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日英共同制作公演「野兎たち」レポート

可児から東京、そして英国へ
日英共同制作公演という名の冒険

2020年2・3月、東京・可児・英国上演を実現させた 演劇作品『野兎たち-Missing People』。日英の地域劇場が混成チームで創作するという前例のない取り組みで、足掛け5年の歳月を掛けたその軌跡は、想像を超える苦難と挑戦の連続でした。

可児市文化創造センター + リーズ・プレイハウス 日英共同制作公演
『野兎たち -Missing People』
作:ブラッド・バーチ 訳:常田景子 演出:マーク・ローゼンブラット、 西川信廣
東京公演:2020年2月 / 新国立劇場 可児公演:2020年2月 / 可児市文化創造センター
英国公演:2020年3月 / Leeds Playhouse

【STORY】
日本人と英国人の国際結婚という状況の中、日本人の家族の息子が失踪という知らせが届く。そこから二つの家族の歯車が狂い始める。文化の違い、結婚の価値観、親子関係など、内に秘めた家族のストレスが水面下から湧き上がり… なぜ人々は孤立し、社会的圧力に押しつぶされるのか。人々にとっての幸せとは何か?を問いかける。

 


 

2015年 憧れの劇場と共に歩み出す

英国のリーズ市にあるリーズ・プレイハウス(以下LP)は、《北部イングランドの国立劇場》との異名を持ち、世界水準の舞台を制作しているほか、未就学児から高齢者、障がい者、不安定な状況にいる若者など、地域が抱える課題に対して文化芸術による改善プログラムを幅広く展開しています。プログラム設計にあたっては、各分野の専門家とチームを組み、資金調達から有効なアプローチ方法の検討、実践、そして効果検証まで行われています。「シアター・オブ・サンクチュアリ(安らぎの劇場)」ー難民及び難民申請者のために安全で温かく創造的な空間を提供する劇場―に認定されるなど、演劇大国の英国で 「地域に開かれ、地域と共に生きる劇場」 として注目されています。アーラにとっても理想とする劇場で、「いつか業務提携を結びたい」と熱いオファーを送り続けていました。2013年2月、当時のLP経営監督シーナ・リグレイが来日した際、アーラの大型市民参加公演や、プロの演劇制作を地域の方々が支える市民サポーター活動等に感銘を受け、それを機に業務提携の話は一気に現実味を帯びることに。そして遂に 2015年3月、人材交流と日英共同制作を目的とした業務提携を結ぶに至ったのでした。

2016年 両劇場の決意表明を日本の中心で叫ぶ

いつやるか? どんな作品にするか? 日英共同制作に向けた協議を重ねていく中で、2020年に実施という企画の大枠が決まりました。2016年2月、新たにLPの経営監督を引き継いだロビン・ホークスが、東京での日英共同制作公演の記者発表に出席するため来日。 「まだ4年も先の公演で、なぜ今 記者発表?」 そう多くの方が思ったことでしょう。 しかしこれは日本演劇界でも稀に見るビック・プロジェクトです。  人口10万人という日本の小さな町にある劇場が、世界的に注目を浴びる英国の劇場と手を取り合い作品を創作する。「この道のりには想像もつかない困難が待ち受けているかもしれない、 それでも両劇場が確たる信念を持ちこの公演を実現させる。」 私たちにとって この記者発表は、まさにそんな決意を全国に向けて宣言する貴重な場であったのです。

2017年 前代未聞! 日英共同演出という挑戦

スケジュールや予算、作品内容など決めなければいけないことは山積みでした。まず最初に演出家を誰にするかという段になり、衛館長から 「日英双方で演出家を立てて共同演出にする。」と聞いたときは、さすがに耳を疑いました。演出家の意見が分かれれば現場が大きな混乱に陥ることは目に見えています。しかも今回は言葉も文化も違うパートナーです。そんなリスクを抱えてまで共同演出に挑戦する理由には、日英共同制作に対する衛館長の妥協のないこだわりがありました。これまで日本で行われてきた国際共同制作という肩書きの公演は、演出家だけが外国人であとのすべては日本人という事例がほとんどでした。もちろんその形態も 《共同制作》 ではありますが、私たちは 《真の意味での共同制作》 を目指したのです。 キャスト・スタッフは共に日英の混合チームとすることは、LPと決めた大前提でした。そこで演出面においても、日英両方の視点を立てることで観る人にとってもリアリティある作品とすることを狙いました。

日本側の演出家は文学座の西川信廣氏で、共同演出に最適であるバランス感覚と調整力を持ち合わせていました。一方、英国人演出家は推薦枠のひとりにオックスフォード大学出身の若く才能のあるマーク・ローゼンブラットがいました。西川氏は偶然にも以前リーズでマークと直接会っており、その時のフィーリングが直感的に 「彼とだったらやっていけるだろう」 と感じたようです。西川氏の直観を信じオファーを出し、マークも快諾くださいました。後にこの2人の性格の違いが作品づくりにおいて良いバランスとなって機能していくことをこの時はまだ知る由もありませんでした。

2017年3月、アーラ企画 「日英共同制作シンポジウム」 のためマークが来日。シンポジウムは2部構成で、1部では社会的問題を扱った作品に親しんでもらおうと、英国の戯曲『新しい女の子』の一部を文学座俳優5人が台本を持って演じるドラマリーディングを開催。現代の家庭に渦巻く不信とストレス、別離と新たな絆の物語を西川演出で披露しました。そして2部では、私たちが生きている社会を取り巻く諸問題について意見交換をし、共同制作する新作劇は社会的メッセージを発信しつつ、観る人が希望を抱けるような作品を目指すという結論に至りました。マークは、「社会に排除された人の視点からの作品にしたい。」 と意気込みを新たにしていました。

2018年 待ちに待った 優れた作家との出会い

「日英共同シンポジウム」で新作劇の方向性が固まりましたが、肝心の作家の選定段階で一進一退を繰り返しました。企画意図をしっかり理解し、戯曲として書き上げることのできる人材を探し求めていました。そのような中で、ブラッド・バーチという作家の名前が挙げられました。ハロルド・ピンター新作委託賞を受賞し、英国で最も有名なロイヤル・シェイクスピア・カンパニーやナショナル・シアターに新作を書き下ろすなどその経歴には申し分ない逸材です。2018年9月、早速ブラッドにコンタクトを取り企画を説明すると、 「ぜひやってみたい」 と幸運にも好感触が得られました。善は急げとばかりに彼のスケジュールを押さえ、 2018年12月、 戯曲づくりの取材のためブラッドが来日。この時点で作品は、「日英の国際結婚を軸に、その婚約者の兄が社会的ストレスから逃れるために日本で失踪してしまう。」 という大まかな設定までは決めていました。そのうえで、「現代のストレス」や「失踪のメカニズム」などを探るべく東京自殺予防センターや貧困問題に詳しい社会活動家、子ども食堂、大阪の日雇い労働者のための簡易宿所が多い地区などを中心に取材を行いました。自殺防止に取り組む生々しい話や、貧困に陥る日本社会の構造、子どもの貧困を地域住民で支える取り組み、ホームレス支援の実態など、その先々で直接現場の人から聞く話には、書籍からは得られない、今まさにそこに存在する痛切な現実がありました。ブラッドは一件一件 取材者の話に耳を傾け、懸命にメモを取っていきました。取材で得たこれらのリアリティーを汲み上げ、戯曲として創作していく。これからが彼の腕の見せ所となります。今回の来日取材を通して、どのような戯曲が生み出されるのか、私たちは期待を胸に祈るような思いで結果を待つのでした。

2019年 新作戯曲に命を吹き込むワークショップ

日本では馴染みのないことですが、英国では新作劇をつくる際、必ず劇作家のために執筆した戯曲を実際に役者に演じてもらいながら内容を検証する 「戯曲開発ワークショップ」 というものを行っています。今回のプロジェクトでも2019年5月にそのワークショップ開催が決まっていました。したがって、それまでにある程度完成された戯曲が必須でした。気持ちばかりが焦るなか、ブラッドから第一稿が届いたのが2019年2月。 「間に合った!」 と安堵したのも束の間、この段階では 残念ながら物語や登場人物の造形が浅くて、とてもワークショップ実施に値するような代物ではありませんでした。そこで演出家、プロデューサーが改めて問題点を洗い出し、推敲を依頼。そして5月、ワークショップのための役者を選定し、演出家、翻訳家と共にLPへ向かいました。そこでも思わぬ事態が。ワークショップ前日、マークから 「妊娠中の妻が破水して子どもが生まれそうなので、ワークショップには参加できない。」と緊急連絡が入り、日本人メンバーはただただ唖然ー。ただでさえ戯曲完成への不安を抱えていただけにマークの不在には動揺を隠しきれませんでした。出産の無事を願う気持ちと、ワークショップはどうなるのか不安な気持ちが入り混じったまま翌日を迎えました。会場入りすると、LPで急遽手配したテスという演出家が代役として紹介されました。彼女は急な役回りのなかマークから内容を引継ぎ、見事に現場をリード。登場人物のバックボーンを掘り下げ役者に即興で演じさせることで、戯曲に描ききれていない心理や情景を的確に指摘していきました。その作業はまさに生きた戯曲へと磨き上げるもので、私たちには彼女が救世主のように見えました。演劇制作のプロ集団であるLPのスタッフ層の厚さを実感した瞬間でもありました。 数日後 ブラッドが、「今回のワークショップでこの戯曲は 《さなぎ》 から 《蝶》 になった。」 と自信あり気に語っているのを聞き、ようやく日英共同制作公演のスタート地点に立てた、やっとここまで辿り着いたと一筋の光明が差した思いでした。

2019年9月 出演俳優オーディションでの運命的な出会い

私たちがこのお芝居で描こうとしたのは、「“個”に生きる現代人の孤独と人々の幸福を問う家族の物語」です。「現代の孤独、家族、幸福とはなにか?」作家のブラッドはこの難題と格闘しながら戯曲の推敲を重ねていました。8月の時点でようやく登場人物となる日本人役5人・英国人役2人のキャラクターが見え、それをもって9月上旬に日本、下旬に英国オーディションを開催することになりました。日本人4人の配役候補はすぐに見つかりましたが、肝心のヒロインとなる早紀子役の候補者探しは難航しました。なぜなら、早紀子役にはヒロインとしての魅力と演技力の他に、英会話力も必要だったからです。結局日本では見つけることができず、残すは英国で活動している日本人俳優を英国オーディションで期待するしかありませんでした。オーディション終了後、現場に立ち会った演出の西川氏と衛館長から、「いい子がいたんだよ!」と待っていた言葉を聞くことができたときは胸のつかえが下りる思いでした。英国人の父親と日本人の母親を持ちロンドンを拠点に活躍している俳優で、名前はスーザン・もも子・ヒングリー。母親の影響で日本語も堪能で、全会一致で決まったとのことでした。
彼女はその後 持ち前の明るさで稽古場を引っ張り、両国の俳優陣の橋渡し的な存在となっていきました。オーディションだからこそ出会えた今回の素晴らしい俳優たち。それは日英共同制作が導いた運命的な出会いだったのかもしれません。

2019年12月 『リーズ稽古』 

戯曲が稽古に間に合わない !稽古1か月前、戯曲はすでに4稿目に入っていましたが、未だ推敲中で決定稿には至っていませんでした。このような状況で果たして稽古は始められるのか、不安を抱えながら日本チームはリーズへと向かいました。リーズ稽古ではやはり戯曲開発ワークショップの延長線上のような様相で、戯曲に描き切れていない部分を洗い出し、その都度作家に書き足しを提案する日々でした。稽古最終日にどれぐらいの書き足し量になったのか西川氏に確認すると、「1時間半程度の戯曲が、3時間近くなるのではないか。」との事。膨大な宿題をもらったブラッドは稽古と並行して推敲を重ねていました。完成戯曲がなければ俳優もスタッフも身動きが取れません。そして戯曲以外にも悩みの種がありました。それは、英国式の議論中心(しかも通訳を介した)の稽古です。各場面を論理的に説明しつつ気持ちを作るという作業は、どちらかというと直感的にセリフを捉え稽古で何度も演じながら心の動きを作っていくスタイルの日本人俳優には戸惑いがありました。それでも、1月の可児稽古からはきっと西川氏が日本式で稽古を進めてくれるだろうと淡い期待を胸に、リーズでの稽古を終えたのでした。

2020年1月 『可児稽古』 違いのストレスと市民サポーターの癒し

この戯曲づくり最大の功労者は、翻訳家の常田景子氏です。すでに4稿分もの戯曲を短い締切期限で、まるで日本人作家が書いたような日本語会話に翻訳してくださいました。12月のリーズ稽古では戯曲の書き換えがあることを見越して同行してもらったのですが、まさか年末年始を返上してまでの作業量になるとは予想もしていませんでした。彼女から5稿目となる翻訳が届いたのが可児稽古2日前。「またしてもギリギリ間に合った!」 そんな思いで、中部国際空港に着いた英国チームを迎えに行くと、マークが開口一番、「飛行機でたっぷり時間があったから、5稿にカットや変更の赤を入れておいたよ。」 すでに6稿目の作業がブラッドや常田氏を待ち構えていると思うと苦笑いしか出ませんでした。

そして1月8日、市民サポーターも加わり、ホームグラウンドである可児での稽古がスタートしました。リーズで本格的な稽古が出来なかった分、遅れを取り戻そうと仮の舞台セットが稽古場に立て込まれ、想定される小道具も揃え、準備万端です。気になる稽古進行はというと、期待とは裏腹に英国式で進められました。英国では稽古場はあくまでも俳優のための稽古で、テクニカル面は 《稽古場》 ではなく 《劇場の舞台上》 で決めていくというスタイル。比べて、日本式の稽古場は、俳優の稽古と同時にテクニカル面も決めていくことで劇場の舞台を使う日数を短くするという作り方をしています。特に今回の舞台は、装置の転換、小道具、字幕、映像などテクニカル・スタッフにとっては決めなければならないことが山ほどありました。この両国の稽古場に対する考え方の違いにより、テクニカルな部分を決めないマークに対して日本人スタッフのストレスは溜まる一方でした。逆にマークにとっても、各プランナーが可児常駐ではないなど、英国とは違う制作環境に神経質になっているようでした。西川氏はそういった状況を察知し、マークと日本チームの間に入り調整役を担っていました。それでも根本的な解決には至らず、ストレスの矛先は巡り巡って制作である私に向かってきました。板挟みになりながら妥協点を見出し調整作業に神経をすり減らす日々が続きました。『野兎たち』は、社会的ストレスが原因で失踪してしまうヒロインの兄・弘樹を探す物語です。「彼はなぜ失踪してしまったのか? 社会的ストレスとは?」 この作品に通じるテーマを私自信が実体験することになるとは…。「失踪しないだけで弘樹は実は私自身か、あるいはみんな そうなのか…。」 言葉や文化、立場などさまざまな違いから生じるストレスは実は誰もが抱えていて、でも相手と真摯に向き合い、言葉に耳を傾け、理解しようとすることで、解消されていく―。今回の稽古場を通じて学んだような気がしました。

そんな私たちの疲れた心を癒してくれたのが、公募で集まった市民サポーターの皆さんでした。優しい笑顔の声掛けや、真心のこもった差し入れが、「応援してくれる人たちがいる」 と実感できる時間でした。英国チームも声をそろえて 「市民サポーターがいる、こんな温かい稽古場は今までに経験したことがない。」 と、その言葉は私にとって最高のご褒美となりました。

2020年2月上旬 『東京公演』 幕が上がらないのでは― 焦りの現場

今回の舞台美術を手掛けたのは数々の演劇賞を受賞し世界的に評価が高い、松井るみ氏。彼女とは1年前から構想を練ってきました。焦点となったのは、日本語と英語が飛び交う舞台で、字幕をどのように処理するかということでした。通常であれば舞台美術とは切り離し、舞台の上手と下手の両端に字幕を映す柱を設置するのが一般的ですが、今回は字幕も舞台美術の一部として取り込むプランを採用しました。それは、字幕を映す巨大な縦2本、横2本のLEDパネルの柱のみを舞台セットとするもので、この柱が舞台空間を縦横無尽に動き回り、字幕だけでなく映像も映しながら各シーンを作り出します。シンプルでありつつ言語そのものを大胆に空間の中でデザイン化した、まさに日英共同制作のコンセプトそのものを表現するものでした。

テクニカル面の課題が山積のまま可児での稽古を終え、2月3日から本番の舞台となる新国立劇場に入りました。セットを仕込み、舞台稽古が始まり、いよいよここでテクニカル面の課題を解消していくはずでしたが、演出面の変更に次ぐ変更でタイムテーブルは予定を遥かにオーバーしていました。さすがにスタッフに焦りが出始め、また俳優にとっては本番直前に稽古場とは違う動きを求められるなど、「このままでは幕が上がらないのでは…」 その言葉が現実味を帯びてきました。そして本番前日、リハーサルを終え翌日のスケジュールの打合せをしている時でした。本番ギリギリまで舞台稽古を優先させたいマークに対して、舞台監督はゲネプロ(本番通りに行う通し稽古)を優先させたいと、意見が真っ二つに分かれました。再び妥協点を見出し、午前中を舞台稽古に当て、午後にゲネプロ、夜本番というスケジュールに落ち着きました。良い作品をつくるという共通意識のもと、ギリギリの攻防の末ようやく初日の幕を開けることができました。

幕が上がって数日後、お客様の『野兎たち』を称賛するたくさんのツイートを見て、「この声を聞くために5年間、頑張ってきたんだ…。」 と熱いものが込み上げてくるようでした。作品づくりの最中に西川氏が、「今は生みの苦しみの中にいる」と言っていたのを思い出し、「生みの苦しみが大きいほど、生んだ後の歓びも大きいんだ。」 とこれまでの苦労が浄化されていくようでした。

2020年2月下旬 『可児公演』 確かな手応えを携えての凱旋公演

帰る場所から長く離れていればいるほど、帰ってきたときの安心感は大きくなるものです。東京で約半月の間、劇場に缶詰め状態となり生みの苦しみを味わってきた私たちは可児で 「ようやくホームグラウンドに帰ってきた」 と、心の安らぎを覚えました。また東京公演で作品評価の確かな手応えを感じていたため、気持ちは高ぶっていました。出迎えてくれた市民サポーターの顔もなんだか懐かしく、会うと自然と笑みがこぼれました。そんな温かい空気に包まれて可児公演の幕は開きました。お客様の反響も大変良く、順調に公演は進んでいるかに見えました。しかし、運命はそう簡単には私たちを前へ進めてはくれず…。このプロダクションにとって最大の敵が足音もなく、じわじわと近づいて来ていたのでした。

そのころになると連日、新型コロナウィルスのニュースが世間を賑わせていました。刻一刻と変化する状況の中、各地でイベント中止の動きが広がっていました。そして可児市でも市主催のイベントについての検討会議が開かれました。 「千秋楽の 2月29日まであと3日間…。」 皆で祈るような思いで会議の結果を待ちました。 「アーラでの公演は3月1日以降中止とする。」 公演のできる有難さとこれまでに経験のない緊張感のなか、可能な限りの感染予防対策を講じて、無事に可児公演を終えることができました。

2020年3月 『リーズ公演』 5年間の集大成、頂上はそこまで見えている

3月頭の時点では、アジアでの感染拡大が流行拠点として世界中で騒がれていました。 「英国まで行くことができれば公演はできるだろう」 そんな思いで、3月7日リーズに向けて出発しました。リーズに到着するとやはり街中はいつも通りの賑わいでした。日本では公演中止の嵐の中、この作品は海を渡ってリーズで公演ができるなんて奇跡的とも思いました。この異国の地で私たちの作品がどのように受け入れられるのか、期待に胸が膨らんでいました。

リーズ公演では本番を回す舞台・音響・照明スタッフが、日本チームから英国チームに入れ替わります。引継ぎを経て、リーズ公演を迎えました。英国では 《プレビュー公演》 という期間があり、その後マスコミ各社を招待した 《プレスナイト》 を経て 《本公演》 となります。プレスナイトでは、演劇評論家らによって作品が星の数で評価されます。その評価を持って本公演が始まるので、私たちの最大の関心はこのプレスナイトにありました。プレビュー公演でのお客様の反応は上々、勝負のプレスナイト当日の午後、英首相ボリス・ジョンソンが国民に向け新型コロナウィルス感染対策の声明を発表していました。それを受けてリーズ・プレイハウスでも対策協議が開かれ、結果説明のため芸術監督のジェイムス・ブライニングがリハーサル前に皆を集めました。彼は私たちの緊張をほぐすかのような笑顔で話し始めました。「英国劇場協議会の要請を受け、今夜からの公演をすべて中止とします。」 とても優しい口調で、この衝撃的な決定を私たちへの思いやりと尊敬の念を込めて伝えてくれました。しかし、プレスナイトという最も大切な公演を目前に告げられた突然の中止。ショックで落胆しメンバーの目には涙があふれます。そのような中でも、これまでの功績を仲間同士が讃え合う姿はとても美しい光景でした。ジェイムスがお膳立てしてくれた最後の交流会は、緊張感から解放され、長い間苦楽を共にしてきたからこそ分かち合える心が和む時間となりました。最後まで公演が出来なかった悔しさはもちろんありますが、それに勝って仲間とここまでやってきた自信や達成感が私たちの心を清々しいものにしてくれていました。

それから数日後には、以前の賑わいは嘘のように消え去り全てが眠ったようなリーズの街に変貌していました。ロックダウン直前の3月21日、日の光を浴びてまぶしく輝くリーズを眼下に帰国の途に就きました。今回の日英共同制作は、私たちにとって 《未知なる挑戦》 でありました。そして今、一変したこの世の中においても 「人々が繋がり支え合う場をどのように作っていくか」 私たちの次なる挑戦はもうすでに始まっています。