第14回 文化行政の困難な時代をいかに乗り切るか。

2008年3月16日

可児市文化創造センター館長兼劇場総監督 衛 紀生

 群馬県と財団法人群馬県教育文化財団で共催した「絆の舞台芸術」という講演会とパネルディスカッションでおしゃべりをするために、日帰りで群馬県に行ってきました。終了後に、私が10年以上前に上梓した『芸術文化行政と地域社会』を持っている方にお会いしました。この種の本にはめずらしく半年もたたずに二刷が発行されたのですが、もう絶版になっており、図書館でないと見られないほどになっているので、驚きとともに感謝の気持ちがわいてきました。

 リタイア後に何かしたいと思っていらっしゃった時に『芸術文化行政と地域社会』を手にして自身の活動を始めたとのことで、とても嬉しい出会いでした。我田引水になりますが、地域文化行政が大きなうねりをもって動き始める契機となった本でしたので、行政関係者が勉強会に使っているということを仄聞することは随分とあったのですが、個人の方のリタイア後の生き方に少なからぬ影響を与えることができたという事実に、物書き冥利に尽きる感慨を持ちました。

 私の「舞台芸術における地域活性化の鍵とは」という講演のあと、上毛新聞社の藤井浩さん、地元劇団の主宰者である生方保光さん、群馬交響楽団を子育てで退団したのちも音楽活動をなさっている小田原由美さん、アイディアいっぱいの事業をやって県下に名を轟かしたみかぼみらい館の運営に関わっておられた藤岡市役所の田口宣雄さんらとの「舞台芸術が地域を救う」と題されたパネルディスカッションが行われました。タイトルがいずれも大上段で私もパネラーもいささか話しの糸口を探しあぐねる感じではありました。しかし、藤井さんの巧みな進行で、地域外の私にも群馬県の文化状況のおおむねがぼんやりと見えてきました。

 非常に評価できる草の根的な活動はかなりあるとの印象を受けました。ただ、その力が集約されていないのと、県の財団がそれと関係のないところで動いているという感想は禁じ得ませんでした。予算が少ないのでしょうが、あわせて体質が古いという印象でした。もう少し基礎自治体の文化行政とのネットワークと県民の草の根的な活動とのパイプをつくれば群馬ならではの「うねり」はつくれるのではないでしょうか。文化が市民の生き方に関わるものである以上、目を凝らして地域を見つめるところからしか文化行政は始まらないし、成果もそこからしか生まれません。

 また、行政と草の根の活動主体とを結ぶ外部のコーディネーターも必要です。まちの活性化に必要なのは「ばか者、若者、よそ者」の三モノであると私は思っています。その「よそ者」が地域の文化資源を評価して、さらに行政との橋渡しをする、という構図が活性化には必須だろうと、私のいままでの経験で思っています。行政のさまざまな仕組みを理解し、あわせて草の根活動を担っている人々の声に耳を傾けてマネジメントをするというのは、言うほど簡単なことではないのですが、そういう人間を置くことだけで文化行政に劇的な変化が生じることでしよう。行政も、財団も、民間も、従来の「常識」に縛られていては一歩も踏み出せません。「常識」は経験知の集積であり、何かを変えようとするなら経験知に頼っていては未来を創造することができないのは当然です。まったく新しい目線で群馬の地域文化を見詰めなおして評価する。大事なことだと思います。

 昨年10月から5回にわたって東京・荒川区の「芸術文化振興プラン策定に関する懇談会」に出席してきました。荒川区は正直言って、東京二十三区のなかでは文化振興という点では後進区です。区民会館であるサンパール荒川、ムーブ町屋、日暮里サニーホール、町屋文化センターと文化施設は一応の数はあるのですが、どれも古いとはいえないのですが、いずれも集会施設の域を出ないものです。都内にかぎらず専用的な文化施設が多くなっている昨今では、いささかハード的には見劣りがするものばかりです。その意味では立ち遅れている、と言ってもよいでしょう。

 区民世論調査でも、「荒川区内を主たる鑑賞の場とする人」の項目では、男女とも70歳以上が圧倒的に多く、40歳代以下は押しなべて一桁台です。「主たる鑑賞の場」では荒川区内は11.8%で、多いのは「銀座・有楽町方面」32.4%、次いで「上野・浅草方面」が24.8%で、区外の総計は85.5%でした。

 これから専用的な劇場・ホールやギャラリーを建設するのは財政困難な折に現実的ではありませんし、いまから先進区である世田谷区、新宿区、豊島区、江東区などと同じ土俵に上がるのは賢明とは言えません。そこで私は福島県飯館村のように芸術鑑賞の費用の半額補助を荒川区でもやったらいかがか、と提案しました。いわば「ヤドカリ方式」です。区内の文化施設は徹底してコミュニティ・アーツセンターに特化して、ハイ・アートは区外の専用的な劇場・ホールや美術館等に出かけていただく。荒川区で買い公演をするのは現実的ではないと思います。公共交通網が張り巡らされている東京ならその方が予算の軽減化も可能です。

 コミュニティ・アーツセンター的な事業展開をする区内の施設は、文化芸術振興基本法の第三十二条の2項「国は、芸術家等及び文化芸術団体が、学校、文化施設、社会教育施設、福祉施設、医療機関等と協力して、地域の人々が文化芸術を鑑賞し、これに参加し、又はこれを創造する機会を提供できるようにするよう努めなければならない」を担保する内容に特化する。それらの二つの施策を「荒川方式」として他区との違いを明確にする。

 文化行政はどこの地域でも冬の時代に入ってきています。金がないなら知恵と工夫を凝らせば、結果として横並びではない地域の特徴を際立たせる文化行政ができるのではないでしょうか。むろん予算が潤沢なら、それ以上に知恵と工夫を総動員すべきだと思います。可児市文化創造センター(アーラ)は、市長と議会のご理解をいただいて他地域に比較して大きなバジェットを組んでいただいています。その厚意に応える市民サービスができなければ職を辞する覚悟は出来ています。この四月から新しいアーラに生まれ変わります。この一年間をかけて進めてきた改革がどのような果実を結ぶか、高揚感と不安のあいだを私の心は揺れ動いています。まだまだやりたいこと、やらなければいけないことは沢山あります。今後とも「知恵と工夫」を凝らしてアーラに毎年新しい生命を吹き込んで行きたいと思っています。