連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第十八回「日本に公共劇場はあるか?」― 世界劇場会議国際フォーラム2012を終えて。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

実行委員長として、「日本に公共劇場はあるのか?」という挑発的な、そして挑戦的な総合タイトルにした世界劇場会議国際フォーラム2012が無事に終わった。3セッション、延べ10時間、出ずっぱりで討論してさすがに疲れ切った。可児への帰りの電車の中ではふらふらと目眩がするほどだった。それでも、それだけの成果はあったと思っている。このタイトルは、東日本大震災「3.11」で私たち劇場人の喉元に突き付けられた課題に対する自問であり、抱え込んだ無力感からの未来への意思表示でもある。「私たちは何をしてきたのか」、「私たちに何ができるのか」、「私たちは何処に行こうとしているのか」を、この際しっかりと自分たちに問いかけておきたいという私の意思表明のつもりであった。

あわせて、93年から始まった世界劇場会議を振り返ってみると、当時は週に3館がオープンするという「ホール建設ラッシュ」の時代であり、希望と期待を込めて「あるべき劇場の姿」を何年かかけてプレゼンテーションしてきたように思う。90年代の世界劇場会議にはそういう空気があった。しかし、21世紀になって、2001年の文化芸術振興基本法、2003年の改正地方自治法による指定管理者制度、2008年の公益法人改革三法の施行、そして現在今国会への議員立法による上程が予想されている劇場音楽堂等の法律と、公立劇場ホールを取り囲む外部環境は大きく変化して、その変化に早急に対応することが求められるようになった。

また、その間、日本の社会が明らかに劣化を進行させてきており、文化芸術もまた何らかの社会的使命を意識的に果たさなければ存在意義を厳しく問われる時代になった。世界劇場会議もまた、変質を求められる時代になったということである。「日本に公共劇場はあるのか?」というドラスティックなタイトルには、そのように急激な変化が求められている劇場ホールに、自らの存在意義と意味を問うことで未来へのデザインを参加者で共有しようという意図があった。ここを明確な輪郭で描かなければ、「到底、先には行けない」、という想いがあった。

世田谷パブリックシアターの楫屋一之氏、仙台10BOXの八巻寿文氏、高松市サンポートホールの八木祐之氏とコメンテーターに帝塚山大学院の中川幾郎氏というパネル、私がコーディネーターをした第一セッションで「公共劇場」の輪郭はぼんやりとだが描くことは出来たと思う。まず「現在のところ、日本に公共劇場はない」という共通認識を得た。あわせて「公共劇場」とは、「公益的な使命を貫いて経営」をして、実施する諸事業を組み立てている劇場、との定義にまで至った。

ただ、その「公益的な使命」とは何かを明らかにすることは出来なかった。2時間45分のセッションであったが、そこを明らかにするには、今日的な時代分析を共有して、それに劇場ホールとして対応できる社会的課題を明らかにする膨大な作業が必要であり、その入り口までにしか行けなかったというのが正直なところである。ただ、そのプロセスでいくつかの問題が提起された。ひとつは世田谷パブリックシアターのような都市型の公立劇場は「市場」にも対応しなければならず、地下鉄で10分足らずのところにある民間のパルコ劇場やシアターコクーン(東急文化村)との差別化をラインアップできない、という問題提起が楫屋氏からなされた。

また、観客はいくらでもいるのだが、立地する設置自治体である世田谷区の顧客は全体の1割程度である、という現状も難しい問題として出された。楫屋氏の忸怩たる思いが伝わってくる。また、これは私が問題提起したのだが、世田谷パブリックシアターや神奈川芸術劇場や北九州芸術劇場のように再開発ビルの中に設置された劇場は、何か公演していないとき以外は扉を閉ざしており、確かに上演施設ではあるがそれ以上でも以下でもなく、すべての市民に向けてサービスを供給する「公共劇場」としては欠格条件になるのではないか、という設置条件に関わる疑問である。建築家の伊東豊雄氏が「公立劇場に人が来ないのには、建築家の責任もある」という意味の発言をしていたことから、私が「ならば設置と立地の条件にも責任は波及すべきだ」と問題提起したのである。

上演施設としてのみの場合は、チケットを購入しなければ利用できないわけで、「排除性」と「競合性」のある施設であり、公共財とは言えないことになる。楫屋氏から、地元三軒茶屋で世田谷パブリックシアターも関わって行われる大道芸フェスの『三茶DE大道芸』には20万人の人出があるが、劇場の中は閑散としているという話が出た。同じ劇場人として辛い話である。一方で、人々が集う、「非排除性」と「非競合性」の「公共財としてのフリー空間」がないということは、私にはある意味で「公共劇場」としては致命的ではないかという考えがある。ただ、前述の「公益的な使命」の中には、舞台芸術の先進的な表現やその人材の開発者としての役割もあり、それは充分に社会的な貢献であり、また公益的でもある。その考えを総合すれば、世田谷パブリックシアターは、区民や市場の共有資産としての舞台表現を成立させ、先駆的な芸術家を多数輩出することが「公共劇場」の要件を満たすことになると思う。「市場」に存立する都市型劇場のひとつの方向性であろう。ただ、北九州芸術劇場のように地域にあり、しかも大半の事業が購入型であり、創造するにしても東京という「市場」や全国の「市場」に常に対応できない施設の場合は、再開発型の施設として「公共財としてのフリー空間」がないということが桎梏となるやも知れない。「公立劇場から公共劇場への転換」は、あるとすれば、北九州という地域の共有財産となる舞台をレパートリー化して、さらに市民の共有財産となる人材を輩出し続けるという隘路しかないのではないか。

第3セッションでの「劇場経営という視点で捉え直すアートマネジメント」で芸団協の米屋尚子氏が、作品創造型の劇場を劇場ホールのヒエラルキーの頂点にあるという考え方は間違っている、と発言したことは注目に値する。私もその発言の直後に、カンパニーを持つ劇場ホールが優位であるという考え方も改めなければならない、と日本における間違った認識を糺す意見を述べた。カンパニーを持つか否かは経済合理性と住民への多様性の認識を優先させるか否かの問題であり、鈴木忠志氏が提唱して流布し、長年信じ込まれてきた日本の「常識」に、ともに異を唱えた提起となった。逆説的には、「公共劇場」の要件には、創造型とカンパニー付属型は入らないということである。あわせて、「貸館事業」もまた地域文化振興という設置目的にかなった公益的な使命であることが確認された。「貸館=抽選=カラオケ」という図式は多くの公立劇場ホールを「仮想敵」として、自分の野心を実現するためにそれらを為にする発言であることを、私たちはしっかりと認識すべきである。

しかしながら、公立劇場ホールの人材に関しては非常に心許ない。「公共劇場」の人材には、社会や時代の変化に対するフレキシビリティとクリエイティビティに富んだ対応が求められ、合わせて懐の深い人間力と高い事務能力が求められる。要するに、学問的な「方程式」を多く知っているだけでは適任ではなく、日々刻々に起こる「応用問題」に応えて行動する力量が求められる。通常、「専門家」というと、演劇、音楽などの芸術分野に通暁している人間を指したりするが、それは間違っているばかりか、狭隘な器量からの発言である。劇場人はアーチストではない。アーチストや市民も含めた人間に対応する、人間関係をマネジメントする高い能力が必要となる職業である。実際に多くの公立劇場ホールを訪れた折に、そこの職員の言動や行動をつぶさに観察していると、これで良く仕事になるな、と思わされること再々である。

創造型事業をやり、買い取りの鑑賞事業をやり、あわせて「アーラまち元気プロジェクト」というアウトリーチなどのコミュニティ・プログラムも年間326回やる可児市文化創造センターalaの職員としては到底通用しないだろうな、という人間がとても多い。ただ、人間としても欠格というホール職員もたまにはいるが、たいていは環境が人材を育てると考えながら彼らを見ている。人間は器に合ったかたちにしか育たないものである。したがって、優れた劇場ホールへの長期間のインターンシップを数多く実施することで、人材の育成は達成できると確信している。つい最近、英国北部リーズ市の地域劇場、ウエストヨークシャー・プレイハウス(WYP)に国費留学していた職員が戻ってきた。彼は彼の地の地域劇場という器の中で新しい気付きや心揺さぶられる仕組みを体験してきたはずである。このような研修が人材育成には大切なのは言を俟たない。

「公共劇場」に向かうための要件のいくつかと、その輪郭は、世界劇場会議国際フォーラム2012でのディスカッションでぼんやりとだが描かれたように思う。ただ、貫かれるべき「公益的使命」が未討論であり、それを明らかにするためには多くの時間を割かなければならないだろう。「使命は地域によって異なる」という中川氏の意見もあるが、同時に、最大公約数となる「公益的使命」はあるだろう。社会と時代の動向はすべての劇場ホールを包み込んでいるし、その例外はない。劣化していく社会に手をこまねいているばかりでは「公共劇場」のスタートラインにも立てない、と思うのである。

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