元来、日本は芸能は好きな国民
日本には、一時、全国に2000ぐらいの芝居小屋があり、寄席が500ぐらいあるなど、日本は芸能は好きな国民でした。村に芝居がまわっていたし、東京では辻々の寄席で芸能を見ていました。ロンドンでいえばパブみたいなものです。戦争があり、映画とテレビなどメディアが発達する中で、実演芸術の社会的な意味を捉えなおしきれていないと思います。ヨーロッパは都市の中心に劇場を作りますが、日本は中心部のはずれに再開発のように劇場を作る。要するに社会構造と芸術の位置が違い、日本では制度の外、制外人のように位置づけてきたのではないかと思います。
衛:土建行政と住民の要求が結婚してしまったと。本来、日本人は芸能というかパフォーミング・アーツが好きであり、沖縄に行くと、シバイシー(沖縄の大衆演劇)という言葉があったり、リキア芝居(知識人がしている芝居)があります。日本は明治以降、知識人層が芝居をやることにより、庶民と乖離を起こしたのではないでしょうか。
劇場は漢方薬―文化を通して地域が自己治癒力で回復する
西川:グラスゴー・シチズンは、駅の近くで整備された安全な場所にありますが、一時期、劇場の周辺がスラム化してしまったことがありました。そのときに、再開発で一気に周辺を整備しようと市が考えたのですが、強引な再開発に劇場が反対して、劇場に多くの人が来るような取り組みをしました。また、スラムに住む人に劇場に来てもらうための工夫をしました。そのうちにだんだん犯罪が少なくなり、人が来るようになり、随分、安全なまちになっていった。それから低所得者向けの住宅を作り、都市計画を進め、安全なまちを進めていったという例があります。文化が人と人を結び、知り合いに対しては犯罪を起こしづらいので、劇場がそういう関係性を作っていったといえます。それを聞いて、劇場はゆっくりかもしれないけど大きな力になると思いました。文化は特効薬でなく漢方薬でしょう。一時、特効薬として文化が求められたこともありますが、そうではなく、地域の自己治癒力を文化を通して回復していく、そのために劇場があるのではないでしょうか。劇場は互いの違いを認め合い、豊かさに変えて行く装置
衛:まったくその通りだと思いますねえ。長い時間をかけて社会的な成果が出てくるものです。劇場は、集い、出会い、語り合い、知り合うという場所で、お互いの違いを認め合い、豊かさに変えて行く装置で、それが人間のもっている「社会性」で、社会性が発揮されることによりグラスゴーは犯罪が多い地域からゆっくりと確実に変わって行ったのでしょう。劇場はそういうものでしょう。大和さんの言われたとおり、住民のきわめて素朴な欲求と土建行政が結婚したのというのは名言ですねえ。
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