第6回 私たちは「体験」を提供する。

2007年6月3日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

劇場の事務所の壁に貼られている紙には次のような言葉が書かれています。

We are about people , not art.

(私たちは芸術ではなく、人間についての仕事をしているのだ。)

We offer experiences , not shows.

(私たちは興行をしているのではない、体験を提供しているのだ。)

 英国芸術評議会がおこなった調査の結果から導き出された「良い劇場」は、この二つの言葉に言い尽くされているという。

 劇場というところは、「人間」についてのさまざまな体験を提供して、人々の生活課題の解決に関わる施設であるべきだと私は思っています。「集い」、「出会い」、「語り合い」、「知り合う」ことをアレンジするのが劇場の社会的役割に違いないと確信しています。そこに音楽や演劇や絵画が、そのための触媒として存在していると思うのです。ということは、居心地の良いホワイエ、くつろげておいしい食事のできるレストラン、青空の下で風と戯れることのできる前庭なと゜もまた、「集い」、「出会い」、「語り合い」、「知り合う」ために必要な空間といえます。劇場設備が素晴らしく、鑑賞条件が良いだけでは必ずしも良い劇場とはいえない、と私は思っています。さまざまな違いを豊かさとして、さまざまな体験を導き出す環境、その「環境」こそが劇場そのものなのです。

 私たち劇場で働く人間は、劇場を訪れる皆さんに良い「体験」をしていただくための、より良い環境をつくりだす仕事をしているのです。

 可児市 文化創造センターには、大勢の人々が集う、明るく、居心地の良いホワイエがあります。野外ステージのある水と緑の広場もあります。素晴らしい機能を備えた、鑑賞条件の良い劇場があります。ワークショップやミーティングに最適な諸室が多くあります。良い体験をしてもらえる「劇場」としてのハードウェアの条件は揃っています。

 来年度からは、アーラを地域拠点とするオーケストラと劇団が一定期間レジデントして、多様なサービスを市民に提供できるようになると思います。チケッティングもお客様の利便性を考えたソフトの導入を進めています。となると、あとはヒューマンウェアです。つまり劇場職員のマネジメント能力、技術能力、マーケティング意識の徹底などの高度化だけではないかと思っています。劇場で働く人間もまた、お客様により好い体験をしていただく「環境」のひとつなのです。

 可児市 文化創造センターは、ハードウェア、ソフトウェアについては、お客様によい体験をしていただく、良い「劇場」の条件を満足させています。ただ、正直言って、三番目の「環境」であるヒューマンウェアには私は及第点をつけていません。マーケティング意識 = お客様の立場にたった関係づくり意識に欠けていると思います。プロフェッショナルとは言えません。もっと勉強をしてもらわないと、といつも考えています。私の仕事のひとつは、職員が勉強をしたいと思うようになる環境を整えることと承知しています。劇場を訪れる人々に良い「体験」をしていただくために、私たちは日常業務をこなしていくだけではなく、不断に新しい知識を得て、お客様の「環境」に改善をもたらす努力を怠ってはならないと考えます。

 ヒューマン・リソース・マネジメントとは、アーツマネジメントの三本の柱のひとつで、人的資源である職員一人ひとりの能力を十二分に引き出す仕事です。いま、私に求められている一番重要な仕事はこれだと思っています。これが出来ないかぎり、 可児市 文化創造センターはその根底から「変化」はできません。日本の地域公共劇場のチェンジリーダーになるためには、この意識改革が必須です。゛We offer experiences゛と胸を張っていえる劇場であるために、私たちがまず変わらなければならないのです。