第30回 健全な劇場経営は産業政策のキーワード―創造都市「可児」へ。

2008年10月1日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生


「創造都市論」の日本への紹介者である大阪市立大学大学院創造都市研究科の佐々木雅幸氏の主宰する研究会に招かれて、ここ一年半の可児市文化創造センターalaの経営改革のことを講演してきました。

佐々木氏とは彼が金沢大学経済学部の教授をなさっていた頃からの15年ほどのお付き合いになります。10年ほど前には、私が受けたセゾン文化財団の研究助成でチームをつくり、金沢市と仙台市を調査対象として文化政策の将来像を共同研究をしたこともありました。現在は、私が所属する文化経済学会<日本>で佐々木氏は理事長で、私は理事の一員という関係でもあります。

佐々木氏が最初に「創造都市」を提唱したのは、2001年に上梓なされた『創造都市への挑戦―産業と文化の息づく街へ』で、でした。21世紀は「分権と都市の世紀の始まり」として、「創造都市こそ都市の世紀を切り開く」というメッセージを最初に日本の社会に提示した記念碑的な業績でした。文化と産業の循環を提示した画期的な仕事でした。この頃には金沢大学を辞し、立命館大学政策科学部に移っていました。

現在日本では、横浜市をはじめとして「創造都市」を標榜とするまちづくり政策が盛んに行われており、多くの研究者が「創造都市」を研究対象にしています。ただ、かなりの誤解が横行していると言わざるを得ません。数多くの文化事業やイベントが行われていることを創造都市のように思っている向きがあるのは否めません。「創造都市」は、政策目的としての文化施設を通しての産業政策であり、経済政策であり、雇用政策であり、社会政策でもあるのです。その「循環」を企図してこその「創造都市政策」なのです。

私が館長エッセイで繰り返し述べてきた「文化的な環境」は、企業の進出の重要な条件になります。大量生産大量消費の20世紀は終わり、製造業のみならず消費者のニーズに対応するカスタマイズされた製品・サービスが21世紀には求められます。旧来からの生産ラインは時代のニーズに対応できなくなります。そこで今後の企業に必要となってくるのが「創造性」です。文化的な経験が容易にでき、そこに参加し、鑑賞できることで「創造的な感性」が培われて、それが企業の生産性に好影響を与えることになります。誰もが生き生きと暮らせる「文化的な環境」は憲法第十三条の「自己実現の権利」を満たす要件です。

そういった「文化的な環境」は、コミュニティの健全形成によって治安や安全にも好ましい影響を与えます。つまり、企業の立地条件は、物流環境や自治体による税の減免措置だけではなく、「文化的な環境」も重要な案件となります。従業員の福利厚生や、よりよく生活できる福祉的な環境が、進出しようとする企業に重視されるのは言うまでもありません。東海北陸道の全面開通によってひとつの要件は満たされました。次に着手すべきは、進出する企業の従業員の生活環境であり、「創造的」な生産環境です。

アーラの経営は、地域のすべての人々を視野に入れて、私の言う「文化的な環境」を整えることを社会的使命(mission)としています。世界的水準や日本のトップレベルのアーツの鑑賞の機会を提供するにとどまらず、多くの人々がみずから文化に参加できる機会を提供すること、身体的、社会的な諸事情でアーラに足を運べない人たちにもアーラは高水準のアーツに触れることのできる機会を提供しています。アーラの開放的な空間にただ身を置くことを安らぎとしている方々も、私たちには大切なお客さまです。

可児市文化創造センターという「装置=政策手段」を通して、私たちは可児市を、コンパクトであるが、創造性と安全性と福祉性に富んだコミュニティ=創造都市にしようと考えています。文化政策の拠点であることは無論のことですが、コミュニティ政策、福祉政策、教育政策、産業政策、経済政策、労働政策へとウイングを広げたいと思っています。愛称のアーラ(イタリア語で「翼」)そのままに、可児市の「未来」へと大きく翼を広げて、いま飛翔しようとしています。その助走は始まっています。


★行ってみたい、住んでみたい、住んで良かったと言われるコミュニティサービスの提供。
★芸術文化にかかわり、その成果を享受し、あるいは創造する可児市民の生まれながらの権利を保証する。
★地域社会と連携し、芸術文化を通して明日の可児市の「希望」を形成することへの寄与。


昨年4月に就任したときに私が定めたala Mission(使命)の一部です。ただひたすら、このミッションを達成するために私たちはアーラを経営し続けていきます。

来年6月にアーラで、文化経済学会<日本>の全国研究大会が開催されます。「可児・アーラ研究分科会」が設けられることを予定しています。