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劇評:文学座『真実』

文学座『真実』
文学座『真実』
文学座『真実』

執筆者:小島祐未子

作:フロリアン・ゼレール
訳:鵜山仁
演出:西川信廣

出演:
■ボルドーチーム 斎藤志郎、渡辺徹、古坂るみ子、郡山冬果
■シャンパーニュチーム 鍛治直人、細貝光司、浅海彩子、渋谷はるか

2018年
3月 8日(木)ボルドー
3月 9日(金)シャンパーニュ
3月10日(土)ボルドー
 計3回公演 / 可児市文化創造センター 小劇場

 過剰な報道のせいで「不倫話は、もうウンザリ」という人も多いだろうが、小説やドラマでは洋の東西を問わず題材となり続けている。フランスの作家フロリアン・ゼレールの戯曲『真実』で描かれる不倫の物語は、嘘と混乱の連続で目が離せなかった。文学座が本邦初演。ボルドー組とシャンパーニュ組のダブルキャストで上演され、私はボルドー組=渡辺徹、古坂るみ子、斎藤志郎、郡山冬果の回を観劇した。
 登場人物はミシェル(渡辺)、ロランス(古坂)、ポール(斎藤)、アリス(郡山)の四人。ミシェルとロランス、ポールとアリスが夫婦だ。ミシェルはポールの親友にも関わらず、アリスと不倫関係にあった。ポールは職場を解雇されて失業中の身。ミシェルはそれが心配で、ついアリスに彼の近況を尋ねてしまう。一方のアリスは、ミシェルと仕事の合間にホテルで短時間過ごすだけの繰り返しに不満を抱いていた。そこでアリスは週末旅行をおねだり。しかしミシェルは打合せが気になって取り合わない。アリスも一度は諦めるが、ミシェルが彼女の様子の変化に慌て、旅行を承諾。打合せも仮病でキャンセルしてしまう。そして、この一見ささいな嘘を発端に、ミシェルは最悪の事態へと追い込まれていく。
 彼はまず帰宅後、ロランスから思いがけない追求をうけることに。打合せの成果を尋ねられて嘘で返せば、その打合せ相手だったはずの同僚にミシェルが病欠したと聞いたがどういうことかと問われ、実はポールに会っていたと嘘を重ねる。すると、その時刻にポールから自宅に電話があったことを告げられ、ついにミシェルは逆ギレ。それでも冷静に話を聞くロランスは、やり取りの最後「どうして私たち、セックスがないの?」と悲し気に問い掛け、愛情とは裏腹の夫婦の実態が浮かび上がる。
 以降、ミシェルは嘘の上塗りに拍車を掛けるが、おかしいのは他の三人の嘘も明らかになっていくところ。旅行の後、アリスは罪悪感からポールにすべてを話したと告白。そのポールも妻と親友の不倫に気づいていたこと、しかも理由はロランスに聞いたからだと打ち明ける。ポールとロランスも不倫関係なのだ。それを知ったミシェルは、もはや道化。挙句の果てには、ミシェルが常々「真実は口にするな」と言っていたからだと諭される。
 さらに劇的趣向で面白いのが、ミシェル以外の三人は同時に登場しないこと。本作はミシェルと誰か一人の会話で展開され、真実が単純に判断できない。その象徴がラストの第七場。ミシェルはロランスの不倫を責め立てるが、彼女は断固として否定。その迫力に観客も圧倒され、ロランスは正しいのかも…と思ってしまう。

 本作では夫婦関係や不倫問題を通じて、嘘をつくという人間的行為そのものに目が向けられている。「もし人類が今日ただ今をもってお互いに嘘をつくのをやめたら、地球上には夫婦が一組もいなくなる。ある意味で、それは文明の終わりだろうな」というミシェルの台詞は、男女間に限らず人間の本質を突いている。作者ゼレールは世界の実相を喜劇的に描いているようでいて、どこかニヒリズムを感じさせる。ポールが切っても切れない間柄だった仲間と久しぶりに再会した時に話すことが何もなかったというエピソード、さらに続く「肉体的な死のずっと前から死は始まっている。(中略)俺たちは一人きり。友達もなし」という台詞は、人間関係が束の間のものであることを示唆していて哀しい。もうひとつ気になったのが、旅行中にアリスがつぶやく奇妙な感覚。「何だかいつもの部屋にいるような気がしない?」「まるでおんなじお部屋みたい」という台詞だ。ホテルが変わってもセットは同じなのでメタ演劇的なユーモアとも言えるが、枕が変わってもすることは同じという皮肉にも映り、ある種の虚しさが漂う。

 本作には「真実を口にせず黙っていることの利点から、真実を口にすることの不都合まで」という副題が付いている。嘘には“語る嘘”と“黙っている嘘”の二種類があり、後者が終幕に悲劇的な余韻を生む。ロランスは最後に大芝居をやってのけ、嘘語りの勝者のようになるも、土壇場で愛人ポールが黙っていた嘘に気づき、結局、彼女は傷つくからだ。
 本作の救いは、誰もが愛情ゆえに嘘をつき、悪意のないことだろう。日本でも「嘘も方便」「優しい嘘」などの言葉があるように、この世界は嘘で保たれているのかもしれない。おかげで、真実は常にころころ変わってしまう。それは回り盆の上でめまぐるしく転換する装置でも表現されていた。また赤と白で二分された舞台美術の色彩は、ワイン、そして真っ赤な嘘と潔白をイメージさせた。
 文学座の創立八十周年記念のひとつとして、演出部のベテラン、鵜山仁と西川信廣が翻訳と演出を分担して初タッグを組んだ意欲作。ミシェルが「これは喜劇なのか悲劇なのか」と問うたとおり、いかようにも解釈できるこの戯曲の魅力を実力者ふたりが存分に伝えた。