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第八十七回 卒業に思う

可児市文化創造センター  事務局長   遠藤文彦

今年は、桜の開花も早く、すでに淡いピンクの花が市内のあちらこちらで美しく咲いています。卒業のシーズン。学校の卒業式も今年に限っては新型コロナの影響で、最小限で厳かに行われました。そんな中、アーラにとっても大切な人が卒業されていきます。長年館長として活躍いただきました衛紀生さんです。

私の衛館長との出会いは、館長が就任されて可児市に通い始められた今から14年前になります。当時私は建設中の可児市多文化共生センターの完成に合わせて、愛称を募集していました。600を超える名前が全国から集まり、選考委員会を開催して決めることとなりました。さて委員長はどなたにお願いしようと考えたとき、「今度アーラの館長に就任された方はどうだろう」という意見があり、衛館長に依頼に行ったのが始まりになります。衛館長は快くこれを受けてくださいました。選考委員会の中では、今の「フレビア」が決まるまでさまざまな案が挙がり、それを委員の皆さんで選考していただいたわけです。最終的にフレビアのほかにもう一つの愛称が浮上して、賛成派と反対派で紛糾しだしました。「この選考は難しいなあ」と思っていた矢先、委員長の衛館長は、スパッと難なく皆が納得いくような形で決められてしまいました。その時の切れ味は「あっぱれ」。凄い人だなと思いました。

縁あって、それから2年後に私はアーラへ赴任することになりましたので、アーラで館長を務められた期間はずっとお付き合いしていただいていたことになります。最初は黒づくめでスタンドカラーの上着をまとい、独特な雰囲気を醸し出している衛館長に、どう接したらいいのかわからずにいましたが、気軽に声がけしていただける中で、徐々に打ち解け、衛ワールドに入っていきました。

アーラの事務所の壁に、「We are about people not art」我々は芸術のためではなく人間のためにあると書かれた張り紙があります。衛館長がここに赴任されてから掲げられているスローガンです。このことは、アーラを「人間の家」としたい衛館長の心の現れです。当時は、芸術至上主義が劇場にとって旗印だっただけに、競って芸術性の高い舞台制作が行われていました。そんな中、衛館長は「敷居の高い施設ではなく、市民がいつでも止まり木のように来ていただける施設としたい」と話していらっしゃいました。この頃に全国的にもこうしたことを旗印に掲げる劇場はなかったと思いますし、口にする館長は、どこにもいなかったのではないでしょうか。

衛館長の根底には、戦後の昭和の地域社会があるのかと思います。物や食料はないけど、人が繋がって助け合い思い合っているから、生きる力と希望が湧いてくるんだと。人の繋がりが希薄になってきている現代だからこそ、文化芸術は人間が生きていくための支えとなってくれるもので、文化芸術のために人間があるわけではない、そのために劇場も人間の生きる力のためにあるべきなんだと私たちに教えてくれました。何より人間を一番に考える方で、一緒に仕事をさせてもらってから特に人間としての強さとその裏にある優しさを感じていました。

衛館長から一番学ばせていただいたのは、心の動きをとらえることです。

常に人がどう感じているかを考えること、そこでもう少しで手が届きそうならその仕組みを考えて心を動かしてあげることです。

例えば鑑賞チケットについてです。全国の多くの文化施設では、当日券というと前日までより高く設定されています。それは、早くチケット収入の目途を立てたいという発想なのですが、それまではこれが当たり前だと誰もが思っていました。衛館長の発想は、「当日券はハーフプライスにします」というものです。全く逆の戦略はどうしてなのかというと、当日まで売れ残る席はそれまでより舞台から遠い位置の席になります。当然そうした席は値段を安くしてもいいし、それによってもっと多くの人に足を運んでもらって文化芸術を享受してもらいたいという発想です。満席になった会場では演じる側も、お客さん側も興奮度が高まり、最高のパフォーマンスと反応が生まれます。お客さんは半額なら大人のお小遣いでチケットに手が届くこともありますが、何よりまたこの場所に来たいと思っていただけます。

私のあしながおじさんチケットについてもそうです。「多くの子どもたちに文化芸術に触れてもらいたい」そんな願いを同じように持つ地域の企業や個人から受けた浄財で、子どもたちにチケットを届ける制度です。文化芸術を見せてあげたいけど、なかなか手が届かない家庭に代わって、地域が地域の宝である子どもたちに夢や希望を与えてくれます。子どもたちはここで経験と感動という宝を見つけ、寄付者には子どもたちが育っていく喜びが感謝の形となって返っていくといういい循環が生まれます。この制度は今、全国の文化施設が取り入れるようになってきました。

また、大型市民参加事業においては市民の皆さんが演劇、ミュージカル、ダンスとアーラの主劇場の大舞台で大活躍されました。一流のスタッフを揃え本格的な稽古を重ねる中で、市民が本番に向け仲間と緊張感を持ちながら自信と張り合いを身に着けていきます。その表情も稽古中どんどん変わり、人間としての成長が手に取るようにうかがえます。衛館長は参加者には気軽に声がけをされていましたし、何より夢を与えてくれたことで、大勢の人が生きるための張り合いを見つけました。それは館長の退任を知って駆け付ける市民の声にも表れています。またこうした舞台を経験したことでプロの役者への道に進む若者が可児市からも何人か出てきており、そのアドバイスもしていらっしゃいます。

衛館長の発想には、このように心の動きに合わせた優しさと仕掛けが随所にありました。まさに「衛マジック」です。人間の心をとらえた「人間の家」にふさわしい仕掛けが館長から放たれていたのです。

アーラといえば衛館長というように、アーラのスーパースターの卒業の影響は大変大きく、これから隣の席であの声が聞けなくなるのは寂しいですが、衛館長の教えは、職員にDNAとしてこれからも脈々と受け継がれていきます。私は衛館長と人生の中で仕事をご一緒させていただいたことが幸せでしたし、誇りに思います。今後は今までのように頻繁にお会いすることはできなくなりますが、アドバイザーとして可児市のアーラに足を運んでいただき、応援いただけるようお願いしています。お元気な限りは、まだまだ可児市に、アーラに関わっていただきたいと思っています。

そして今までアーラと可児市の文化芸術をここまで導いていただいことに心から感謝申し上げます。長い間お疲れ様でした。「ありがとうございました」