「創客の劇場経営 ― 人間を中心に据えるマーケティング」

第三章 ベス・チャトーの「奇跡の庭」のように。

「マーケティングとは、複数の当事者が相互に関わり合い、対話を通じて新しい価値を作り出し、ともに目的を達成し、かつ相互の変化と再組織を推進していく、継続的・螺旋状のプロセスをいう」
(井関利明 千葉商科大学教授)

「多くの場合、人はモノを見せないと、自分がそれを欲しいかどうかすら分からない」
(アップル社創業者スティーブ・ジョブス)

チケット購入は「良いものを上演します」という《誓約》を買っている

「地域に訊く」(listen to region=地域に耳を傾ける)と、私たちは自主事業の演目を検討する時やサービスの組み立てを設計するときに簡単に口にする。その姿勢はないよりはましなのだが、しかし、これほど難しいことはない。数値化された当該地域の基準があるわけではないし、あったとしても信頼に足りるかどうかははなはだ疑わしい。「市場調査」(マーケティング・リサーチ)などは、文化芸術には馴染まないばかりか、マス・マーケティングの手法であって文化芸術に対する顧客感度を測るものとは到底言えない。せいぜい最大公約数的な「建て前」のようなものが見えてくるだけである。それほど地域のニーズは簡単に割り切れるものではない。
あわせて、スティーブ・ジョブスの言うように、欲しいものが分からないという現代人の「欲望の浮遊性」があり、さらに舞台芸術は、舞台と向きあって初めて品質が確認できるという「認識の困難性」を大きな特質として持っている。さらには「無形性」や「一回性」という特質まである。舞台芸術のチケット購入は、「良いものを上演します」という主催者の《誓約》を買っているにすぎないのだ。以上のように、文化芸術、とりわけ舞台芸術のマーケティングには、二重三重の桎梏がある。したがって、それを探り当てるために前世紀の遺物である「市場調査」という、形のあるものを探って製品化するマス・マーケティングの手法を使うことは文化芸術には百害あって一利もない。自明である。

アンケートから「物語」とその背景を読み取る

まず私たちにできることは、「充分な意図」を持って設計された顧客アンケートに徹底的に目を通して、大掴みな傾向を抽出することである。「良かった」や「良くない」を計数的に集計するだけでは、何の手立てにも行き当たらないのは言うまでもない。アンケートを集計するのは、単なる「自己満足」と「自己完結」のためにだけのみ有効ではある。しかし、「地域住民の消費者行動の傾向」や、「チケット価格と鑑賞者感度との相関性」や、「舞台鑑賞前後の消費行動」は決して現れてはこない。これらを、アンケート設計にしたがってまず大掴みに把握することが出発点となる。ともかくも、劇場に足を運ぶという「コスト」を支払ってくれた人たちの、チケット購入の意思決定から鑑賞後の消費行動までを一連の流れとして「読み取る」ことが必要なのである。その意味で、アンケートは一人の人間の感性と生活感度と生き方の「物語」なのである。そして、その「物語」の背景からは、アーラの場合で言えば、可児というまちの「特有な価値観」や「地理的特徴」や「文化的感度」や「最大公約数的な生活信条」や「家計的特徴」などを垣間見ることができる。これが大掴みな「可児」の、いわばラフ・スケッチとなる。

さらには、行政が「市民意識調査」をやっているのなら、それを読み込んで、スケッチの精度をさらに磨きあげる必要がある。可児市役所は、2年に1回、「市民意識調査」を実施している。このなかには、「生涯学習・文化創造センターについて」という設問がある。これは非常にありがたい。今後、可児市文化創造センターで力を入れて実施してほしいことについて、「学校や福祉施設、医療施設など、文化以外の分野の機会との連携を強化し、子どもや高齢者、障害のある方など、芸術と触れる機会の少ない人を対象にした活動を充実させてほしい」の割合が第3位で13.6%と高い。可児市民にかなり特徴的な数字である。次いで、「市民参加によるまちづくり活動の場として充実してほしい」(12.3%)、「情報発信や市民の憩いの場・相互交流の場として充実してほしい」(11.9%)の順となっている。これらの要望のトータルが37.8%にものぼり、この町の人々の心豊かな生活へ欲求度の高さを裏付けている。ちなみに、「国内外の質の高い公演を積極的に紹介してほしい」が19.4%と最も高く、次いで、「有名な俳優や歌手などが出演する公演を企画してほしい」(18.4%)となっている。「様々な事業を展開しながら、市の魅力を全国に広めてほしい」(12.8%)なども、地政学的に不利な位置にある可児市に特徴的な市民要望ではないだろうか。

これらと合わせて、人口動態をはじめとする可児市の全体像を経年的に描くことに専心する。それらの作業を丹念に進める中から、「可児市民」が浮かび上がってくる。これに、私自身が生活をする中で感じている他の町との違い、特性を加味して、文化芸術や劇場に対する「市民感度」や「教育、福祉、まちづくりなどへの市民のニーズ」の輪郭をできるかぎり鮮明に描くわけだ。『アーラまち元気プロジェクト』(27事業区分267回 09年度実績 レポート・ウェブからダウンロード可)も、それらの作業に裏打ちされて組み立てられたコミュニティ・プログラムの集合である。

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