
Session1.地域公共ホールの未来を展望する。シンポジウム(6)
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2009年2月6日(金)・7日(土)に愛知芸術文化センターで行われた「世界劇場会議 国際フォーラム2009 地域の文化環境、再生へ向けて。」の模様を掲載します。
世界劇場会議は、地域における舞台芸術の創造と社会基盤造りをめぐる諸問題を世界的規模において議論する場として始まり、 「芸術家」「制作者」「劇場技術者」「コンサル・シンクタンク」「行政」「企業」「研究者」など、劇場にかかわる幅広い人々が一同に会し、劇場という総合体について語り合う場です。
キーマンはその土地に思い入れを持ったプロデューサーでは?
衛:それでは再開したいと思います。少し指定管理者のところに踏み込んだわけですが、さらにこの論議を膨らますようなご意見をフロアからいただきたい。挙手をお願いします。所属とお名前をいただいて、ご意見を述べていただきたい。
一般的なご意見というよりも、今の流れを膨らますような、今、指定管理者の所まで行きましたが、実際現場でどうなのか、こういう事例を見たとか、指定管理者について私はこういう意見を持っているなどをいただければ幸いだと思いますが。
会場:横浜から来た中坪といいます。私は40数年にわたって公立文化施設の行なう文化事業と対峙して関わりをもって現在も続いています。一方で私は今リタイアして社団法人全日本郷土芸能協会の常務理事という立場にいます。私がその長い経験の中から感じていることは、これからは住民の支援が無い限り、そのホールがどんなに素晴らしいコンセプトを出してもダメになるだろうということです。やはりそのキーマンになるのは首長もさることながら、その土地で思い入れを持ったプロデューサーで、そういった立場の人が育たなければダメになるということを見てきました。それはホールの館長、管理者、次第ですね。どんな有能な志を持った人がいても管理者がまったくやる気を示さない所がかなりあって、その管理者次第でだめになってしまいます。それからどんなにすばらしい方がホールに来ても、ずっとその場にいるわけではなく、その人がいなくなった途端、幽霊屋敷のようなホールになってしまったというところが全国的にあります。そのホールが続くかは有能ということよりも地域をよく分かっているやる気のあるプロデューサー次第だと思います。
伝統的なものを基本にした新しいコンセプトを
もう一つは岐阜県や愛知県は全国的に見ても民俗芸能・地域伝統芸能が奇跡的に残っています。数多くの芝居小屋・お宮の境内の舞台・能楽堂のようなものがいっぱい残っています。現実に使用されているところもあります。なぜそういうものを、そのままになっているかというと、先ほどからおっしゃっているような土木行政型政官癒着の構造で、立派な施設があるにもかかわらず、そばにそういうものを潰して新しいホールを造ったということがあります。仕事でイギリスに行きますがイギリスでは築何百年といった建物があります。そういうものを壊さないで、リニューアルして現状に合うようなものにしています。日本の場合はいきなり壊してしまって、更地にして、新しいものを造って、今頃大騒ぎしています。しかし、そういうことの反省も出来ていて、たとえば、神岡にある船津座が伝統芸能的なものを、古いものをリニューアルしてやっています。それから富山県の南砥市にある城端座とか、そういう伝統的なものを基本にした新しいコンセプトを作りつつあって、しかしこういうものをやるにはノウハウの蓄積がないとダメなんです。そういうところにはプロデューサーがいるわけです。そこの館長だとか、その人たち次第でどのようにも変わってしまいます。やっぱり人を育てていかないと特に地域ではお年寄りがすごく多いわけですから、若者がやってしまうと若者の視点以外見えなくなってしまうし、都会のものしかやっていない人たちは首都圏の発想しかもっていないだとか。
やはりこれからの人たちというのは、せっかく素晴らしい地域に伝統芸能がいろいろありますので、そういうものも勉強して欲しいと思います。隣の情報コーナーに、愛知県下でやっている様々なイベントのチラシがあります。ご覧になると分かりますが残念ながら99%クラッシック音楽です。名古屋・岐阜のこの辺のものはぜんぜんありません。そういうのが現状で、地元のものを見つめながらしないホールというのはおそらくこれからは住民の支援も得ていかないだろうし、ますます予算が厳しくなるだろうし、これからは住民の目線に合ったものをやっていかない限りは滅びていくであろうと思います。それは館長次第であるというのが私の結論です。