第41回 再来年の消費税率10%は劇場音楽堂等には「脅威」になる。

2013年12月12日

可児市文化創造センターala館長兼劇場総監督  衛 紀生

1週間ほどかけた、来年度予算の館長査定が終わった。職員が積み上げた事業毎の予算を3000万円ほど削減しなければならないのは、いささか苦痛であった。まずは「現場感覚」で削減できると考える額をエクセルシートに赤で記入修正して、次いで個々の職員からのヒヤリングで適正な金額にするのだが、これは身を削るほどの大変に辛い作業である。むろん削るだけではなく、復活や増額もあるのだが、それはほんの一部で、ほとんどが職員の積み上げに異議申し立てをしなければならない。毎年のことではあるが、なまじ現場の相場観や苦労を知っているだけに、冷血漢になって事務的にバッサバッサとは行かないのである。専門家に依頼している音楽評や演劇評の数万円を惜しまなくてはいけない。3000万円の削減と言っても、1万円、2万円と数万円単位で削る気の遠くなるような作業になる。本当にこの時期は身を削る思いをさせられる。事業数に対して職員の数がミスマッチになっていて、職員の負担を軽減するために増員したいと考えていたが、到底叶わぬことだと査定をしながら感じていた。

査定をしていて、ふと思った。来年度予算であるから、当然消費税は8%で予算化しているのだが、それが全体としてはボディブローのように効いている。昨年が2000万円ほどの削減を目指す館長査定だったのが、今年は3000万円に膨らんでいる。事業が多少膨らんでいることもあるし、「まち元気プロジェクト」のアウトリーチやワークショップの講師への謝金を少しでも上積みしたいという基本的な考えもあるが、5%から8%への、その3%の消費税の上げがじんわりと予算全体を圧迫している。査定を進めながら、これが10%の消費税になったらかなり心理的にも重荷になるな、と感じていた。

150万円の演出料が165万円になる。700万円のポップスの買い取り価格が770万円になる。1500万円の大型市民参加型事業が1650万円になる。4000万円の演劇創造事業の予算が、単純化すれば4400万円になる。1億3000万円の事業予算でやっていたものが、1億4300万円になる。大きな事業を二つ程度はスクラップしなければならなくなる。

演劇の4事業、クラシックの4事業、寄席の2事業はパッケージチケット化しているし、アーラの事業の柱だから削るわけにはいかない。それ以外の大きな事業を二つ終止させるか、収入がなく支出一方で4000万円超の予算の「まち元気プロジェクト」を細かく削減するかの選択が迫られるだろう、と思いながら館長査定をしていた。5億円以上の事業予算を持ってプログラミングしている大型館は、消費税だけで5000万円にも上ることになる。また、年間300万円の事業費で年に一本だけ事業をしている中小館は、他に削る事業がないのだから、それはそれで厳しい環境に追い込まれ、重大な経営判断に迫られることになる。むろん、建物の維持管理費にも10%の消費税がかかってくる。これは大きな規模の大型館であればある程かなりのダメージになる。

しかし、いずれにしても、事業数を前年度並みにキープして、維持管理費も前年並みの水準にして、その皺寄せを人件費の削減に向けることは断じてやってはならない。非正規雇用の職員を解雇するとか、研修のための出張費を削減しては、自分で自分の首を絞めることになる。また、少ない事業をようやくやっている中小館が、いまでもそうなのだが、実際に「観て、聴いて、確かめて」買い取るための出張費を削ってしまっては、住民に対して責任のある事業選択が出来なくなってしまう。華美なパンフレットや営業トークでしか価値判断ができなくなってしまう。劇場音楽堂等は人に係わる投資が非常に大切なのである。したがって、残される道は、従来からの事業のスクラップ・アンド・ビルドをする心構えでなければならない。

また、担当職員や管理職員の「交渉力」が強く求められてくることになる。従来からの業界の常識では「公立施設は言い値で買う」とされていた。しかし、「言い値」には10%~15%程度の「下駄」が履かされている。それを脱がされてもまだ30%~40%の純利益が出るようになっているのだ。したがって、「下駄を脱がす」ための駆け引きと粘り強い交渉力が求められるのだ。これは「現場力」の一つである。派遣された公務員や直営館の職員にははなはだ難しい能力が求められることになるが、今後はこれが必須になる。大型館で創造事業をしているところではとこんなこともある。出演料を180万円と提示すると、事務所側は絶対に「切りの良い数字で」と200万円を要求する。これを断る交渉能力も必要となる。断りながら、共に良好な心理状態での創造環境に持っていくのはなかなか難しいことである。

いずれにしても、絶対に人に係わる投資的費用を削減してはならない。劇場音楽堂等にとって職員は資産である。ここを削ると、すぐにではないが、やがて大きなツケを払わなければならなくなる。消費税率の10%は再来年である。館長をはじめとする管理職員の、それに向けての舵取りが試される分水嶺が、来年度に迫っていると言えよう。館長査定を進めながら私は重い気分になっていた。重い気分になったのは、目の前の積み上げ予算を削減しなければならないからだけではない。再来年度の予算査定をするときに立ちはだかる10%の消費税が劇場音楽堂等にどのような深刻な影響を与えるかを考えていたからだ。大型館は大型館ならではの苦悩があるだろう。中小館や直営館には、館の存亡にかかわる経営判断になるだろう。どちらにしても、劇場音楽堂等にとって消費税率10%はボディブローのようにジワリと次第に効いてくるパンチであり、心理的にもかなりのダメージを食らうのではないか。