第66回 私たちはお客さまに育てられている、という実感。

2009年11月29日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

館長である私には、三種類の「お客さま」が居ます。「お客さま」の第一はアーラに来られる「市民の皆さん」、第二には可児を訪れてくれる「アーチスト」、そして第三の顧客はお客さまを接遇するコンタクト・ポイント(CP)を持っている「職員」と考えています。

これは劇場経営を大学と大学院で教えていた頃からの信条です。劇場はサービス産業に分類されますから、お客さまと人間的な関わりをもつ職員もまた、管理職にとっては「お客さま」なのです。顧客とのコンタクト・ポイントの品質を向上させるためには、職員の伸びやかな個性と柔軟な考え方と人間的な豊かさが必須です。それを実現する環境を整えてサポートするのが、管理職の役割と思っています。アメリカン・フットボールで言えば、職員はボールを持って走るランニング・バックです。私たち管理職は、相手のディフェンシブ・ラインをタックルして「彼」が走るコースをつくるオフェンシブ・ラインと言えます。これはサービス業の鉄則だと思っています。そして、私たちは、この第一の「お客さま」と第二の「お客さま」に日々育てられているのです。意を尽くして、心を尽くせば、「お客さま」が私たちを育ててくださることが、最近いくつかの場面ではっきり現われてきました。

私たちはワークショップの参加者から「元気」をもらいます。アウトリーチ先の方々から「やりがい」をいただきます。バ―スディ・サプライズの皆さんから「アーラの進んでいる方向は間違っていないとの確信」をいただきます。アーラ・イルミネーションの点灯式での子どもたちの笑顔から「未来に立ち向かう勇気」をもらいます。

そして、つい最近も、顔をクシャクシャにして、涙目の職員が外出先から帰ってきました。「とても感動した」ということでした。アーラは今年から「家(ウチ)においでよ」というプログラムを可児市内で展開しています。昨年の計画段階では「ホーム・カミング」と呼んでいたこのプログラムは、地域拠点契約をしている劇団文学座の劇団員と新日本フィルハーモニーの楽団員が、「何々がしたい」という市民のクエストに応じてお宅を訪問する、「アーラまち元気プロジェクト」のなかの一事業です。くだんの彼らは、可児市星見台の池山さんのお宅に伺って心がふるえるほどの感動を味わってきたのでした。「還暦と喫茶店の開店十周年を父の好きなクラシックで祝ってあげたい」という娘さんたちの要望で、ご両親を可児のお宅に招いて、団欒中のご家族をまさにサプライズで新日本フィルのバイオリン奏者が訪れたのです。「十年間つらいことも多かった」とお母様は、娘たちの「たくらみ」に泣けて、泣けて仕方がなかったそうです。演奏に耳を澄ましていたお父様は、こらえていたものが演奏を終わると溢れて、目を潤ませながら「生涯忘れない」とご家族の気持ちに感謝をしていたそうです。家族の絆が深まった瞬間でした。付き添った職員も、ご夫婦の決して平坦ではなかったこれまでの道を想い、さらにはそのご苦労を温かな心で包もうとするご家族の思いやりに「もらい泣き」をしたのでした。彼らは、この「家(ウチ)においでよ」のプログラムが本当に市民の気持ちに寄り添うものであり、アーラが市民にとって大切な施設になってきているのを実感したのでしよう。彼らは、池山さんのご家族と新日本フィルの出会いをコーディネイトしたことで、自分の職場と、自分の仕事が誇れるものであるとの実感を「報酬」としていただいたのでした。

「家(ウチ)においでよ」は、文学座の俳優沢田冬樹さんがフットサルをしにオリベフットサルパーク可児に、可児市のフットサルチームを訪れたのを皮切りに、第二弾は文学座の西岡野人さんと金沢映子さんのお二人が、今渡北小学校・家庭教育学級のお母様方や子供達と一緒に久々利にある「日面窯(ひおもがま)」を訪れて陶芸を一緒に楽しみ、第三弾は、文学座の頼経明子さんが、ala CollectionシリーズVol.1 「向日葵の柩」の市民サポーターを通じて知り合った、もともと演劇好きの方や演劇を好きになった方々11名の仲良しグループの、そのうちのお一人のご自宅にてホーム・パーティーを開催しました。アーラのウェブサイトの「トピックス」や「ala Times」にその詳細な報告が掲載されています。ご覧ください。

また、以前にこの欄で、「多文化共生プロジェクト」を視察するためにヨーロッパから欧州評議会の市長や専門官がアーラを訪れることをお伝えしました。報告が少し遅くなりましたが、一行は11月2日に可児市に見えました。アーラの劇場施設を視察した後、アーラ祭で上演された『危機一髪』の舞台DVDをご覧いただいて、そのあとに参加者たちとの意見交流が活発に行われました。欧州評議会の面々は、ご自分たちも移民問題に頭を悩ましているところでもあり、構成・演出の田室寿見子さんと多国籍の参加者たちの話に傾注して、予定時間をオーバーするほどでした。そのあとに催されたシティホテル美濃加茂での交流パーティにも『危機一髪』の出演者たちは招かれて、欧州評議会や彼らを日本に招聘した国際交流基金の人たちと大いに意見交換をしているようでした。一行は、そのあとに神戸に向かい、東京で総括のためのシンポジウムを行ったそうですが、そのシンポジウムでオランダのティルブルフ市副市長ホン・メヴィス氏が、「日本でもいろいろなよい取り組みが行われているのを見たが、可児市の劇場とアートプロジェクトは欧州に持ち帰りたいと思った」と語っていたことを人づてに聞きました。嬉しい言葉でした。アーラの向かっている方向は「間違っていない」と言われたのも同然で、本当に「勇気」をもらいました。また、構成・演出の田室寿見子さんが、アーラの多文化共生プロジェクトについて、メコンのアートフェスティバルで話してくれと頼まれ、一週間ほどカンボジアに招かれて行くことになったそうです。

私たちは、いろいろな人々から育てられているのを、いま実感しています。これからも、さまざまな出会いがあり、いろいろな場面に立ち会い、素晴らしい体験をさせていただくと思います。それらの体験によって、アーラの「こころ」は確実に育まれ、成長していくのだと、私は確信しています。そして、日々のアーラ・イルミネーションでも、それを実感しているところです。