公共ホールの多くには割引を主体とした会員制度が存在する。しかし、固定費比率の高い舞台芸術においては観客数の確保にはなったとしても利益を確保することは難しい。
固定費比率を下げ利益を確保するために、装置型産業である舞台芸術においてはチケットの値段を割り引くことで集客する代わりに、顧客との間に関係資産(ロイヤルティ)を築くという発想が必要だ。ブランド・ロイヤルティの高い顧客は経済的な優遇をする必要はなく、人間的な共感をベースとしたサービスを如何に提供できるかが肝要となる。
経営環境における脅威とディスカウント型「会員制」の矛盾。
たとえば、オーケストラ、劇団、さらに公共ホールの多くは「会員制度」を持っている。固定顧客を確保し、シーズン当初にある程度の収入が見込める点で、芸術団体や劇場・ホールにとっては営業の中核としたい仕組みである。公文協の実施した「友の会調査」でも、「会員数をもっと増やしたい」と答えている公共ホールが77%と多い。「文化芸術の普及」を目的としているホールが35.8%あるが、公共ホールの設置目的から言えば当然の回答ではある。ただ、「会員制度」を一概に「文化芸術の普及」に押し込めてしまうのはいかがなものかと思う。文化政策は「文化芸術の普及」を使命とするだろうが、劇場・ホールの社会的役割は市民の豊かなライフデザインに寄与することであるはずだ。むしろ、「主催公演の集客」をあげた館が55.8%あり、こちらの方が本音ではないか。
ここで、「会員制度」は芸術団体や劇場・ホールの側の都合によって作られた集客の仕組みではないか、と疑ってみる必要はある。生産者主権の制度構築ではなかったか。顧客囲い込みの一方策にすぎないのではないか。多くの場合はチケット料金の10%OFF、優先予約、ニュースレターの送付などが特典であるが、なかには会員には最大50%OFFでチケットを販売している芸術団体さえ見受けられる。
固定費比率の高い舞台芸術にあって50%OFFという価格政策は、ともかく客数だけは確保するというもので、明らかに「動員」や「集客」に類するシステムである。ましてや日本の芸術団体が抱える外部環境は、劇場・ホールを一定期間借り受けて公演をするという世界的にみて特殊な形態にあり、劇場費や稽古場費がかさんで固定費比率が90%を軽く超える高止まりが一般的である。
利益を上げるのには三つのシナリオがある。そのひとつに固定費比率を下げるというのがある。仮に売上高と限界利益率を維持できていれば固定費比率を下げれば損益分岐点も下がり、それだけ利益は増加する。損益分岐点比率は低ければ低いほど収益性が高く、かつ売上減少に耐える力が強いことを意味して経営が安定していると判断される。固定費比率が高止まっていること、劇場・ホールを借り受けて公演することで劇場費がかさみ一席あたりの限界利益率が低いことを考えると、50%OFFという価格政策はとりあえず集客のみにフォーカスした目先の思いつきのたぐいであり、無謀としか思えない価格政策と言えるのではないだろうか。
芸術団体は自分たちの内部環境と外部環境を「強み(strength)」、「弱み(weakness)」、「機会(opportunity)」、「脅威(treat)」に分析して経営戦略を編み出すSWOT分析(後述)をすれば、公演をする劇場・ホールを自らが所有していないという事実は「脅威(treat)」の第一にあげられるであろう。ということは、損益分岐点分析をして客席一席あたりの分岐点をなるべく低くすることにまず尽力するのが、公演場所を借り受けて公演をするという特殊性をもっている日本における舞台芸術マネジメントの基本的な考え方となる。
かりに400人キャパシティの劇場の一日の借料を40万円とすると、4000円の入場料なら100席分の売り上げは劇場費に消えてしまうことになる。たとえ満席であっても通常料金でさえなんと収入の25%が劇場費となるのである。あとの300席からの売り上げで舞台費や出演料や広報宣伝費、稽古場借料及び経常経費などを賄わなければならないことになる。そのうえチケット代金を50%OFFにすれば、200席分の収入が一日の劇場借料に消えるわけだ。たとえあとの200席をソウルド・アウトしても、その200席分の売り上げですべてを賄わなければならないというおよそ不可能な計算式の前で頭を抱えなければならなくなる。日本の舞台芸術の経営の構造的な脆弱性がここにある。
ましてや舞台芸術は装置型産業でもあり、評判を取ったからといって劇場の借り上げ期間を延長して売り上げを無限大に伸ばすことはできない。日本における舞台芸術の公演日程は、およそ一年前から二年前には動かしがたく決められてしまっている。客席数と公演回数によってあらかじめ限界売上が決まっているのだ。したがって、ロイヤルティが高いと思われる顧客=会員に対して大幅の割引をするというのはアーツマネジメントやマーケティングの立場にたてば逆立ちした考え方である。
ブランド・ロイヤルティの高い顧客をつくり、組織することは重大事だが、その顧客を経済的に優遇する必要はない。別のかたちでの差別化によって優遇すべきである。何しろ彼らのブランド・ロイヤルティは高いのである。




