第84回 ふたたび「次の一手」を考える  昨年度統計から。

2010年4月24日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

劇場経営は「数字」がすべてではありません。「創客」は進んでいるのか、お客さまに提供できた「経験価値」は適切に高度化されていたのか、その結果としてお客さまの記憶に強く残って劇場はライフスタイルに少しでも影響を与えられたのか、それらのように定数化できないことがとても重要であるのは当然のことです。私の劇場経営に対する考え方は、それらのベースとなる「経験価値経営(創客経営)」であり、そこを変えるつもりは毛頭ありません。ただ、「数字」もまったく無視することはできません。私の職名である「館長兼劇場総監督」は、芸術面はむろんのこと、経営面の全責任を負っているのですから。

昨年度の統計の速報値が出ました。客席稼働率は前年比で125%の伸びでした。非常勤であった初年度が66.7%、常勤になった二年目が67.7%、三年目の昨年度が84.8%と、前年比17.1%の伸びでした。人数としては08年度の8090人から09年度11,177人になりました。鑑賞事業で一万人を超えることができました。3087人の大幅の伸びです。138%の伸びでした。アーラ・コレクションシリーズの『岸田國士小品選』と『オーケストラで踊ろう!』の二つの創造事業はカウントされていないので、これらを含めると、およそ13,800人になります。

09年度のパッケージチケットが、08年度比214%と前年度から倍々ゲームで伸びたのと、完売した公演が文学座『定年ゴジラ』(2ステージ)をはじめ3公演、90%以上のチケット販売のできた公演が『森山威男JAZZ NIGHT2009』をはじめ5公演、80%台が新日本フィルサマーコンサート『ボレロ』をはじめとする4公演と、比較的好調に推移したのが原因でしょう。これには創造事業であるアーラ・コレクションシリーズの『岸田國士』の可児公演と東京公演はカウントされていませんから、これを入れればソウルドアウトや80%以上の客席稼働率の数字は上がります。

いずれにしても、今年度のパッケージチケットの購入者数が昨年度比213%となったのから推測して、パッケージでお買い求めになる習慣と劇場のある生活を楽しむ生き方が定着しつつあると判断しています。全人口比率で見ますと、135人に1人がパッケージチケットを1.86パッケージ購入していることになります。1パッケージあたりにすると72.8人に1人がパッケージチケットで舞台鑑賞をすることになります。また、昨年度統計によれば市民の9人に1人(創造事業を含めると7人に1人)が、アーラで何らかの舞台を鑑賞していることになります。さらに、昨年度のアーラへの来訪者数が、およそ274,000人でした。市民が年間2.7回アーラにいらしていることになります。これらの数字は、舞台鑑賞前後、アーラ館内で、さまざまな出会いとコミュニケーションが行われていることを物語っていると考えられます。まだまだ出発点に立っただけですが、「芸術の殿堂」より「人間の家」を目指すミッションに沿った方向に向かっていることは確かではないかと推察できます。

いまのところの推移をみていると、巷間言われている「引きこもり消費」はアーラでは感じられません。パッケージチケットの発売日におよそ1000万円を売り上げたことには、私も驚きました。しかし、数値の多寡よりも、アーラが「可児市民の交差点」のようになって市内で一番賑わいのある場所になっていることに、心から喜びを感じています。

課題はこれからです。「次の一手」は何なのかを探っています。「何をなすべきか」ではなく、「何をなすべきではない」とまず考えて、「次の一手」をフォーカスする作業に入っています。チケット制度の改善点は見えています。市内に出かける「アーラまち元気プロジェクト」は今年度実施回数を300回前後にします。孤立しがちな高齢者のお宅に電話予約されたチケットを職員がお届けしてコミュニケーションをしてくる「お元気ですかチケット」は4月から始めました。チケットのキャンセル制度も始めることができました。

最大の課題は、お客さまのアーラへの期待値をどれだけ高められるか、です。それと、市民相互のコミュニケーションの場をどれだけ設定できるか、ではないでしょうか。観客数よりもアーラ来訪者数を伸ばしたいと考えています。そのうえで、アーラで初めて舞台鑑賞をなさった市民の方々と私がランチをともにする「ファースト・ランチ」を来年度には事業化したいと思っています。今年度はすでに2事業が完売となっています。地域拠点契約を結んでいる文学座の『殿様と私』をはじめ3事業は完売が予想されます。年間客席稼働率の80%台は維持したいとは思いますが、しかし、今後はお客さま一人ひとりの「受取価値=意味的価値」を高度化する「演出」をほどこすことで「顧客維持」と「顧客進化」を進め、ロイヤルティの高いお客さまを一人ひとり丹念に生み出していくことではないかと思っています。「ファースト・ランチ」は、現在実施している「パースディ・サプライズ」と合わせて、アーラへのロイヤルティ醸成の仕組みのひとつです。

「何をなすべきか」ではなく、「何をなすべきではない」か、です。99回の成功も1回のエラーでブランド価値は失墜し、お客さまの信頼は失われます。劇場経営の難しいところです。「何をなすべきか」ではなく、「何をなすべきではない」かは、職員の育成を促進するインターナル・マーケティングでも同じことです。今秋に成立が予想される「劇場法」によって、劇場経営は一層の厳しさを増すと考えています。指定管理者制度の下では、補助金が増えることが必ずしも劇場経営を好転させるとは限りません。劇場の人材の意識と技術の高度化を一層進めないと、適切な費用対効果をアウトプットできないと思います。ここでも、数値も大切ですが、お客さまの「受取価値」を高度化するための人材の、外部環境の激変に対応できる人間的な成長と資質の充実が重要です。仮に補助金が増えたとしても、必要なのは「何をなすべきか」ではなく、「何をなすべきではない」か、なのではないでしょうか。