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集客から創客へ☆回復の時代のアーツマーケティング

第一章いまこそアーツマーケティングの導入を/創客へシフトせよ (3)

「マーケティング」という経営用語を「アート」の対極にある商業主義的な発想だと思い込んでいる芸術関係者はまだまだ多い。これからの論旨を展開するうえで、ここではまずこの問題に触れなければならないだろう。
「マーケティング・リサーチ」を実施して、その結果として抽出された顧客嗜好に合わせて作品を創ることなど堕落のきわみである、という誤解は根深いと思われる。専門分野はと訊かれて「アーツマーケティング」と答えると、そこで会話が途切れることもしばしばである。

マーケティングはアートを疎外するか。

フィリップ・コトラーとジョアン・シェフ・バーンスタインの共著『Standing Room Only』のなかには次のようなくだりがある。

自身の提供物が本質的に魅力的であると考えている団体のアーツ運営者は、真っ当な人物なら自分たちの上演するものに参加したくないわけがないと考えがちだ。芸術的に『必須なもの』との旗を掲げたアーツ・マネージャーは、団体が成功しないことを観客の無知や意欲の無さ、もしくはその両方に責任があるとし、自分たちを市場よりも高い所に位置づけることが多い。マネージャーの中には、単に自分たちの提供物の有益さを伝える正しい方法が見つかっていないとか、ターゲット顧客の中に存在する慣性を弱める正しい刺激が作れていない、と認めている者もいる。しかし実際には、非営利団体のかなりの数のマネージャーが、ある種の軽蔑を持って顧客を見ている。

このように、非営利芸術団体組織に蔓延するエリート意識を指摘している。また、「彼らの多くは自分たちの作品と恋に墜ちているあまり、正しい認識ができていない。市場は自分たちほどには作品に『メロメロに』なっていないし、もしかしたら違う方向に動きだしているのかもしれないのに」とも述べている。

さらに『Standing Room Only』では、ピュー・チャリタブル・トラストの行ったマーケティング調査の結果に対するフィラデルフィアのジャーナリスト、マーク・ランドールの反論が引用されていて、コトラーは「ランドールの批判に存在する神話」と断じてそれに反駁を加えている。以下はランドールの『Artist Meets Marketer』と題されたアーツマーケティングへの批判である。

「アートの本質とマーケティングの限界を考えてみたならば、マーケティングはアートに害を与えるだけだという結論に至るだろう。アートと商業の典型的な不一致は脇へ置くとして、アーチストがやることと、マーケターがやることは、正反対なのだ。アーチストは自分のしたいことをやった後で、それが人々に気に入られるよう望む。マーケターは人々が気に入るものを見つけそれを実行する。これをマーケティングの用語に置き換えるとしたら、マーケターは顧客志向で、アーチストは製品志向なのだということになる」

ランドールのこの一文を覆っている認識は、多くのアーチストが「マーケティング」という語彙に抱く危惧とほとんど同質のものといえる。ここにはコトラーが「神話」と言い切ったアンチ・マーケティング派=アーチスト不可侵派の抜き差しならない誤解がある。マーケッターは、「人々が気に入るものを見付けて」作品づくりに影響を与えようと威嚇する存在ではない。作品や舞台の提供の仕方を創造的に編み出すのがマーケッターの任務(task)である。いわば作品提供の作法に工夫をほどこすのがアーツマーケティングである。その意味でマーケッターはきわめて創造的な仕事(task)を担っているといえる。
「可能な限り幅広い観客にアピールするため、観客のニーズや好みを満たす形でアーチストの製品をパッケージし、伝えるという責任を、マーケターは負っている」、「マーケティングの専門家は、特定の観客、もしくは幅広い観客にアピールするために、アーチストの創造物と団体のビジョンを『パッケージ』する方法を知っている」と『Standing Room Only』ではマーケッターの任務(task)を規定している。

ランドールの誤解と偏見。

ランドールは20世紀型の大量生産・大量消費時代の「マスマーケティング」の手法をアーツマーケティングに横滑りさせて誤解しているに過ぎない。多くの人々がそうであるように「マーケティング」という言葉を曲解しており、そこから看過することのできない偏見を生じさせていると思われる。マーケティング=マスマーケティングではないのである。
「ランドールの誤解」はさらに「マーケターは顧客志向」と認識している点にも及んでいる。実のところ彼の認識している「マーケティング」という用語は顧客志向ではなく製品志向である。なぜなら、彼の言うところの「マーケティング」は、不特定多数に情報を流し、可能なかぎりに大きな「投網」を流れに打とうとする「マスマーケティング」を指しているからだ。「顧客志向のマスマーケティング」という語彙は成り立たない。不特定多数の潜在顧客に対してそのニーズに対応してカスタマイズ化された情報を流すなどというのは現実的には無理なことであり、論理的にも矛盾していている。多くの芸術聖域主義者のアーツマーケティングへの反駁は「マーケティング」という語彙への誤解と、そこから生じる感情的な嫌悪感によるものである。
考えても見るがいい。芸術はそれ自体で価値を持つものではない。それに立ち会う観客や聴衆がいてはじめて価値が成立するのだ。価値は作品と立ち会う人間とのあいだに成立する。その前提に立てば、音楽家であり教師であるジョン・スタインメッツの「芸術音楽をマーケティングする際に我々は、聴衆を消費者と取り違えてはならない。彼らは我々の製品の共同製作者なのだ!すばらしい観客がいなかったら、我々の製品は粗末なものになってしまうだろう」という発言がどれほど正鵠を得ているかが理解できるだろう。私たちは観客や聴衆を素晴らしい「共同製作者」へと進化させるマーケティングの重要性に着目して、そこに向かって思いを馳せ、歩き出さなければならない。


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