第37回 もっと先へ、さらに前へ。

2008年12月21日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生


『向日葵の柩』の東京・新国立劇場公演が無事に終わりました。6ステージ中、3ステージでソウルドアウト(完売)しました。残念なのは、楽前の夜の公演の折にキャンセル待ちのお客さまが20名近くいらっしゃったのですが、すべてお帰してしまったことです。「見切り」と言って舞台の一部が見えなくなる席まで開放してもなお、一枚もキャンセルが出ませんでした。「成功」とマスコミでは評価されましたが、ご覧になりたいと30分以上お待たせしたお客さまに観ていただけなかったのが本当に残念です。アーラでの可児公演も8ステージ中、7ステージでソウルドアウトとなり、ala Collectionシリーズの第一弾は一応の成功と評価してよさそうです。

次回作は2010年1月15日にアーラの初日で20日までが可児公演、そのあとが新国立劇場での東京公演となります。作品は岸田国士の短編戯曲『葉桜』、『留守』、『紙風船』を、坂口良子さん、麻丘めぐみさんその他の出演で上演します。演出は、日本でいま演出依頼の多い演出家の一人である文学座の西川信廣さんです。

いまは三年先と四年先のala Collectionシリーズのキャスティングに入っています。『向日葵の柩』は来年9月に全国公演になりますが、三年先にソウル国際演劇祭に行く話が持ち上がっています。来年5月には英国に休暇旅行に行くついでに、ロンドンでロンドン五輪の芸術監督のジュード・ケリーに会って、『向日葵の柩』を売り込んでこようと思っています。ジュードとは一昨年、国際交流基金からの要請で会って「何か良い舞台があったら紹介してほしい」との依頼を受けています。手術の5日後に病院から抜け出してのジュードとの再会でした。彼女が英国北部のリーズ市にあるウエストヨークシャー・プレイハウスの芸術監督をしていた頃からの付き合いです。

「夢」は大きく膨らみます。「夢」を見るには体力が要ります。その「夢」を実現できる体力が私に残っているかはいささか疑問符のつくところですが、「もっと遠くまで行きたい」という気持ちだけは、自分で持て余すほどあります。ここまで来たら走るしかありません。覚悟は決めています。

まだまだ「やりたいこと」、というより「やらなければいけないこと」は沢山あります。可児の子どもたちにいろいろな彩りの喜びや楽しみをプレゼントしたい。高齢の方々へのアーツ・ケアにはすぐにでも手を着けなければならないと思っています。アーラにいらっしゃるための交通手段がない方たちには、タクシー会社と連携して、北海道伊達市でやっているような「愛のりタクシー」を実現したいと考えています。障害のある方たちの美術展(エイブル・アート)をNPO法人エイブル・アート・ジャパンとトヨタ自動車と提携して実現したいと思っています。可児市民にエイブル・アートをぜひ見ていただきたい、と強く思います。私が彼らの作品から受けた衝撃を可児の方々と共有したいと考えています。長期入院を余儀なくされている方や子どもたちのために病院へのアウトリーチ(出前アート)に着手しなければと昨年から思い続けています。「やらなければならないこと」ばかりです。

「もっと先へ、もっと前へ」と気持ちばかりがはやります。可児市に「芸術の殿堂」は必要ではありません。さまざまな人々の思い出が詰まっている「人間の家」を創りたいのです。私はあと何年生きられるか分かりません。時間との追いかけっこです。まさしく神のみぞ知るですが、何とか一年でも、一日でも長くアーラで仕事をして、アーラを、日本を代表する地域劇場にしたいと思い続けています。ならば煙草もお酒もやめれば良いのに、と思うのですが、ほかに趣味らしい趣味もないので、美味しいつまみとお酒と一服の煙草くらいは神様も許してくれるだろうと勝手に決め込んでいます。

一服しようとアーラのウッドデッキに出ました。見上げると、雲の合間から「天使のはしご」が沢山地上に向かって降り注いでいます。行く筋もの光の筋が地上にから天井に架けられていました。「これは、祝福かな?」とちょっとだけ思いました。アーラの向かっている先を、とりあえず不健康な私の生活に目を瞑って、神様は祝福してくれているのでは、と勝手に思い込むことにしました。