第98回 まだ、眠るわけにはいかない。

2010年12月17日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

森は美しく、暗くて深い。

だが私には約束の仕事がある。

眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ。

眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ。

      「Stopping by Woods on a Snowy Evening」

アメリカの国民的詩人である、私の好きなロバート・フロストの『雪の宵、森にたたずんで』という題名の詩です。地域創造大賞(総務大臣賞)受賞の内示があったときに、最初に脳裡に浮かんでのが、やっとスタート・ラインにたてたなというホッとした気分と、この「眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ」というフロストの詩の一節でした。

90年代に入ってから雑誌『テアトロ』に連載していた「50-50(フィフティ・フィフティ)」の一部をまとめた『芸術文化行政と地域社会』のなかで発表した「レジデントシアター」構想で、日本の仕組みにマッチした理想的な地域劇場をデザインしていた頃から、およそ20余年、可児市文化創造センターalaは、社会福祉的な機関として、当時の構想に近い劇場の、社会でのあり方に近付いていると言えます。「レジデントシアター」は、アーチストとスタッフが地域に滞在して芸術的な成果を生むと同時に、教育、福祉、医療、その他の地域社会の課題解決のために文化芸術の社会的機能を外部化していく、という構想でした。それに加えて、県立宮城大学・大学院で教員をしていた6年間で研究した「関係づくりのマーケティング」の手法を劇場経営のマネジメント・ポリシーにしたのが、現時点でのアーラの全体像なのです。

日本の芸術の世界では、文化芸術の社会的機能を「道具主義」と言って嫌うところがあります。芸術を社会的課題のために手段として使うことへの忌避感です。芸術はもっと崇高なもの、という考えがあります。あわせて、「マーケティング」という言葉にも嫌悪感を持つアーチストが多くいます。芸術的使命を具現化するのが自分たちの唯一の仕事と思っている日本のアーチストにとっては、市場の要請に従って(=マーケティング)作品を創ることなど敗北である、というくらいの意味なのでしょう。

私は、文化芸術を「崇高なもの」、「神聖なもの」とは思っていません。お百姓さんが数ヶ月を費やして米を作るのと等価であると思っています。文化芸術は、創造する側と鑑賞する側のコミュニケーションによってはじめて作品として社会化します。その相互の、想像力と創造力による交流が、「作品」を生むのです。「作品」とは、創造者と鑑賞者の、鑑賞過程と結果の等価性によってもたらされる成果なのです。「半分は舞台が創り、半分は観客が創る」(寺山修司)のです。この相互性は、私たちの日常生活でも、他者とコミュニケーションを行うときに不断に行われているものなのです。相手が何を思っているのかという「想像力」と、ならばどういう行動をとるべきか、あるいは選択すべきかと判断する「創造力」によって、私たちの日常のコミュニケーションは成り立っています。それによって、私たちは前頭連合野である「社会脳」を発達・進化させて人間として社会化していくのです。したがって、文化芸術が、人と人を結びつけ、社会的適正能力を身につけさせ、教育・福祉・医療などの社会課題に果たす役割は小さくないのです。これが、アーラの経営のひとつの大きな柱となっている「アーラまち元気プロジェクト」なのです。文化芸術の社会的効用を全面的に地域に展開する事業なのです。アーチストの芸術的野心の実現は、文化芸術の一部分でしかありません。文化芸術はアーチストの独占物ではないのです。社会と共有してこそ、文化芸術の社会化が実現できるのです。

「マーケティング」という言葉への嫌悪感もまた、同じことが言えます。「半分は観客が創る」というアートの持っている共感性と共創性は、すでにその構造自体が、「マーケティング」なのですが、「マーケティング」と聞くと「マーケティング・リサーチ」という言葉から類推して「大衆迎合」という風にアーチストは受け取ってしまうのでしょう。「マーケティング・リサーチ」は、20世紀も半ばとなってから製造業を中心に一般的になった「欲望の解読」(ガルブレイス)の手法であって、「市場を創る」という意味の動名詞としては、大衆迎合的であり、「個性の特化」という点で文化芸術とは相容れないものとは理解できます。ただ、それは「マーケティング」という語彙の誤解なのです。思い込まされているのです。「マーケティング」が動名詞として使われるようになったのは、産業革命後な動力を得て「大量生産・大量消費」時代になってからのことであり、本来の「マーケティング」とは双方向性のあるコミュニケーションを意味して、一方向的な宣伝・広報とは一線を画すものなのです。マーケティング・リサーチなどという語彙は、誰もが同じ製品を欲しがる時代の造語です。

「マーケティング」とは双方向の関係づくりのことであり、「売る」(Push Selling=押し売り)ことではなく「売れる環境づくり」(Pull Selling)のための作法です。セリングとマーケティングは、まったく違う概念であるばかりか、マーケティングはセリングを不要にする経営手法(ドラッカー)と言えます。

上記の二つの語彙が、日本の文化芸術界で忌避され、創造的な営為と真反対に位置し、対立する概念とみなされていたのには、日本の文化芸術が、芸術団体によって進化し、発展していたことと無縁ではありません。そもそも、劇団やオーケストラなどの芸術団体は、芸術的使命や芸術的野心を実現するために結成された組織であり、優れた舞台成果を究極の目的としているのであり、それが唯一の組織使命であると言ってもよいでしょう。そういう性質を持っている組織に、文化芸術の社会的効用とか、社会的課題への解決手段としての文化芸術を説いても、到底説得力は持ち得ないでしょう。「マーケティング」に対しても、先の理解から言えば、忌避するのは当然でしょう。しかし、「マーケティング」は今後日本における文化芸術の社会化のためには重要な考え方になります。この二つの語彙は、ともに、文化芸術の社会的地位を高めるためのブランディングや、人々のライフステージを変革するソーシャル・マーケティングに関連しています。「芸術音楽をマーケティングする際に我々は、聴衆を消費者と取り違えてはならない。彼らは我々の製品の共同製作者なのだ!すばらしい観客がいなかったら、我々の製品は粗末なものになってしまうだろう」というジョン・スタインメッツの言葉を、私たちはもう一度噛みしめ、味わい、吟味しなければならないのではないでしょうか。

芸術団体中心の時代から、公共劇場の社会的役割がクローズ・アップされる時代になって、はじめて、文化芸術の社会的効用とか、「マーケティング」による劇場・ホールのブランディングが、日本の文化芸術のさらなる進捗のためのプログラムに上がってきたのだと言えます。アーラは、その最先端を走っていると自負しています。民間も含めて、アーラで採用しているマネジメントやマーケティングは、日本中で何処もやっていないことばかりです。その成果が、市民3.14人に1人がアーラで芸術鑑賞をして、年間31万人が来館しているという数値となっているのです。

鳥取大学教授で、文化経済学会<日本>での朋輩でもある野田邦弘氏から「alaは公共文化施設の新しいモデルをわが国で提示したと思います」というお褒めの言葉を頂きました。確かに私には新しいモデルを提起している、という自負はあります。ただ、冒頭に引用したロバート・フロストの詩にあるように、「私には約束の仕事がある。眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ」というのが、現在の偽らざる心境です。アーラでの仕事は、まだ道半ばなのです。本当に新しい、そして市民・国民に親しまれ、必要とされる劇場モデルを完成させ、なおかつ何処の劇場・ホールでも導入できる一般化されたシステムをつくりたい。特殊な事例にはなりたくないのです。そこに辿りつくまでは「まだ、眠るわけにはいかない」のです。『芸術文化行政と地域社会』で提示したレジデントシアターから20余年、劇場・ホールの日本の社会でのあり方に「変化」をもたらせる出発点にようやく立てたという感慨はあります。受賞した喜びとともに、身の引き締まる今回の地域創造大賞(総務大臣賞)でした。