第173回 誰も置き去りにしない「人間の家」を  劇場音楽堂等にもっとも遠いところにいる人間に何を届けるかが問われている。

2015年6月29日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

私たちの住む社会は、生産条件が良くなり生産性が高まれば、それにつれて生活条件も良くなり、人々は生きる意欲を持ってより生産性の高い、豊かな世界を実現しようとするモチベーションが働いて「明日は今日よりも明るくなる」と、誰もがそう信じていた時代がありました。戦後すぐ生まれの私が生きた少年期は、少なくともそのような社会的循環と螺旋状に社会が進化すると信じられていた時代でした。資本主義経済の発展は当初は社会の不平等を広げるものの、その格差はやがて経済の発展とともに自然に縮小され不平等が是正されるとする経済学者サイモン・クズネッツが提唱したクズネッツ・カーブが無邪気に信じられ、人々は猛烈に働き、GDPの数値が大きくなれば皆が豊かになると信じ、結果として奇跡のような復興を果たしたのが日本の戦後だったのではないでしょうか。

ところが、決して日本のみに特徴的なことではないのですが、生産条件が良くなればなるほど、生産性を高めようとすればするほど、人間の生活条件が劣化していき、「1%の富裕層」のみが経済成長の恩恵にあずかるという不正義な社会構造になってしまっています。クズネッツが提起した仮説は、もはや「クズネッツの神話」でしかなくなっていると言えます。近年では、ノーベル経済学賞のジョセフ・スティグリッツが『世界に、分断と対立を撒き散らす経済の罠』を著して、「アメリカを最悪の不平等国」にした「一部のための正義」である新自由主義経済思想が市場を歪め、格差と経済危機を生み出していると現代への警鐘を鳴らしています。クリントン政権の労働長官をつとめ、オバマ大統領のアドバイザーでもあるロバート・ライシュは『格差と民主主義』のなかで、「いまや私たちは、本来万人にとってうまく機能するはずだった経済活動や民主主義というものを失いつつあり、経済や政府がほんのひと握りの権力ある富裕層のために存在するという危機的な事態に直面しているのである」と、共和党保守派による新自由主義的政治経済思想を批判しています。

国内にあっても、昨年亡くなったノーベル賞に一番近い日本の経済学者と言われた宇沢弘文先生の『社会的共通資本』、『経済学は人びとを幸福にできるか』、90年前後を境として「近代化論」から「人間中心主義」へと変化することになった開発経済学の西川潤先生の『人間のための経済学―開発と貧困を考える』、財政学の神野直彦先生の『人間回復の経済学』等々、GDP主義の経済成長一辺倒の社会への警鐘と、犯罪にならなければ何をしても「金儲け」を優先すべきという倫理観を失った資本主義政治経済思想懐疑を投げかける労作が次々に出版されています。トマ・ピケティの『21世紀の資本』が世界的なベストセラーになったのも、先進国の多くの国民が現代社会に漠とした不条理を感じているからなのではないでしょうか。

ピーター・ドラッカーは、93年に発表したその予言的な著作『ポスト資本主義社会』において、資本主義社会は60年代半ばから70年代に工業社会を背景とした経済社会から知識社会へと転換する時期を経過して、それは2020年まで続くだろうと記しています。私たちは長い転換期を生きているということになります。また、その2年後に発表された『ソーシャル・マーケティング―行動変革のための戦略』の日本語版序文でフィリップ・コトラーは「マーケティングは、長いあいだ、人々の物質的福祉の向上をそのねらいとしてきました。しかし、今日では、人々の社会的・文化的福祉の改善という責任も果たさなければならないのです。大変皮肉なことに、物質的進歩の増大がかえって、様々な社会問題を生み出し、かつ悪化させてきたようです」と書いています。この「二人の巨人」に共通する現状認識は、経済成長が人間の生存条件を疎外するというパラドックスを生きなければならない現代人への連帯へのまなざしと、その生存の危機を乗り切るための「処方箋」の提示です。

私は94年から「テアトロ」誌上に連載していた『50―50(フィフティ・フィフティ)』の一部を収録した97年に上梓した『芸術文化行政と地域社会―レジデントシアターへのデザイン』で、「福祉、教育、保健、保育、環境」などの機関と連携した「演劇を核に据えたre-community運動=レジデントシアター構想」を提案して、劇場は、混迷する社会と、それに翻弄される人びとにとってそれは「最後の拠り所(Last Resort)」になると書いています。それは阪神淡路大震災で極限的な状況で孤立する仮設住宅の悲惨な孤独死に触れて、人間に最後に必要となるのは「生きようとする意欲」であり、それを支えてくれる「コミュニティ=仲間」という存在だと思ったからです。その「レジデントシアターの提案」は、私が提案して98年までの4年間、被災した子どもたちの急性ストレス障害を癒し、仮設住宅の中高年のコミュニティ形成をミッションとした神戸シアターワークスでの活動が原点となっています。

また、やりきれない記事が掲載されました。公営住宅からの強制退去の当日に13歳になる娘を、4日前の運動会で彼女が締めていた鉢巻きで絞殺した母親の裁判員裁判の記事です。強制執行で係の者が部屋に踏み込んだとき、母親は4日前の運動会で元気に走る娘のビデオを見ながら冷たくなった娘の髪を撫でていたといいます。給食施設で働いていた彼女の給料は時給850円で月4万から8万円、事件のあった9月は夏休みのために無給の期間でした。非正規雇用だったのです。それでも働いているので市役所から生活保護は断られていたといいます。私はこの事件に現代社会の歪んだ姿を見ます。様々な救済制度がありながら、その制度からは人間の体温が感じられないのです。困窮している人間を救済するのが目的でありながら、制度の公平性を順守することを目的化して汲々としている、時代の価値観の激変を感じるのです。しかも、「人間の幸い」のための制度であり、健全な地域社会の構築のために設けられている制度であるはずが、温もりを喪失して、どんどん非人間的な制度運用になっているのです。

可児市も社会全体の激変の中で、私がアーラに来た時に調べた生活保護世帯数が二51世帯から186世帯(2014年度)になっています。それでも人口1000人に対する被保護人数は2.46%で、全国平均の16.2%と比較して低くはありますが、就学援助を受けている子供の数も、一桁だったのが400人を超えました。この国の6人に1人の子どもが、平均所得の半分以下の貧困線以下の世帯で生活をしています。可児の子どもたちの実態は、県立東濃高校で毎年行っているワークショップの折に先生から漏れた言葉で実感し、危機感を持ちました。社会的孤立に瀕している世帯と、そこで育っている子どもたちの現状に、私たちに「最後の拠り所」として何ができるのかを考えました。ひとり親家庭のワークショップをして、親子が自己肯定感の持てる支えあう関係づくりをする必要があると考えましたが、すぐに着手するには準備期間がありません。そこで、就任当初からやっていた、地元企業、団体、個人から寄付を募って希望する子どもたちにチケットをプレゼントして、鑑賞後にサンキューレターを企業の担当者や団体の責任者に送る「私のあしながおじさんプロジェクト」の家族バージョンを今年からまず始めました。日頃忙しくてあまり会話を交わす機会のない親子が、水準の高い音楽や演劇の舞台に接して同じ体験をすることでコミュニケーションの一助になればとの思いを込めたプロジェクトです。

個人情報に類することなので、市教育委員会の学校教育課と連携して、就学援助の通知をするなかに「私のあしながおじさんプロジェクトfor Family」のチラシを同封してもらう方法を採りました。年間の事業の8本、クラシックコンサートと演劇公演の中から希望公演を選択して申し込むシステムですが、子どもからだけではなく保護者からの申し込みもあります。いかに体験を共有する機会を求めていたか、私たちは申し込みを受けるたびにその飢餓感を実感しています。「必要としていたのだ」という喜びを感じます。

全国で招かれて講演をすると、各館の若手中堅の職員からは「文化芸術の社会包摂機能」の解説と劇場ホールとコミュニティの関係を問われます。是非とも包摂的なコミュニティ・プログラムをやりたいのだが、収入のない事業だけに収支をとらなければならない上司からはストップがかかるという状況にあるようです。そのようなとき私は、「私のあしながおじさんプロジェクトfor Family」の実施を勧めます。「どうせソールドアウトにならないのなら、その空席を子どもや家族のために使ったらどうですか」と勧めます。しかも、地元企業・団体・個人に働きかけてプロジェクトに共感してもらえれば資金調達もできるのだし、そうすれば空席から少しでも売り上げを出すことができるのです。更に、無用なハコモノと感じていた施設が、地域社会に貢献する社会機関として認知される機会もつくれるのです。これも包摂的な劇場プログラムとして充分に機能するものだと思います。

私たち劇場人は、混迷する社会にあって翻弄される人々を文化芸術で勇気づける使命を持って仕事をする存在でなければなりません。そして、劇場音楽堂等からもっとも遠くにいる人たちにその果実を届ける使命を果たさなければならない、と私は考えています。そして、誰一人置き去りにしない、孤立させない「人間の家」こそ、地域の劇場やホールのあるべき姿ではないかと思うのです。そして、その先に、税金を投入しても維持すべきという社会的なコンセンサス形成があると、私は確信しています。