関係づくりのマーケティング。
ならば、アーツマーケティングの「マーケティング」とはどのような手法を指すのか、である。本来のMarketは、産業革命以前は「市場(いちば)」そのものや「市場に集う人々」を指す名詞であり、動詞としては「市場で取り引きする」ことを意味していた。二十世紀以前は、一般的には動名詞として使われていた言葉である。
産業革命以前のMarketは、農業生産物や手工業的な製品などの<モノ>を持ち込んで、それを必要と感じている人々とのあいだで商取引を成立させる場であると同時に、さまざまな情報の行き交う場でもあった。また、何がしかの芸を披露して日銭を稼ぐ芸人たちの場でもあっただろう。彼ら芸人や商人は、あわせて<情報=コト>の運び手でもあった。遠い町の話を彼らは面白おかしく伝えたに違いない。彼らは商人宿や芸人宿で情報交換もしただろう。そのネットワークでより広範の、そして多くの情報を蒐集して次の町へ運んだのである。そして、市場に集まる町の人たちの関心に合わせてカスタマイズした<コト>をさかんに供給したに違いない。
つまり、Marketは<モノ>と<カネ>が行き交う場所であると同時に、<コト>が飛び交うコミュニケーションの場でもあったのだ。長年にわたるコミュニケーションの相互に発生した集積によって<モノ>と<コト>の運び手と町の人々のあいだが、ただの商取引の相手というドライな関係ではなくて、信頼や信用という無形資産によって結ばれていったことは容易に想像できる。コミュニケーションの蓄積がコミュニティなのだから、「絆=信頼」とでも呼べる関係性が両者のあいだには成立していたに違いない。アーツマーケティングの「マーケティング」とは、この「絆」を切り結ぶ環境を整えることと、「絆」によって新しい価値を生みだす作法である。当該団体や施設に、帳簿には記載されないものの将来の収益を保障する「無形資産」を生み出し、蓄積し、形成することを指す。すなわち顧客価値を志向する双方向性のある関係づくりの作法のことである。いわゆる「リレーションシップ・マーケティング」や「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」、あるいは「データベース・マーケティング」と言われているものである。さらに言えば、ここでのマーケティングはコミュニケーションと同義であることを記憶していただきたい。
マーケティングからコミュニケーションへ。
私は平成20年度4月から、可児市文化創造センターの組織ツリーの総務課に「顧客コミュニケーション室」を設けた。WEBチケットシステム管理を所管して、データベースによる顧客との効果的、効率的なコミュニケーションを促進することを第一義的な目的としている。また、地元企業とのコラボレーションである「アーラ・ビジネス倶楽部」の運営や市民のライフスタイルに合致する多様なチケットシステムの展開、あわせてウェブサイトの運営も所管業務としている。いわば中長期的な顧客開発と顧客維持、顧客進化を目的とすると同時に、劇場組織全体にマーケティング意識を持たすためのリーディング部門としての役割を負っている部署である。米国や英国における私の良く知る地域劇場のマーケティング部には、2003年をあたりからコミュニケーション部、あるいはマーケティング&コミュニケーション部と名称を変更している例がいくつかある。
これは、地域劇場のマーケティングの「主役」はマスマーケティングではなく、コミュニティとの精微な関係づくりをするリレーションシップ・マーケティングやワン・トゥ・ワン・マーケティングであるとの認識が一般化しつつあることを物語っているのではないか。ワン・トゥ・ワン・メディアであるインターネットを活用した双方向性のあるコミュニケーションによって「顔の見える顧客」を創客することにスタンスを置きはじめたからなのではないか。新規の顧客を開発するのが困難をともなう時代となり、「顧客維持」にマーケティングのミッションをシフトしようとしているからなのではないか。マスメディアによる宣伝広報はそれを補完するものとして位置付けられているのではないか。そのようなマーケティング手法が芸術文化分野には最適であると認知され始めているからなのではないか。いずれにしても、何かが大きく変わろうとしているように思える。




