第五章 戦略的アライアンスの展開―「機会」を創り出す経営。(3

2009年3月18日

団体はその後で、どんな種類のコラボレーションをするのか、どの潜在的パートナーがそのニーズを満たすために役立つかを見極め、自分の団体がコラボレーターに対してどんな機会を提供できるか判断するべき。戦略的コラボレーションは、ある1つの団体の既存プログラムのギャップを埋めるというよりも、コラボレーション参加者が相互に利益を得るようデザインされなければならない。

(Standing Room Only)

他の機関との戦略的コラボレーションによる経営基盤の強化(その3)

 地域文化施設の指定管理者にとって、経営資源の拡張、機会の創出、社会的評価の高度化とブランディング、様々な局面での競走優位性、社会機関としての認知などをもたらすのは、何も企業とのコラボレーションだけではない。行政や公立文化施設、芸術団体、芸術団体相互、NPOとのコラボレーションは、より直接的な効果をアウトカムする。

とりわけ当該地域の行政、近隣の公立文化施設とのコラボレーションは、これらの機関のミッション(社会的使命)が、地域社会の好ましい生活環境形成に関わり、資するものである以上、地域文化施設にとって、「ミッションの共有」という戦略的アライアンスの基本的な条件を満たし、「持続継続的な事業展開」に踏み込むことができる可能性が非常に高い。

たとえば、高齢者福祉を所管する役所の部署と公共文化施設との協働は、きわめて喫緊の社会的課題に両者の資源(コア・コンピタンス)をコラボレートして問題解決への速やかな対応を可能にする。高齢社会を迎える今日では、介護予防などで厚生労働省からの補助金が大きく膨らんでいるが、実態としては使いきれない、あるいは非効率な事業を重ねているのが現実である。高齢者福祉を所管する部署の事業に、公立文化施設のノウハウやスペース、人脈などの資源を組み合わせれば、サービスの質は飛躍的に上がるだろう。そのことによって、受益者たる高齢者同士のコミュニティ形成や生きがいづくり、居場所づくりは短期間で効果をみせることになるだろう。

可児市文化創造センターでは、館長の私が、関連する行政各課課長に書簡を送って懇談を要請して、問題意識と課題、事業構想の共有化を図っている。すくなくとも、計画行政、まちづくり、学校教育、生涯学習、障害者福祉、高齢者福祉、商工、観光などを所管する部署長、担当係長との情報交換や課題の共有は積極的に進めるべきである。行政の職員はエリア・マネジメントやパブリック・アドミニストレーションの専門家であり、実務家であり、彼らが認識している地域の社会的ニーズに公共文化施設のノウハウを対応させることは、住民にとってより良いサービスを受ける機会を担保することになるだろう。行政の縦割りの非効率性が存在するとするならば、多様な社会的ニーズに応えられる潜在力を発揮することで公共文化施設がその社会的役割を果たすことは充分に可能である。それにより、公共文化施設の社会機関としてのステータスは飛躍的に向上するだろう。

公立文化施設相互によるコラボレーションは、協働によって経済的な効率性を高め、顧客構築に寄与することになる。現在のところ情報交換や共同制作のネットワークがあるにはあるが、各館の運営に劇的な効果をもたらしているとは言い難い。出来得るならば、恒常的なコラボレーションによって、経済的のみならず、運営面での経験交流による人的配分の効率化などを成果としてアウトプットできるようにすべきではないか。

 経済的な効率化で言えば、近隣地域間ではチケットの持ち合いにとどまらず、インターネットによるチケッティング・システムのあるチケットセンター機能をいずれかの館かが持つことも構想されよう。そのことで顧客の利便性は飛躍的に向上する。私たちはサービス業であるのだから顧客の利便性にプライオリティを持たせるべきである。顧客の利便性の前では、館相互の利害は大した問題ではない。可児市文化創造センターは、すでにインターネット・チケッティング・システムを採用しており、周辺の公共ホールに対して少しずつ呼びかけをしている。互いの得意顧客の「喰い合い」を心配する向きもあるだろうが、私はむしろ近隣地域のパイを大きくするアライアンスになると考えている。

『Standing Room Only』には、1989年にフィラデルフィアで行われたマーケティング調査のデータにより、いわゆる「喰い合い」はないと証明されたことが述べられている。興味深い事例である。

1989年、フィラデルフィアの文化的観客を対象に行われた総合的マーケティング調査が、文化団体は互いに競争し合う必要はないということを論証した。一例を挙げれば、この調査によって、ジャズの観客、演劇の観客、ダンスの観客の間に相当なクロスオーバーがあるとわかったのだ。この発見を十分に利用するために、この3つのアート形式を1つにまとめた特別サブスクリプション・シリーズが企画され、結果的に3者それぞれの観客サイズが増加した。

可児市民の行動調査によれば、ある熱烈なクラシック・ファンは、可児市文化創造センターのみならず、名古屋市の各文化施設、多治見市文化会館、関市文化会館などと多くの館を渡るようにクラシックのイベントに参加している。また、良いものなら分野をクロスオーバーしてチケットを購入している。「喰い合い」への心配は、劇場の側が自分の利害を先行させるための杞憂であり、私たちは飽くまでも顧客志向でなければならない。

複数の美術館がすべて入場できるチケットによってコラボレートする例は数多く見受けられる。NPO法人美術ファンクラブによる「美術館へ行こう―A Day in the Museumは、東京国立近代美術館、国立西洋美術館、ポーラ美術館をネットワークして、コスモ石油、シャディ株式会社、三井住友海上の協賛で、毎年1月2日に無料入館日を設けるプロジェクトである。各館がコラボレートすることで各館が持っている顧客を共有して個別の美術館の新規顧客を開発すると同時に、各館の収蔵作品、企画展からくる個性に触れることで美術鑑賞の多様な楽しみを提供することができる。そのことで美術館の顧客進化を実現することが可能となる仕組みである。

他の機関との戦略的コラボレーションによる経営基盤の強化(その4)

公共ホールにおける買い公演の共同購入による経済効率化も視野に入れるべきであろう。これは近隣施設ではなく、全国規模で構想されるべきであろう。本来的には全国公文協が、その部分での戦略的コラボレーションの媒介役を演じなければならないのだが、残念ながらそのように機能してはいない。かつては、中九州から南九州にかけての「C-WAVE」が、中小市町村の公共ホールによる「共同購入型」のコラボレーションを成立させていたが、「平成の市町村合併」を契機にネットワークからの離脱が相次いで、現在は休眠状態である、と「C-WAVE」の設立以来の事務局長である門川町総合文化会館の河野氏が語っていた。東京への文化資源の一極集中に対して、九州という遠隔地の中小市町村ホールが束になって立ち向かった「C-WAVE」であったが、政治の大きなうねりに飲み込まれる結果になってしまったようだ。

北海道の「シアターネットかんげき」は健在である。「C-WAVE」とほぼ同様の地理的環境であり、企図としても類似のミッションで現在も、年間数本の演劇公演を成立させている。近年では、海峡を飛び越えて本州の公共ホールにも事業提案をしており、そのマネジメントは成功事例といってよい。

良心的なカンパニーもあるが、劇場の経営責任者になって思うのだが、地域の公共ホールはかなり高止まった上演料の提示を受けて、それをそのまま鵜呑みにして契約をして公演費を支払っているのが現状である。むろん、公共ホール側に事情に明るいスタッフがいないという組織上、あるいは人的資源の問題もあるが、プロモーターや芸術団体の取り分を管理費として見積書に計上しているのは「良心的」な方で、およそ15%前後の利益を総経費に潜らせて「下駄をはかせた」価格提示が平然となされている。むろん、その管理費相当の経費がなくなっても、プロモーターや芸術団体側には利益が出るような予算構造になっている。彼らは、マーケットたる公共ホールを、もっと大事なパートナーと考えるべきである。この価格圧力に対抗するには、価格圧力に対する戦略的なコラボレーションを公共ホール側が組むしかない。今後は、事業費の削減は避けて通れないだろう。だからと言って、市民へのサービスの質を落とすのは、公益的な使命を持つ公共文化施設にとっても本意ではないはずだ。

また、公立文化施設と芸術団体とのコラボレーションは、劇場や稽古場や一定規模の予算を保有している施設サイドと芸術的な技術集積のある芸術団体の、その双方のコア・コンピタンスをコラボレートすることで、地域の芸術拠点化を促進し、相互の経費削減をも可能とするものである。

可児市文化創造センターは、2008年度から、新日本フィルハーモニー交響楽団と劇団文学座との「地域拠点契約」という名称のコラボレーションを始めている。数多くの事業(公演、演奏会、ワークショップ、クリニック、アウトリーチ)の上演料、謝金が、旅費交通費、運搬費等の経費と包括された契約であり、ひとつひとつの事業を事業毎に契約するよりも、劇場側にとっては経済的なメリットがある。芸術団体側にとっては、地域に拠点化された劇場を持っているのと同じ効果がある。たとえば、舞台稽古や公演前の合宿の際に劇場や稽古場の提供を無償で受けられる契約内容である。また、年度当初に拠点契約による収入を見込むことができて、経営的に負荷を軽減できる団体側のメリットもある。前述したが、英国北西部チェシャー州にある人口約6万7千人の町クルーのライシャム劇場とイングリッシュ・ツアリング・カンパニーの協働事例も、このコラボレーションにあたるだろう。(連載第12回参照)

他の機関との戦略的コラボレーションによる経営基盤の強化(その5)

芸術団体同士の経済効率を企図したコラボレーションは、まだ日本では皆無ではないだろうか。フィリップ・コトラーは「様々な管理機構や一般経費を結合することで、アーツ団体は規模の経済を実現することができる。コンサートのプロデュース、マーケティング、理事会への対応、資金の調達などは、どの団体でも同じような事を行っている。2つ以上の団体間でこうした機能を統合することは、質の向上と経費の低減につながる」と主張して、ニューヨーク・シティのアメリカン・シンフォニー・オーケストラ(ASO)とコンコーディア・オーケストラとの革新的な経営コラボレーションを事例として紹介している。

コンコーディアはASOと契約を結び、高度なプロフェッショナルであるASOのマネージメント・チームが経営機能を担うことになった。2つのオーケストラは、同じ事務局長、同じマーケティング・ディレクター、同じ住所、ほとんど同じスタッフを分かち合っている。それぞれの団体は、独自の便箋、郵送先名簿、ロゴを持っている。コンコーディアは独自の理事会と会計帳簿を保持し、独自の芸術的未来像を追い求める。(Standing Room Only)

 このコラボレーションによって、コンコーディアは40%の運営費を節減でき、ASOはマネジメント・サービスの提供によって副収入を得ることができた。二つのオーケストラの事務局長であるユージン・カーは、「私たちがやろうとしているのは、資産を一体化することでアーツ経営の新しいやり方を創造することです。1ダースの団体があって、それぞれが毎年少数回の事業を行っている場合に、事務局長が12人いて、12のオフィス賃貸契約、12のマーケティング部門があるなんて、ばかばかしいことに思える。必要なスタッフすべてを雇えるほど余裕のある団体はひとつとしてない」と述べている。

 このコラボレーションは、芸術的理念が頑迷であり、比較的内向きの日本の芸術団体には難しい経営課題と言えよう。ただ、劇団とオーケストラ、劇団とダンスカンパニー、美術館とオーケストラ、オペラ・カンパニーとオーケストラなどが、顧客共有のフェイズでの一部連携は可能なのではないか。お互いの顧客ボリュームを、その相乗効果で膨らませることができる。このことは、前述のフィラデルフィアの調査結果で証明されている。「こうした発見はフィラデルフィアに限ったことではない。別の調査では、地元団体間のシナジー効果の可能性を探るべく、大クリーブランドに住む3500人にサーベイが行われた。サーベイの結果は団体間の協力を強く支持している。過去一年間に2つ以上の団体に参加した地域の鑑賞者は70パーセント。3つ以上の団体に参加したのは47パーセントだった。実のところ、より多様な利用をするほど満足度は上がっており、最高の満足度を示したのは年間6つ以上の団体に参加する人々だった」と言う。

 複数の劇団、複数のオーケストラ、複数の劇場間のコラボレーションも、創客へのシナジー効果が期待できる。東京は、確かに大きな市場を背景に持っている。東京圏(神奈川、千葉、埼玉の通勤圏を含む)は3400万人が住んでいるマーケットある。巨大なマーケットを背景にしてはいるが、しかし、エンタテイメント・ビジネスが多様化かつ質的に高度化している現在、生き残りをかけたサバイバルの真只中にいるという自覚は芸術団体・劇場には必要だろう。フィリップ・コトラーの以下の言葉を、私たちは重く受け止めなければならない。

フィラデルフィアとクリーブランドの調査から出た結論は、アーツ団体は自分たちの持つ境界線を越えて物事を考えるべきであり、また、団体が共同事業に参加することは、観客の消耗ではなく、むしろ活性化となる、ということだった。アーツ団体は、ジョイント・サブスクリプションやコラボレイティブ・ボックスオフィス、その他の共同プロモーション的努力を行うことで互いに得意客を減らし合うのではないかと心配するが、折々に相手の団体に観客を取られるデメリットよりも、こうしたテクニックを通して新しい得意客を獲得するメリットの方が大きい場合が多いのだ。

【次回】最終章 公共文化施設の未来をデザインする。(1)