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劇評:ala Collectionシリーズ vol.10『坂の上の家』

ala Collectionシリーズ vol.10『坂の上の家』
ala Collectionシリーズ vol.10『坂の上の家』
ala Collectionシリーズ vol.10『坂の上の家』

執筆者:小島祐未子

作 :松田正隆 
演出:高橋正徳
出演:亀田佳明、鈴木陽丈、石丸椎菜、大野香織、陰山泰

2017年10月6日(金)~12日(木)計6回公演
可児市文化創造センター 小劇場

 松田正隆が『坂の上の家』を発表したのは一九九三年。京都で主宰していた劇団「時空劇場」の新作だった。権威あるOMS戯曲賞(大阪ガス主催)の大賞にも輝いた本作は卓袱台の回りで繰り広げられる日常を切り取った会話劇で、前作『紙屋悦子の青春』、岸田國士戯曲賞ほかを受賞した『海と日傘』と合わせ、「長崎三部作」と呼ばれる。共通の舞台となっている長崎は松田の故郷だ。その後、時空劇場は解散。しばらくして松田は「マレビトの会」を立ち上げ、観念的な非日常の世界を創出するようになる。また、二〇〇九年になると「ヒロシマ-ナガサキ」シリーズを開始。未曾有の震災と原発事故を経験した現在は、長崎・広島・福島に取材したシリーズを集団創作している。ただし、彼らは大袈裟なメッセージを叫んだりはしない。松田は丁寧に「土地の記憶」を掘り起こし、私たちの「生の実感」に寄り添う劇として立ち上げる。その姿勢の原点が『坂の上の家』の頃にあった。

 物語は、ある夜明け前を序章として、一九八七年七月二十三日の朝の風景から始まる。登場するのは本上家の長男・幸一、二男・慎司、長女・直子。両親はちょうど五年前に起きた長崎大水害で他界しており、この日はふたりの命日だ。幸一は社会人となって役所勤め、慎司は予備校生、直子は高校生だろうか、制服姿がまぶしい。出勤・登校前のドタバタぶりの中で、幸一が父の代わりを、直子が母の代わりを務めてきたことも感じられる。そんな三兄妹にとって、この日は新しい家族を迎える日でもあった。幸一が婚約者を連れてくるというからだ。夕方になり、幸一は清楚な女性・佐々木陽子を伴って帰宅する。彼女は弟妹にはもちろん、仏前で亡き両親にも挨拶。直子と慎司が張り切って作った皿うどんを夕飯に四人は打ち解け、本上家の新たな船出は視界良好に映ったのだが……。

 異変が訪れるのは八月一日。慎司が料理人になるため予備校を退学したと直子に明かす。ふたりは兄に報告しようとするが、幸一の様子もどこかおかしい。本当のことを話せないまま迎えた八月十四日。お盆になると関西から帰ってくる叔父・善一郎が幸一に結婚祝いを贈ろうとしたことから、婚約の破談が発覚する。そしてクライマックスの十五日。精霊流しの灯りを遠くに眺めるうち、慎司が大学を断念して調理学校に通うと宣言。兄弟は大げんかとなり、勢い余った慎司が陽子の真実を口走ってしまう。慎司が突き止めたのは、彼女が酷い貧血で入院したこと、その両親が被爆していたことだった――。

 家族という普遍的テーマをはらみながら、本作には長崎の特異性が随所にちりばめられ、かの地を意識せずにはいられない。そもそも題名にある「坂」からして長崎を象徴するキーワード。陽子の生家からほど近い浦上天主堂や風物詩の精霊流しには「死の影」も色濃い。陽子が不自然な形で縁談を断ったとわかったところで、何か察した観客がいてもおかしくないだろう。また、十五日の夜に聞こえてくる朝鮮の人々の鳴き声にも、長崎の複雑な歴史が垣間見える。そして、長崎に生きる者には、それらすべてが日常と隣り合わせにあるという現実。どこにでもありそうな家庭劇が一変する理由だ。

 本作には、揺るがし難い「隔たり」のイメージも重層的に浮かび上がる。戦争体験世代と未体験世代の隔たり、三兄妹の両親や善一郎の生まれ故郷・松浦市と彼らが移り住んだ長崎市との隔たり。戦後生まれの幸一たちからすれば、被爆二世の陽子が抱える苦悩は容易には想像できなかった。それらの隔たりを考えるにつけ、長崎には計り知れない悲劇が眠っているのだと痛感する。一方で、兄弟の間の隔たりにはリアルに胸が痛んだ。長兄の住む松浦に帰りたくない善一郎、結婚や進路の問題でギクシャクしてしまった幸一・慎司・直子。血はつながっていても、ずっと仲睦まじく、理解し合えるとは限らないのだ。特に、親を失った後の兄弟関係の難しさは身に染みる。本心すべてが語られるわけではなく、何があったのか明確にされない部分も多い劇だが、だからこそ生々しい感触があった。

 そうした作品の根底に流れるものを舞台構造が静かに表しているように見えた。空間を占めるのは本上家の居間。舞台奥には紫陽花に彩られた庭が広がり、手前の客席方向には中心部へと下る坂がある様子。その坂は、劇中人物たちと私たちの「生」を結ぶ道だったのではないだろうか。さらに垂直線・平行線の組み合わさった壁や障子の美しさが圧巻。そこから生まれる複雑な格子模様は交差する時間・場所・人間を表しているようであり、紙の貼られていない障子は先行きを暗示しているかのようでもあった。

 慎司と直子の行動力によって、幸一と陽子の結婚話は再び進み出すが、以降も彼らの人生には問題が待ち受けているかもしれない。それでも風通しのいい居間の風景は、本上家の未来に希望があることを予感させた。