第75回 驚きをもって受け取られるアーラの劇場経営 /花盛りのアートマネジメント研修会は何をもたらしたか。

2010年2月28日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

2月に入ってから、毎週休みの日には何処かに出かけてアーラのことを喋る講演旅行をしています。東京の劇団、民間の芸術施設、県の文化振興財団、大学院主催の国際会議など、招聘していただく団体は様々ですが、依頼は一様に「可児市文化創造センターの経営についてお話ししていただきたい」というものです。今年は40ヶ所を超えました。アーラが日本の何処でも、いままで誰もやっていないことを推し進めていることが、ようやく全国に伝わり始めているようです。常勤になって2年目にしては、まあまあのスピードかなと感じています。

アーラについての話で、皆さんが驚く点はおよそ四点あります。第一点は、劇場経営におそらく世界で初めて導入した「経験価値経営=創客経営」という考え方、二点目は、その経験価値を高度化するための職員の「演出家」としての仕事のあらまし、三点目は、アーラの社会機関化へ向けての社会貢献型事業「アーラまち元気プロジェクト」と、その275プログラムという膨大な件数です。そして、四番目は、日本では民間でさえやっていないハーフプライス・チケットを含む多様なチケット・システムへの驚きです。

皆さん、とても驚きますが、可児のような小さな町でやっているのだから、ご自分たちのホールや劇団でもやろうと思えばできないことはないのでは、と思ってくださいます。「私たちにも出来る」と思ってくださるのでありがたいのです。とても可児の真似はできない、なるとアーラは一般化できない特殊な事例と祭り上げられてしまいます。そうなると困るのです。ちょっと手を伸ばせば届く距離を保つことが大切だと考えています。アーラの事例が、たとえ地域それぞれの独自性はあっても、全国の公共文化施設に拡がっていけばよいと思っているからです。

さて、劇場や芸術団体は、従来からはサービス業に分類されている業態です。確かにサービス業なのですが、その理解だけでは「サービスする側とサービスされる側」という人間の体温を感じない理解となってしまいます。サービスを英語で表記すると「to somebody」となって「誰々に何かをする」という無味乾燥な行為となってしまいます。私はそれを、徹底してお客さまの立場に立って考えるとどうなるのか、と組み立てなおすことにトライしてみました。まず、「価値の決定権」はお客さまの手にある、と考えました。いままでは、劇場や芸術団体に「価値の自己決定権」があるかのように考えられてきました。「こんなに良い舞台なのだから」、「この値打ちがわからない客がおかしい」等など、芸術の崇高さを客に押し付けるような考え方がまかり通っていました。それはおかしいのではないか、と私は考えました。「経験価値」はお客さまが感じるものであり、受けとるものであり、誰かに決めつけられて不承不承で受け入れるものでもなければ、他人から押し付けられるものではないはずです、宗教ではないのですから。と言っても何やら宗教めいて、どんな酷い質の舞台でも何でもありがたがってスタンディング・オペーションをして「ブラボー」を叫ぶ観客で一杯の芝居もあるのですが。閑話休題。

私は、お客さまが受けとった「経験価値」がすべてである、と思いました。自分が観客の立場である時のことを思い返せば容易に理解できる至極単純な「事実」です。世界的なマーケティングの研究家であるフィリップ・コトラーとジョアン・シェフ・バーンスタインも、「Standing Room Only」という本の中で、「優れたサービスとは何かを定義するのは顧客である。そして、彼らの定義に重点を置くのが、マネジメントの責務である」とまで言い切っています。劇場や舞台芸術はプラットホーム型のサービスです。個人個人の生活史によってかたちづくられた「プラットホーム」に、何を乗せて、何を感じるかは、お客さまの創作に委ねられているのではないでしょうか。私たちの仕事は、「お客さまに何を感じていただけるのか」がすべてで、その目的に向かってすべてを仕組んでいなければならないのです。「何を観ていただくか・何を聴いていただくか」ではなく「どう観ていただくか・どう聴いていただくか」、さらには「アーラでどう過ごしていただけるか」が私たちの関心の重大事なのです。

だとすると、「経験価値経営=創客経営」をする企業体での社員や職員の仕事はどのようなものになるのでしょうか。私は「演出家=staging」だと断言します。お客さまの「経験価値=受取価値」を最大化するために演出を施すのが、アーラの職員のミッション(仕事・使命)なのです。そのための環境を整えて、応援し、後押しするのが管理職の仕事だと考えています。

と、ここまで来ると、論点は第二点目に入っています。事例として、アーラで現在行っている職員の「演出家」の仕事(マネジメントとマーケティング)の実際を紹介します。アーラはインターネットによってチケットを予約でき、コンビニで決済・発券できる仕組みを導入しています。私が館長に就任してすぐに導入したシステムですが、これを活用するお客さまには会員登録をしていただきます。その折に、いろいろな質問に答えていただきますが、その一つに誕生日を記入する欄があります。したがって、今月の何々の公演のどの席に、今月誕生月の何という方が座っていらっしゃる、ということが事前に分かります。そこで、開場前にその席に、職員の手作りバースディカードと可児の花であるバラ一輪、場合によっては関連グッズを置いておき、お客さまがいらっしゃったときに私が「何々様でいらっしゃいますか、館長の衛でございます、お誕生月、おめでとうございます」とご挨拶に伺う、というのが「バースディ・サプライズ」のスキームです。事前にそのお客さまの鑑賞履歴が私に報告されますから、話題には事欠きません。お客さまの生の声をお聞きすることができます。多い時には15名を超えるお客さまが誕生月のことがあり、開場から開演までの30分間で回りきるのに私は汗まみれになることもしばしばです。感激して泣いてしまう方もいらっしゃるし、周囲の方が小さく拍手をして祝福したりすることもあります。後日、お礼のお手紙が届いたこともありました。

また、アーラでは11月20日前後の事業日から年明け1月20日前後の事業日までのおよそ2ヶ月間、水と緑の広場で「アーラ・イルミネーション」が行われます。このイルミネーションの点灯式は毎日行われ、市民が応募してくるかたちをとっていますが、50回程度の予約が1時間で一杯になります。「子どもの誕生日記念」、「おばあちゃまの全快のお祝い」、「仲間たちとの卒業記念」、「ブラジルに帰国するので記念に」とか、いろいろの理由で市民の皆さんは点灯式に応募してきます。その点灯式は期間中の毎日17時半過ぎに行われ、私たち管理職と私たちのパートナーであるNPO法人アーラ・クルーズのメンバーたちが参加して、誕生日記念なら「ハッピー・バースディ」を歌い、それ以外ならカウントダウンしてスウィッチが押されます。点灯した瞬間はなかなか楽しいサプライズとなります。そのイルミネーションを背景に担当職員が記念写真を撮って、すぐにカードにしてお客さまにプレゼントします。日によっては広場に面したウッドデッキで、スチールドラムの演奏やデュオや胡弓の演奏があります。いずれも、顧客の期待値を上回ることを企図して「驚き」を演出しているのです。この「驚き」が「顧客感動」や「顧客共感」を演出して、お客さまのうちに「新しい価値」を創りだすのです。これが「経験価値経営=創客経営」における職員の「演出家」としての仕事です。とても手間暇のかかる仕事です。地を這うような仕事です。しかし、それが「新しい価値」を紡ぎだす仕事なのです。それでいて劇場の帳簿の収入欄には記載されない、それこそ「一銭にもならない」大変な仕事です。しかし、「経験価値」とは、私たちが、「思い出づくり」の種をそっとお客さまの心に蒔いて、芽吹く達成感であり、劇場の仕事とはそういうものだと私は思うのです。ブランディング(社会的信頼感の形成)とは、その集積ではないでしょうか。

アーラの劇場経営の大きな柱のひとつに「社会機関としてのアーラ」を担保するコミュニティに対する事業があります。「届かないところに、こちらから」というコンセプトになっています。ワークショップ、アウトリーチ、ロビーコンサート、市民のお宅をアーチストが訪ねる「家(ウチ)においでよ」、国際交流基金が招聘した欧州評議会からの視察団がわざわざ可児にみえた「多文化共生プログラム」、アーラユースシアターの活動、200人程度の市民がおよそ半年間の稽古をして毎年度末に公演をする市民参加型事業などが包括された「アーラまち元気プロジェクト」です。今年度は180プログラム、来年度は275プログラムを計画しています。最近は多くの公共文化施設で同様の事業が行われるようになってきましたが、これほどの数と、それも教育機関に限定せず、障害者福祉施設、高齢者福祉施設、医療機関、多文化施設など、アウトリーチ先が多様なのもアーラのコミュニティ・プログラムの特徴です。「どうやればそんなに多く、いろいろな場所にサービス供給できるのか」という質問を受けます。この質問には、職員の努力の賜物と答えるしか言いようはありません。休館日を除けばほぼ毎日どこかで「アーラまち元気プロジェクト」が動いている計算になります。これは、まちが元気になるだけではありません。担当職員が元気をもらって帰ってきます。劇場の仕事の「やりがい」をいただけるインターナル・マーケティング(組織内マーケティング)でもあるのです。「鑑賞事業をひとつくらい止めても、アウトリーチを三つくらい増やしたほうが職員の成長を促します」と、私は受講する皆さんにアドバイスをします。

アーラでは、「すべての市民から強制的に徴収した税金で運営している以上、すべての市民を視野に入れて」が経営の根幹にありますから、チケット料金は、その地域でのおよその基準価格に準じた「慣習価格型」を採用しています。東京のほぼ半額程度です。したがって、満席になっても利益が上がらない収支構造になっています。しかしこれは「赤字」とか「負担」ではなく、健全な地域社会を形成するための「投資」と考えています。公共文化施設の存立の根幹であると考えています。むろん値上げを考えていますが、慎重に判断すべきだと考えています。この3年間一貫して観客数を増やしてきたことが、値上げをしてマイナスになれば、「すべての市民を視野に入れて」という存立根拠が揺らいでしまうからです。

「一物多価」の導入には、インターネット・チケッティングの時と同様に、職員の中にはいささかの慎重論がありました。しかし、この「一物多価」こそが、ロイヤルティの高い顧客を拡大再生産するサービス業経営システムの根幹を為すものなのです。地域拠点契約を結んでいる新日本フィルハーモニー交響楽団と劇団文学座のチケットをパッケージにした「ウエルカム・ホーム」、「演劇まるかじり」、「まるごとクリシック」など約20%OFFの「パッケージチケット」、公演2週間前から15%OFFになり、当日午前零時からネット上でハーフプライスとなる「DAN-DANチケット」、多くの人がグループで購入すると人数に従って10?30%OFFになる「ビックコミュニケーション・チケット」などを就任直後に設計・導入しました。パッケージチケットのチラシは、スーパーマーケットの大売り出しのチラシのようにして、市民の感じる「芸術への障壁」を低くすることを企図しました。パッケージ購入時に同伴者のチケットも20%OFFで買える「パートナーズ・チケット」、ライフスタイルに合わせた「ラブレターチケット」や「アニバーサリーチケット」も導入しました。また、この四月からは、75歳以上の高齢者の方々を対象とする「お元気ですかチケット」を発売します。対象年齢者にチケットを購入いただいた場合には、職員がお宅までお届けして「お変わりありませんか」とお声掛けする仕組みです。将来に必ず到来する「限界集落化」という事態への備えでもあります。

「ビックコミュニケーション・チケット」は、4人以上が10%OFF、6人以上になると20%OFF、8人以上は30%OFFになるチケットです。私どもが独自に調査した結果、60%強の観客が鑑賞の前か後に食事かお茶をしているということでした。したがって、このチケットシステムは、まさにビックコミュニケーションを起こして、アーラを起点としたお客さまの多様なコミュニティを創りだすことが目的です。また、そのコミュニティの中心人物に、結果としてアーラのチケット営業をしていただくことも目的の一つです。その根拠となるのは、フランスの文化コミュニケーション省がコメディ・フランセーズで行った調査結果で、「12%が1人の客で、2人は50%、3、4人は22%、5人以上は16%」というものです。アーラが独自に行った調査では「1人15%、複数69%(4人以上9%・最大値は11人) 」という結果が出ました。対象事業がニューイヤー・コンサートであったという変数を考え合わせても、舞台芸術の観客の多くは複数で来場することを好んでおり、鑑賞前は期待を互いに高め合う機会をつくり、鑑賞後は感想を語り合い、自分たちの体験価値を確認し合う行動を好むのです。ここで注意しなければならないのは、ビックコミュニケーション・チケットは「団体売り」とは異なる仕組みと目的を持っていることです。

さらに、昨年度から、劇場窓口でもカード決済ができるシステム導入をしました。インターネット・チケッティングのトライアウトをした緒形拳さんの『白野』でのデータを解析すると、クレジット決済だと「メンタル・アカウンティング」が働いておよそ6.59%売上が伸びることが分かったからです。また、現在のところ、どうしても購入金額が高額になるパッケージチケットでは、購入者の46%がクレジット決済を選択しています。クレジットカードの普及率から言えば当然なのですが、カード決済を導入したことで、チケットの売上は確実に伸びています。

日本では前売券にくらべて当日券の価格を高く設定するのが慣習となっており、「DAN-DANチケット」を導入すると、大半のお客さまが2週間前までや当日まで購入を買い控えてしまうのではないか、という危惧を、私が提案・指示したとき職員は持っていました。慎重論はそこからのものでした。しかし、結果は以下の通りです。全体で15%から19%程度までがディスカウントのチケットの購入者であり、5人に4人は正価の購入か、ロイヤルティの高いパッケージチケットの購入者です。この「一物多価」や当日ハーフプライスには、むろん開演直前のある公演で空席1つを売るためのコストはゼロに近いので空席一席あたりの増分利益は、その席の値段とほとんど同じになるという経済学的根拠もあるにはあるのですが、それよりも正価での購入者やパッケージチケット購入者の「経験価値」を高度化する意味合いの方が強いのです。導入の価格ポリシーは、やはり「経験価値」の高度化なのです。虫食い状態よりも満席で見るパフォーマンスの方が受取価値は高くなるのは言うまでもないからです。人間は経済的な損得だけで動くほど合理的ではありません。行動経済学の知見がそれを教えてくれます。価格よりも「良い席で鑑賞したい」というお客さまが8割はいらっしゃるわけで、その方々の「経験価値」を高めることが私たちの仕事でもあるのです。

「上司に話を聞かせたかった」という意見が広島で講演した折に多く出ました。その通りかもしれません。若い職員の多くは、いろいろな新しい考え方を取り入れたいと思っています。独自のシステムを設計して、顧客アプローチを試行したいと考えています。それを押えこんでいるのが、管理職職員の「横並び意識」であるのは明らかです。「粛々と無難な事業を買い、実施していけば問題はおこらない」という考え方です。全国の公共ホールがハコモノになってしまう原因のひとつの要素はそこにあるのです。もうひとつには、90年代半ばから現在に至るまでアートマネジメント講座や研修会は、まさに「花盛り」の様相を呈し続けているのですが、現場の背中を押すようなものが皆無に等しいことも原因です。現場感覚のない講師からは、十年一日の如く、繰り返し「方程式」が述べられるだけです。現場に必要なのは「応用問題」なのです。ハコモノから脱しようという考えで行われているアートマネジメント研修会が、実は頭でっかちで実行力のない、内向的な 職員を拡大再生産しているのです。そういう職員と無難に運営しようとする管理職が、結果的にもたれあってハコモノが現前しているといっても過言ではないでしょう。最終受益者であるすべての市民・住民によりよいサービスを提供するというミッションに従えば、意欲的な試みにチャレンジするのが仕事であることを忘れるはずがないのですが。

「花盛り」のアーツマネジメントやアーツマーケティングを学ぶ機会が何をもたらしてきたのか、何をもたらそうとするのか、いま一度、考えてみる時期に来ているのではないでしょうか。いささか遅きに失した感も否めませんが、「驚き」と「気づき」と「挑戦する勇気」をもらえる研修をすべき時期に来ています。アーラについての事例に則した講演が、「驚き」と「気づき」と「挑戦する勇気」を受講者に手渡しできるのは、それがまさに「いま」実践されている経営手法に裏打ちされているからにほかなりません。アーラはまだ道半ばです。私の体力と気力、可児のアーラに批判的な勢力のことを考え合わせれば、時間との勝負だな、と最近の私は考えています。まだまだやっておかなければいけないことが沢山積み残されています。