで職員から「スマイリングルームのアウトリーチを継続的にやれないか」という発言があった。職員の発言は「アーラまち元気」の見直しの時機に来ているという経営判断の材料となった。

来年度からは「スマイリングルーム」へのアウトリーチは通年で3ヶ月に1度訪れるかたちで計画が進んでいる。職員の提案には「スマイリングルームに来ている子どもは不登校の子の一部でしかない。多くはひきこもりになっている。その子たちにもスマイリングルームが楽しい場所で、自分も行ってみようと思えるようにしたい」という言葉の穂が継がれていた。その通りであり、学校に通えない自分を自己否定的にとらえて引き籠るのではなく、新井さんのダンスワークショップを通して自己肯定感を持てる時間を保証することで、隠れている子どもたちに社会性を学ぶ機会を提供できればという思いが、この通年の継続的実施には込められている。自尊の気持ちは自己肯定感からしか生まれない。

通年実施という点では、高齢者の体力維持と孤立防止を目的とした、毎週月曜日にアーラで開催しようと計画しているコンテンポラリーダンス・ワークショップがある。体力の維持は高齢者にとって重要なことだが、それ以上に大切なミッションは高齢者の孤立防止である。つまり、仲間づくりである。この毎週月曜日のプログラムは、この他に2つ程度のワークショップと三つ程度の講座を設ける計画を立てている。現在これを私たちは「ココロと身体のワークショップ」と呼んでいるが、高齢者の負担にならないように2シーズン制にして通年で実施することにしている。この他には、国際セラピードック協会と提携して、福祉施設へのアウトリーチにセラピードックとしての訓練を受けた犬を同行して、施設の入所者が心を開き、心からの「癒し」を感じられるようなプログラムも提供することを計画している。そして、これらの「まち元気プロジェクト」の担当部署を、来年度から、当初の構想に沿って顧客コミュニケーション室に全面移管することになった。あわせて、この島に、昨年度まで3ヶ年間のワークショップリーダー養成講座で育成した「コミュニティ・アーツワーカー」3名を雇用して、アーラ付属のカンパニーを創設する予定となっている。

以上のことで、当初構想に沿った社会貢献型マーケティング(cause related marketing)へ向かう体制が整えられたことになる。コーズ・リレイテッド・マーケティング(CRM)の起源は、アメリカのサンフランシスコ地区の芸術支援をするコーズのためにアメリカン・エクスプレス・カード(AEC)が、カード使用ごとに2セントを寄付したことに始まる。3ヶ月で約10万ドルの資金を集め、ついでその2年後の1983年に「自由の女神修繕」というコーズで大キャンペーンを行い、カード使用1回につき1セントを、カードの新規発行1件について1ドルを寄付して、総計170万ドルの資金提供を達成した。あわせてAECは、期間中のカード利用額が30%も上昇するという成果を獲得することになる。このキャンペーンがコーズ・リレイテッド・マーケティングの嚆矢とされている。

CRMは比較的に新しいマーケティングとブランディングの手法であるが、社会的責任経営(コーポレイト・ソーシャル・レスポンスビリティ=CSR)の一般化によって、その具体的手法として現在では多くの企業・組織で行われるようになっている。エイボンやワコールの女性関連企業が参加している乳がん撲滅のコーズによる「ピンクリボン」やアフラックをはじめとする保険会社が参加している小児がんキャンペーンの「ゴールドリボン」、地域NPOの支援をコーズとするジャスコの毎月11日のイエローレシートキャンペーンなどが有名である。企業メセナも、90年代の協議会創立当時は「見返りを求めない社会貢献活動」と定義されていたが、現在はCSRやCRMの一環とすることが一般的となっている。社会貢献によって高位ブランドとしての社会的合意を企業・組織がえる活動と言える。

文化芸術分野はコーズを考えるうえで非常に間口が広く、社会的プログラムを設計しやすい面を強く帯びている。それは、文化芸術が人間の心に働き掛ける無形性の「商品」であるからだ。あわせて文化芸術とCRMの相性がきわめて良いことにも着目すべきである。したがって、劇場ホールにとっては、社会的責任経営を果たすためにコーズ・リレイテッド・マーケティングを導入して、社会的に高位なブランド力を獲得し、「売れる環境」を形成することが重要なマーケティング活動となる。アーラのブランディングの進捗が商圏内でかなり短期間に進んだのは、就任当初からのコーズ・リレイテッド・マーケティングの経営哲学の採用が非常に大きいと思っている。

現在多くの公立劇場ホールでアウトリーチ活動が行われている。むろん数十回以上は実施しないとスケールメリットは発生しないだろうが、仮にその程度の頻度が確保できるのなら、CRMの考え方を採ることを私は勧めたい。そのことで社会的責任経営をも担保できるからである。すべての企業・組織は社会にその存在が許されて活動しているのであり、であるならば社会的責任を果たす責務を劇場ホールも負っているのである。ましてや国民市民から強制的に徴収した税金で設置され、運営されている公立の施設なのである。その社会的責任は小さくはない。アーラとしては当初の構想に沿った顧客コミュニケーション室の完成年度を来年度と見据えている。新しい劇場経営の「かたち」である。

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