連載 館長 vs 局長	「公共劇場」へ舵を切る その理念と経営の実際

第六回 「創客」の仕組みづくり ― 顧客志向のマネジメント(その3)。

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

ここで、舞台芸術(劇場産業)と「価格弾力性」について簡単に述べておこうと思う。「価格弾力性」とは、廉価であれば需要が大きくなって右肩上がりにチケットの販売枚数が伸びる、これを「価格弾力性」が大きいと言う。チケット価格が高いと需要が急速に減退することも同様に「大きい」という。「価格弾力性」が小さいというのは、高価であっても、廉価であっても、需要曲線に大きな変化が認められないことであり、「価格弾力性」とは需給の変動を指す経済学用語である。需要の価格弾力性の場合は、需要の変化率/価格の変化率の絶対値で表される。例えば、ある製品の価格を10%値上げしたときに、需要が5%減少したとすると、この場合の価格弾力性は0.5となる。

価格弾力性=需要の変化比率(%)/価格の変化率(%)

この値が「1」より大きいと「弾力性が大きい」と言い、「1」より小さいと「弾力性が小さい」という。価格弾力性が小さい場合は、価格を変更してもほとんど需要は変化しないが、価格弾力性が大きいと、価格が変わると需要が大きく変化する。通常、コメや野菜などの生活必需品は価格弾力性が小さく、宝飾品などの贅沢品は価格弾力性が大きいといわれる。舞台芸術ではいくつかの要素がそれを構成しているが、たとえばアーラでの経験則で例をあげれば、昨年度の「小澤征爾」というブランドに対しては、「名声価格」ということもあり1万5000円の価格政策をとったが、これはおそらく2万円でもチケットはソールドアウトとなっただろう。8000円なら大きく需要が伸びるかと言えば、それほど顕著な変化はないと考えた。むろん、満席になっても地域の文化施設は「地域への投資」であり、収支相償の考えに沿った価格政策と経営をしているから、1万5000円以下にすることはないが、2万円に設定して利潤を出すことも選択肢としてはある。しかし、前記の考えから地域の公立施設としてはその選択はない。舞台芸術が、一般的に言って価格弾力性は小さいと考えられるのは、出演者、演奏者のブランド力とその作品の卓越性のゆえであり、その水準が低ければ正比例して価格弾力性は「1」より大きな数値を示すようになる。チケッティングに対する多様な仕組みを設計実施しているアーラのようなところではもちろん、一般的な公立劇場・ホールでも、「価格弾力性」の小さな卓越性のある舞台を提供し続けなければ顧客は離れてしまう。

次に、前回に記したDAN-DANと併せて導入したのが「ビックコミュニケーション・チケット」である。私は宮城大学・大学院研究科で教師をしている時から、「一人の顧客の後ろには複数の新規顧客が隠れている」と学生や院生に教えていた。これには確信を持てるデータがある。フランスの文化コミュニケーション省が国立劇場のコメディフランセーズの顧客調査をした結果であるが、一人で観劇に来る顧客は12%、二人が50%、3、4人が22%、5人以上が16%というデータを故土方与志氏からわざわざ頂いていた。演劇評論家という職業上、年間300本以上観劇してきた実感でも、一人のお客さまが少ないことは経験則的に了解できた。私自身がアーラに就任する前にプロデュースした『おーい幾多郎』の米子公演でとったデータでは、一人で観劇に来ているお客さまは24%、76%が複数で、内訳は夫婦23%、家族15%、恋人1%、友人26%、同僚4%であった。アーラに来た初年度のニューイヤー・コンサートでは、一人が15%、複数75%(4人以上9%)であった。複数で鑑賞することで、鑑賞前や鑑賞後の語らいや飲食が経験価値を高度化しようとする動機が働くだろうことは想像できた。まさに「ビックコミュニケーション」である。仕組みとしては、4人までが10%OFF、6人までが20%OFF、8人以上になるとアーラでは最大の30%OFFになる、というものだ。これは、インフルエンサー・マーケティングやバズ・マーケティング(ともに口コミのマーケティング)をチケットシステムにアップロードした仕組みである。インフルエンサーやバズスターターに、劇場側になり変わって「営業」をしていただくわけで、そのインセンティブとしての段階的な割引率である。

2010年度から導入したのが、チケットのキャンセル制度である。2ヶ月先、先の長いものではパッケージチケットは10ケ月程度先のチケットを購入するのである。割引というアドバンテージはあるものの、忙しい時代である。ピンポイントで日程を調整するのはなかなか難しい。当然、急な仕事や用事が入ることもある。キャンセル制度は就任当初から構想はあったが、3年目にしてようやく導入することができた。しばしば出掛ける英国にもチケットキャンセルの仕組みがあり、劇場ごとに特色のあるシステムを採用している。日本では事例がないと思うが、顧客志向という点から言えば、キャンセルできることは今日的に必須条件であると思う。それによって、ともかくも良い席を購入しておこう、というインセンティブも働く。仕組みとしては、購入価格の20%を手数料として頂き、残りの80%相当をバウチャー(クーポン)で返金するかたちだ。受け取ったバウチャーは、他のチケット購入と館内のレストランで使える。使用期限は2年間。チケットシステムとしては、このキャンセル制度でほぼ完成したと言えよう。現在では、この整備されたチケットシステムは、市民のアーラでの消費行動にもほぼ組み込まれている。大幅な改変はお客さまを混乱させてしまう。あとは少々のマイナーチェンジをして、使い勝手の良さを追求するくらいではないかと思っている。

10年後、20年後を見通して昨年から導入したのが「お元気ですかチケット」である。これは福祉型チケットで、電話予約を頂いたら職員がチケットをお宅までお届けするという仕組みで、お宅に伺って「お元気ですか、お変わりありませんかけ」とお声掛けをするもので、チケットは「コミュニケーション・ツール」として位置づけられる。現在の中心顧客である40歳代、50歳代の顧客がさらに高齢期に入った時に利用してもらえればと思っている。「上がってお茶でも飲んでいらっしゃい」と言われたらお茶を頂いて世間話をしてくる、というのがその業務内容である。

同じ福祉型チケット、あるいはメセナ型チケットとしては、「私のあしながおじさんパッケージチケット」がある。これは、地元企業、関連企業が可児の子どもたちのためにパッケージチケットを購入して公募によりプレゼントするもので、子どもたちはアーラのポストカードで鑑賞後にサンキューメールを送ることを義務づけられている。18歳未満料金で、地域拠点の新日本フィル、文学座、それにアーラ自主製作のアーラ・コレクションシリーズの三本がパッケージされている。一パック6500円なので、一社10パックで65000円の企業メセナとなる。企業にとっては、非常に手軽な価格の地域貢献型の企業メセナである。

もうひとつ教育型チケットがある。アーラでは、大型市民参加型一年目のミュージカルの後の「もっとやりたい」という子どもたちの声に背中を押されて、アーラ・ユースシアター(公募型 小学校四年生から中学校二年生 団員30人)を結成した。彼らは通年で活動している。通常はワークショップをしているが、夏休みに作品製作をして発表して、その後、高齢者福祉施設に訪問公演に行っている。来年度からは、高齢者福祉施設や障害者福祉施設で入所者と共同制作をする計画を立てている。そのユースシアターの団員には、アーラで行われるすべての公演を当日1000円で鑑賞できることとなっている。当日であるから当然席は良くないが、良質の舞台芸術に触れる機会をふんだんに用意することが、彼らの人間成長に寄与すると考えている。

チケット制度ではないが、チケットに付随するホスピタリティの方策が顧客の経験価値を高度化する施策である「バースディ・サプライズ」、「かに寄席大入り袋」、「母の日のカーネーション・プレゼント」である。「バースディ・サプライズ」はインターネット・チケットの導入を「機会」とした制度である。現在約8000人を数えるアーラ・フレンドシップ会員は登録時にいくつかの必須項目に記入する仕組みになっている。項目のひとつに生年月日があり、公演当日、何処の席に何という方がいらして、どのような鑑賞履歴でいらっしゃるかがそれで分かる。それに従って、事業実施月に誕生日を迎えたお客さまに、職員の手づくりのポップアップ・アートのバースティカードとラッピングしたバラを一輪、開場前の客席に置いておく。そして、お客さまがいらしたら館長の私がお祝いのご挨拶に伺うというものである。

お客さまはアーラのホスピタリティにお喜びになり、感動して、涙を流す方さえいらっしゃる。当然、その周辺席のお客さまも誕生月をお祝いするように小さく拍手をしている。これにより、当日の鑑賞の経験価値は非常に大きくなる。国際交流基金のコーディネイトで視察に訪れた韓国国立劇場の林然哲(リム・ヨンチョル)館長の希望で氏の専門分野であるアーツマーケティングの意見交流をした際、この「バースディ・サプライズ」には強い関心を示していた。国際交流基金から送られてきた報告書にも、可児市文化創造センターalaでのアーツマーケティングの意見交換が非常に有意義であった、と書かれていた。鑑賞による経験価値から一歩踏み込んだ付加価値、あるいは経験価値の「演出」は、顧客を一瞬のうちにアーラとの強いきずなへ向かわせる。私たちが仕事をしている劇場・ホールはサービス産業である。しかも、公立の施設である。したがって、収益の適正化を図ると同時に、鑑賞による経験価値の最大化、極大化を企図すべきである。その意味では、アーラの職員は「経験価値の演出家」である。

「経験価値の演出家」としてのアーラ職員の仕事では、他にも冬に毎日市民による点灯式を行うイルミネーションでも発揮される。イルミネーションをバックに点灯者の皆さんを撮影した記念写真を3分程度でカードにしてお渡しする、また「納涼寄席」と「初席」で着物を召していらしたお客さまにはもれなく鎌倉銭洗い弁天で洗った、紅白の紐を結んだ五円玉の入っている大入り袋を差し上げる仕組みなど、お客さまの「受取価値の最大化」を目指す職員の仕事は多岐にわたる。アーラでは、毎年5月の第二日曜日の「母の日」に、膝上の幼児も入場可能なファミリーで聴けるコンサートを開いている。毎年満席の盛況となっているが、コンサート終了後に子どもたちに「お母さんに上げてね」とラッピングしたカーネーションを一本ずつ手渡している。その日は、カーネーションを持った家族連れで劇場内、水と緑の広場の芝生は大いに賑わう。この仕事も、連携するNPO法人アーラクルーズのメンバーとアーラ職員の仕事になる。

これらの受取価値を最大化する「演出家」としての仕事は、感謝されることで職員にはやりがいのある仕事となっている。お客さまの「笑顔」によって職場の人間関係環境が飛躍的に良くなる。そのことでさらに受取価値の生産性は螺旋状に高度化していく。自分がみずから施した演出でお客さまから感謝されれば、誰でも自分の仕事の成果を間近に確認できる。「経験価値の演出家」としての仕事は、「言葉の共有」にとどまらず、「経験を共有」して、職場内のコミュニケーションを活性化する。文明評論家であり、人間関係論学派の創始者であるハーバート大学のエルトン・メイヨーによれば、実験によって、職場の人間関係と生産性は正比例する相互性があることが証明できたという。顧客に直接関わり、その経験価値を最大化する演出を職員が手ずから施すことで、そのコンタクト・ポイント(CP)の成果が職場環境を良くして、劇場の生産性を高めている事例である。

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