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誰もが人間として尊重され、生きる意欲のあふれる社会構築へ   ― 劇場音楽堂等の存在自体が「社会的処方箋」として機能するコミュニティへ。

可児市文化創造センターala 館長兼劇場総監督 衛 紀生

新型コロナウィルスのプレパンデミック状況となってイベントの中止が一斉に公表され、その処理に追われているのが現在の現場の状況かと思われます。私どもアーラも、3月1日以降の主催共催公演はすべて中止することになりました。いまのところは大規模改修による休館予定の3月15日までは粛々と貸館業務を行うこととなっています。

さて、表題にある「社会的処方箋」ですが、これは「社会包摂型劇場経営」を館長就任時の2008年以来貫いてきたアーラにとっては必然と言える目標でありゴールだと感じています。英国の保健医療機関ナショナル・ヘルスサービス(NHS)の慢性的な赤字への対処策として、NHSが英国芸術評議会(ACE)との提携により、発病する前の「未病」症状の要観察の人に対して文化芸術を処方して軽いうちに病気を予防するという考え方です。そのことで発病してからの医療費の費用に比べると大きな差が出ることは自明です。 「未病」とは、発病には至らないものの軽い症状がある状態です。このことによってNHSの財政負担を軽減化しようとするものです。私は2015年に「ガーディアン」紙に掲載された、当時英国芸術評議会議長だったピーター・バザレットによる『芸術を使って国民の健康を増進する(Use the arts to boost the nation’s health)』と題され、「NHSの負担はますます大きくなっているため、アーツカウンシルと保健当局は全国スキームで協力しています」のリード文のある寄稿文を読んで、「文化芸術振興のための第三次基本方針」に書き込まれた「文化芸術の社会包摂機能」及びその機能を活用することで公的資金の投入を「コスト負担」から「戦略的投資」にするとの転換を示した文言と交差するものと直感しました。

記事中には、実際に行われている英国内の全国事例をいくつも例示しており、最後に彼は「このアプローチはすべての分野にとって有益をもたらす。政府と地方自治体が文化芸術に使う支出は、NHSの支出のわずか50分の1ほどだ。しかし、とりわけ医療や福祉の分野においては、少ない額で高い効果を上げていると言えるだろう」と締めくくっています。私は英国で行われている「社会的処方箋」の理念を、他の行政分野に演繹して、教育・福祉・保健医療・多文化共生等に拡張して、21世紀型の「新しい所得再配分政策」として「日本版社会的処方箋」を構想しました。その根底には、アンソニー・ギデンズが提唱した「Positive Welfare」の考え方があります。「ウエルフェアとは、もともと経済的な概念ではなく、満足すべき生活状態を表す心理的な概念である。したがって、経済的給付や優遇措置だけではウエルフェアは達成できない」、「したがって、福祉のための諸制度は、経済的ベネフィットだけでなく、心理的なベネフィットを増進することも心がけなければならない」というものです。ここでのウエルフェアとは日本で慣用的に使われる狭義の福祉ではなく、人間の一生を「良き旅路」にという意味の広義の「Welfare」です。福祉をアプリオリに経済的概念として捉えて、毎年末のように税制調査会で「負担増と給付減」を論議している政治がいかに貧しいものであり、非生産的な政策論議か、結果弱者切り捨てに向かう政治の役割を放棄する手続きでしかない、と私はうんざりしています。Welfareを心理的な概念でもあると認識することで、劇場音楽堂と文化芸術の社会包摂機能=「つながりの構築機能」を「良き旅路=Wefare」の必要条件を整える重要な手段として位置づけることが出来ます。「補助金が出るから」、「善きことをしていると自己充充足」というようなモチベーションで、近年盛んになっている社会包摂事業を行っている向きは、下線の部分を深掘りすることで視線を遠くに置いてもらいたいと思うのです。そうでないと当事者の「生活課題」に当たらずに、単なる「ほどこし」でしかなくなってしまいます。また、補助が切れると同時に事業が実施されなくなる、という事態を招くことになってしまいます。

2016年から(公社)日本劇団協議会(会長 西川信廣)は社会包摂プログラムを加盟劇団に委嘱するかたちの「やってみようプロジェクト」を継続的に実施しています。その2019年度の事業報告書に「あとがき」として直近に書き下ろした寄稿文が、「社会包摂から社会的処方箋」へのスキームデザインを比較的分かり易くまとめていると思われるので少し長くなりますが、一部割愛して転載することをご容赦ください。

社会包摂から「社会的処方箋」としての劇場価値へ向かう。

日英共同制作『野兎たち』の英国・リーズ市での稽古2日目に、リーズ・プレイハウスの芸術監督ジェイムス・ブライニングが手の空いている劇場スタッフ30人ほどを引き連れて稽古場に姿を現しました。稽古初日が定例の幹部ミーティングと重なってしまったためにウエルカムの挨拶に来なかったことを詫びた後、その幹部会議で「今後はプレイハウス自体が『社会的処方箋』としての価値を持つことを目指すことが話された」という報告がありました。リーズ・プレイハウスは、ウエストヨークシャー・プレイハウス時代から英国随一のコミュニティ・アプローチを年間およそ1000実施しており、「北部インクランドの国立劇場」とか「コミュニティ・ドライブ」という定冠詞がつけられる英国随一の規模を誇る地域劇場でした。ジェイムスはプレイハウスの成立経緯を「1968年、当時は貧しい地域であったリーズ市の市民運動によって誕生しました。劇場が様々な生い立ちを持つ人々やあらゆるコミュニティの人々に影響をもたらすことを、運動を率いたリーズ市民は強く信じていたからです。『市民のための劇場』という創立時の精神は、現在のプレイハウスにも息づいています」と語っています」と書いています。

私どもアーラも、2015年に「ガーディアン」紙に掲載された当時の英国芸術評議会議長のピーター・バザレットの「Use the arts to boost the nation’s health(芸術を使って国の健康を増進する)」と題された寄稿を読んで関連資料にあたり、4年前から世界劇場会議国際フォーラム等で社会包摂型劇場経営の最終的なグランドデザインは、劇場の存在自体が人々の心身を継続的に癒し続けて、生きる意欲に影響を与え続け、健やかな環境を成立させる、まちを元気にする「社会的処方箋」という公共的・社会的な役割を担うものとしての政策的認知を目指すことを主張し続けてきました。アーラの『まち元気プロジェクト』は現在、年間536回でその舳先は『社会的処方箋』に向けられています。私の目指す『社会的処方箋』は、英国のそれを教育・福祉・保健医療・多文化共生等のすべての公共政策に演繹させて、国及び自治体の各政策予算を抑制させる所得再分配機能をもった文化政策に向かう構想です。

さて、2008年に「社会包摂型」の劇場経営を掲げて出発したものの、当初は利他的なその理念は理解されず、岐阜の片田舎での実証実験的なその試みは、しばらくは大きく、しかも高い壁に突き当たっていました。2011年の「第三次基本方針」で「文化芸術の社会包摂機能」と「戦略的投資」の文言が明示されても、全国公文協アートマネジメント研修会の懇親会に出た職員が東京のリーディングシアターのエグゼクティブから「社会包摂は流行り言葉」との無責任な発言を浴びて意気消沈して帰ってきたことがありました。「人間が一番難しいのは、新しい考えを受け入れることではなく、古い考えを捨てることだ」。古い経済観念と戦ったジョン・メーナード・ケインズの言葉です。幸いと言ってよいのかはいささか逡巡しますが、この2年ほどで「社会包摂型プロジェクト」が全国に燎原の火の如く拡がっています。それが「善いことをしている」という自己充足的なことに終わらずに、演劇をはじめとする文化芸術の社会から排除され、孤立して孤独に苛まれている人々の「存在を癒す」強かな機能に着目して、大きなデザインに向かうことを祈念するばかりです。

今年の世界劇場会議は『”文化芸術の社会包摂” その社会的価値をとらえなおす』のタイトルで開催して、「演劇情動療法」の東北大学医学部教授藤井昌彦先生とNPO演劇情動療法協会の前田有作氏に私との鼎談をしてもらいました。さいたまセッションの私の基調講演のあとに藤井先生から1枚のメモを手渡されました。私の基調講演は、「演劇情動療法」の財政的抑制効果として、その減薬・介護の費用が、団塊の世代が後期高齢者となる2025年には認知症患者が厚労省推計で730万人にもなり大きく膨らみます。減薬と介護費用の抑制効果は、藤井先生の理事長を務める仙台富沢病院で調査したところ、2025年では233億6000万円にも達する、という内容でした。藤井先生からのメモには手書きで、投与される大量の向精神薬が原因の認知症の主な合併症として、誤嚥性肺炎と大腿骨頸部骨折があげられていて、それぞれ「55日入院・医療費170万円」と「20日間入院・医療費220万円」と書かれてありました。対象になる認知症患者が、それぞれの合併症に1.5%が罹患するとして、年間4270億円という医療扶助費が発生することになります。「演劇情動療法」自体の抑制効果と合算すれば、なんと4503億円もの抑制効果となります。少子高齢化の福祉予算対策として、毎年負担増と支給減の議論を繰り返す非生産的な税制論議よりも、この社会的投資回収率の数値に依拠して財政の在り方を再検討する方がはるかに生産的だと思うのは私だけでしょうか。

以上が簡略して記述しましたが、社会包摂から社会的処方箋、そして国と自治体の行財政改革へアップロードする流れのあらあらです。

そのアップロードを実現するために、私は昨年9月末の芸術文化振興基金運営委員会で、助成金決定の際に事業支援金額にマッチングさせるかたちで、社会的投資回収率を算出して、その数値の学際的な定性評価であるエビデンスを集積してアーカイブ化するための調査研究費をつけるべきで、その検討委員会を来年度に設置すべき、との意見を事務方管理職に提案しています。「善きことの自己充足」から脱して先のアップロードを実現するためには、社会的投資回収率の算出と定性的評価はマストです。このエビデンスがなければ何も前進しません。私が「社会的処方箋」の先に考えている政策デザインである、ベストプラクティスを設置している地方自治体を選定して「特別交付税」を支給する仕組みも、この政策エビデンスなしには絶対に成立しません。

国立研究開発法人科学技術振興機構が従来からの自然科学に限定した支援から、社会科学系(経済学・経営学・公共政策学等)をも視野に入れなければとの考えが組織内に出始めている、という話を仄聞しています。政策効果等のインパクト・スタディにおける研究は、私が比較的ウォッチングしている英国に比べて著しく遅れています。この研究分野の進捗と先のアップロードをパラレルに並走させなければ、「世界に誇る生きやすさ一番の文化国家」、「国民の幸福感あふれる文化国家」に1ミリでも近づくことは出来ないのです。

この稿の文末に記しましたように、「社会的処方箋」を政策展開のための重要な手段として国民的認知を得るためには、社会包摂の理念に基づいて行ったプロジェクトが「いかなるアウトカム」を実現して、どのような「変化」をもたらして、どのくらいの社会コストと行政コストを抑制・削減できるかの社会的投資インパクトの研究進捗が不可欠です。

研究が進捗して、いかに客観性を担保した評価が出来るかにかかっていると断言しても、決して過言ではないでしょう。日本には文化系の学会は、文化経済学会<日本>、文化政策学会、アートマネジメント学会と主なもので3団体ありますが、私が理事を務めている文化経済学会<日本>にあって、この種の研究は見ていないし、浅学のせいもありますが他の2つの学会でもこの種の研究がなされていると聞いてはいません。むしろ評価学会の方に研究者がいるのではないかと思っています。この分野の研究が日本では一向に進んでいないのには、いくつかの要因がありますが、ひとつには「芸術の成果を数値で明示することは憚られる」というディレッタント的な「気分」です。芸術聖域主義の考えです。むろん、その「芸術的価値」は多様であり、様々な受け手によってかぎりなくパーソナルなものです。しかし、その「社会包摂機能」によるアウトカムを計る「社会的評価」は、決して芸術を冒涜するものではなく、むしろ芸術の社会的・公共的価値を高めるものと私は断言できます。「社会包摂型劇場経営」、すなわち「アーラまち元気プロジェクト」の存在が、それ以前の可児市文化創造センターの観客動員数を6年間で3.68倍大きく上回り、パッケージチケット販売数も8.75倍と鑑賞者開発を大きく前進させて、しかも資金調達環境をも劇的に改善させた経験がそれを裏付けています。今年1月末の世界劇場会議のゲストスピーカーとして来日したセーラ・ジーとカス・ラッセルも、正しく行われるコーズ・リレイテッド・マーケテイングが、同様の効果をもたらすと話していました。生活課題、価値観、行動経済学に依拠する幸福感等の「高付加価値」がそれらの効果をもたらすのです。「価格訴求」の20世紀から「価値訴求」を消費のモチベーションに移行した今日にあって、可児市民にとって文化芸術とアーラの存在がより生活に密接隣接して身近なものとなったことで、そのようなアウトカムを導き出したと私は思っています。まさしく「文化芸術の民主化」による結果と考えています。

押しなべて研究とは、そのように人間の生活の中に生きなければ意味のないものとなります。それだけに「芸術聖域主義」という予断をもってしまうと、研究対象に向かい合う眼に曇りが生じてしまいます。この問題は、私は90年代から学会内の学者・研究者の、文化芸術への腰の引けた姿勢には疑問を感じていました。なかには現場との連携・提携の必要性を主張する研究者もいるにはいましたが、ほとんど一様に「擁護者」としての立場で文化芸術を論じているようでした。英国には、ロンドンシティ大学のDaisy Fancourt教授のように、マンチェスターのハレオーケストラの助言者でありながらも、同時に『生と死の芸術:英国の老化に関する縦断的研究における芸術の関与と死亡率の間の関連の14年の追跡分析』、『高齢者における受容芸術の関与と孤独との横断的および縦断的関連』等の、主に高齢者の幸福感、認知能力と芸術の関連研究をしている研究者も存在しています。インパクト・スタディは敢えて分類すれば経済学及び経営学の一分野であり、また公共政策学や社会心理学や認知心理学分野にもつながる研究領域と考えています。文化芸術及び劇場音楽堂の社会的評価としての数値化と、その数値の根拠を学際的に定性評価する研究が、日本において今後大いに進捗してほしいと強く思っています。

来年2月に予定されている世界劇場会議国際フォーラム2021には、「社会的処方箋型劇場」に向かうと幹部会議で意思決定したリーズ・プレイハウス芸術監督のジェイムス・ブライニングと数名のインパクト・スタディの研究者を招いて、その先行研究を検証しながら、「社会的処方箋」の今日的な社会環境での必要性と公共的な意味を探ろうという企画をしています。「売り手よし、買い手よし」だけでは21世紀の経営は日本の劇場音楽堂と文化芸術の近未来的なリスペクトされるものとはなりません。「世間よし」を成立させる経営デザインを多くの方々と共有する機会として、私の中では次年度の世界劇場会議国際フォーラムを位置づけています。『野兎たち』のリーズ公演の折に、ジェイムス・ブライニングとじっくり話して来たいと思っています。