第45回 何が原因なのか、ありがたいことですが。

2009年3月29日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

パッケージ・チケットは私がアーラに就任して始めたシステムですので、もう三年目になります。今年は3月28日が発売日でした。二晩泊まった数名の方々をはじめ、南入口には9時前には80人以上のお客さまが列をつくっていらっしゃいました。「ありがたいこと」と思いながら、皆さんにご挨拶してまわっていました。

ところが、9時に開館して、チケットの受付を始める頃には180人近くの列になっていました。最終的には270人ものお客さまがパッケージ・チケットをお求めにいらっしゃってくださいました。複数のパッケージをお求めになる方ばかりでした。中には10数万円分のチケットをカード決済でお求めになる方もいらっしゃいました。先行きに経済不安がある時代ですのに、本当に「ありがたいこと」です。しかし、お客さまの数、購入チケットの枚数、ともに私たちは予測を見誤っていました。コンピュータを、通常二台で処理するところを、四台にしたりしましたが、オーバー・フローになりました。座席をご自分で選択できるシステムであるので、どうしてもお一人当たりに費やされる時間が長くなります。拡声器を持ち出さなければならない事態となりました。長い列でお待ちいただいたお客さまから叱責をたびたび受けました。当然です。本当に申し訳ないと思っています。すべての責任は予測を見誤った私たちにあります。きちんとワークアウトをしていなかった私たちの責任です。

昨年は9時から2時間程度でお客さまが途絶えていました。全体で230セット程度しか出なかったのですが、最終的な集計はまだ出ていませんが、今年は28日一日で534セット、700万円近い売り上げにはなっているようです。(4月9日現在702セット 前年度比189%、前々年度比431% 購入者数338名 前年度比154% 前々年度比352%)むろん、私たちは興行師ではありませんから、数字は副次的なものと考えています。それよりも、何故、予測不可能なことが起こったのか、それによってお客さまを不快な気分にさせてしまったことに私たちは目を向けるべきと思います。

私たちと担当職員たちの、来年に向けての反省会議はまだですが、個人的に事後ワークアウトをしているところです。何が原因なのかを探っているところです。昨年よりは多少は大勢の方がお求めに見えるだろうとは予測した対応はしていたのですが、「多少」どころではなく、またお一人がお求めになるセット数も予想できないことでした。何故そういうことになったのか、当日のお客さまからの「声」からいくつかのことが推測できます。

ひとつは「もう名古屋に行かなくても、アーラで十分に満足できる」ということでした。アーラのサービスの品質が認められてきた、ということです。常勤の館長兼劇場総監督となってからの1年間のアーラの活動が認知を受けつつあると理解してよいのでしょうか。新日本フィルハーモニー交響楽団と劇団文学座との日本で初の地域拠点契約、アーラ・コレクション・シリーズ『向日葵の柩』で、8ステージ中7ステージでソウルドアウトをして観客数1600人を超えたこと、そのマーケティングがきわめて戦略どおりに進んだこと、そして市民参加ミュージカル『愛と地球と競売人』に200人からが関わって舞台も客席も感動で大いに揺さぶられたことなどが、市民の中でのアーラのブランディングが進んだ要因なのかもしれません。チケット売り場に立っていると、アーラの劇場がどのような座席の並びになっているのかをご存知なくて、担当者に劇場のパンフレットを請求している方が多くいました。『向日葵の柩』や『愛と地球と競売人』で初めてアーラに足を運んだ市民が多かったことではないかと推測しています。その方たちがパッケージ・チケットをお求め下さったのだと思っています。名古屋に向いている可児市民の目が、少しでもアーラに向けられたのなら本当にうれしいことです。

2年前に、まだ大学に籍があって非常勤で就任した直後に導入したパッケージ・チケットという仕組みが、市民の皆さんのあいだに浸透してきたことがあると思います。「どうせ観るのだから、一回の手間で買ってしまった方が良い」という声がありました。しかも、およそ25%OFFですから、「賢明な消費者」であることと「アーラのブランディング」との相乗効果もあったのではないかと思われます。

新聞折り込みにするパッケージ・チケットのチラシは、初年度から片面が「スーパーの大売り出し」的なデザインにしています。今年は紙質も、カラーもまったく見まがうほどのものにしました。多くの皆さんが、開館前にご挨拶に伺った折に、それをお示しになって「こんなチラシだと気軽になる」とか「間違って一度捨ててしまった」という声をかけられました。私は就任以来、芸術の障壁を私たちの側から下げることに腐心してきました。ふらっと立ち寄れる止まり木のような劇場、「芸術の殿堂」ではなく「人間の家」でありたいと思ってきました。「スーパーの大売り出し」と見まがうチラシにもその意図が込められています。皆さんがペラペラの紙のチラシをお持ちになっていることに、その効果の一端を垣間見る思いがしました。

カード決済の導入も多くの枚数をお買い求めいただいた要因の一つでしょう。現に、パッケージをお求めの方に限定した、他の公演チケットを20%OFFでお買いもとめできるアラカルト・チケットを171名のお客さまが574枚もお買い上げになっています。カード決済の導入効果だと思います。ただ、お一人当たりの枚数が多くなるということは、それだけ座席指定やチケットの確認に時間が費やされるということです。大金を持ち歩きたくはない、というお客さまの要望にお応えしたカード決済の導入でしたが、利便性を追求したかわりに、大量のチケットをお求めになることで待ち時間でご不便を強いることになったのです。致し方ないことではありますが、「こちら立てれば、あちらが立たず」の状態だったのだと思われます。

いずれにせよ、来年のパッケージ・チケットの販売システムづくりをすぐに始めなければなりません。また、可児市民の皆さんのご期待に応えられるようなプログラムと仕組みを積み上げる努力も、あわせてしなければなりません。重責ですが、いままでと同様に走るしかないことは承知しています。皆さんのご期待に応えられるように、私には寸暇を惜しんで走り続けるしかないと思っています。パッケージ・チケット発売の前日に米国のビジネス誌『Forbes』の日本版の編集部からインタビュー取材の依頼がありました。「新時代のフロントランナー」というカラー5ページのインタビュー・コーナーです。間違ったことはやっていない、という自負はありましたが、「あぁ、こんな風に見られているんだ」と驚きました。パッケージ・チケットの行列といい、『Forbes』からの可児取材の依頼といい、私たちは自分たちの位置を外からの刺激で推し測るしかないのです。海図はあるのに羅針盤のない航海をしているようです。