経済的なゆとりについて「家計調査報告」をもとにして見てみると、平成18年度の全国・勤労者世帯の実収入は対前年比0.5%増(名目)の525,254円、可処分所得は同じく0.3%増(名目)の441,066円となり、企業業績の回復が家計収入にも僅かではあるが反映してきている。しかしながら、消費支出は320,026円と前年(17年度)より2.9%の減少となり、個人消費が回復局面とは到底言えない。余暇との関連性のある「教養娯楽費」は2.9%のマイナス、趣味・創作部門は前年比1.4%のマイナスと芸術文化関連への消費マインドは冷え切ったままである。
余暇=文化的消費行動と単純に考えるべきではないが、消費マインドの冷え込み、余暇時間の実質的減少という外部環境の変化で芸術鑑賞愛好者でさえチケット購入を手控えるだろうことは想像に難くない。あわせて舞台芸術のチケットを購入するという行為は、購入者が一方的にリスクを負うことを意味している。舞台芸術の商品特性のひとつである「認識の困難性」がその原因である。
認識の困難性をいかに克服するか
「認識の困難性」とは、これも舞台芸術の商品特性である「生産と消費の同時性」からくるもので、チケット購入時にはその品質についての保障はない。「見込み客はずばり『満足を与えます』という誓約を買っている」(セオドア・レビット『無形性のマーケティング』)のである。この「誓約」には情報の非対称性が圧倒的に存在する。売り手と買い手の持っている商品情報や予備的知識に大きな隔たりが存在するのだ。幕が開いてみないと分からないという不確実性が舞台芸術のチケットを購入する行為には逃れようなくあり、可処分所得の目減りや余暇時間の品質に対する消費者の厳しい姿勢からみても芸術団体や劇場・ホールが厳しい環境におかれるのは構造的な「宿命」と言えないこともない。舞台芸術は、店頭で手に取ったり、試しに作動させてみたりということのできる商品とは根本的に異なった非物質的生産物=「無形性」をその特性としている。にもかかわらず、あらかじめ対価として決して安くはない金額を支払わなければならない。その購買行為には、顧客側だけがリスクをとるという片務性があるのだ。行動経済学でいう「損失回避性」が、勤労者所得の9年間にわたる減少と家計における可処分所得の低減を背景に不確実性の高い舞台芸術へのアクセスを減少させているとは考えられないだろうか。この不確実性(認識の困難性)をいかに克服するかが、アーツマネジメントやアーツマーケティングの重要課題のひとつであることは確かだ。
行動経済学からみる舞台芸術チケットの消費行動
従来の経済学では、「すべての人間はつねに合理的な判断を下して効用という満足度を最大化しようとする」というホモエコノミクス(経済学的人間)を前提としているが、行動経済学とは、生きた人間の行動は時として非合理な感情や直感や慣習に支配されることがある、ということを説明するもので「価値関数」と「確率加重関数」によって構成されている。「損失回避性」とは価値関数の一要素で、実証研究では利得と損失の金額を同額とすると、人間は損失のほうを2倍から2.5倍にも評価するという。損失の方を大きく感じるのである。損失を感じる可能性のあるものを極力回避しなければならない経済的な外部環境が現にあり、しかもその損失を2倍から2.5倍に評価するなら、不確実なものに手を出すのを控えようと思うのは必然的な成り行きである。「認識の困難性」は、とりわけ経済環境の停滞期における舞台芸術とそのマーケティングにとってかなり厄介な特性である。
余暇時間の希少化からくる消費品質への厳しい選好性もまた、舞台芸術にとってかなり重い負荷である。むろん、すでに述べたように余暇時間と芸術消費のあいだに厳密な相関性や合理性があるわけではない。しかし、余暇時間と時間消費の品質にはかなりの程度の相関性は認められる。それは「経験価値」の品質に関わる問題と考えてよい。




