2009年2月6日(金)・7日(土)に愛知芸術文化センターで行われた「世界劇場会議 国際フォーラム2009 地域の文化環境、再生へ向けて。」の模様を掲載します。
世界劇場会議は、地域における舞台芸術の創造と社会基盤造りをめぐる諸問題を世界的規模において議論する場として始まり、 「芸術家」「制作者」「劇場技術者」「コンサル・シンクタンク」「行政」「企業」「研究者」など、劇場にかかわる幅広い人々が一同に会し、劇場という総合体について語り合う場です。
セッション1 地域公共ホールの未来を展望する(2009年2月6日)
パネリスト
中川幾郎(帝塚山大学法政策学部)
荒起一夫(吹田市文化振興財団理事長)
大和 滋(芸団協芸能文化振興部)
西川信廣(劇団文学座演出家)
コーディネーター
衛 紀生(可児市文化創造センター館長兼劇場総監督)
衞:ここからは、みなさんからご意見をお聞きしながら、フロアとも対話を進めながら、明日も含めていろいろ意見を交わして行きたいと思います。今、地域の公共ホールはどのような状況におかれているか、過去どういう経緯で出来てきたのか、そこで何らかの齟齬はなかったのか、現在どういう問題を抱えているのか、将来どのようなグランドデザインをつくるべきなのか、また、最後に現在進められている劇場法がどういう方向に向いているのかを大和さんから紹介をいただきたいと思います。
まず、80年代後半から90年代にかけて、およそ10年間、公共ホールの建設ラッシュがありました。全国で1週間に3館前後がオープンしているという異常な状況でした。そのころ、どのようなことが考えられていたのか、また、どのような根拠で設置をされていったのかを、中川さんからお話いただけますか。
中川:公共ホールの建設ラッシュについて、私の理解するところでは、最初のスタートは、大平内閣の“地方の時代・文化の時代”が理念的な根拠を与えていたと思います。地方の時代を受けて地方分権のベースができ道が開かれて行き、地方文化ということも自覚されるようになった。その後、不幸な流れがあって、日本の輸出拡大によるアメリカの反日感情が高まったときに、わが国の政府は、アメリカへの輸出ドライブを抑制するために、内需拡大の確約を行った。それを短期間で達成するために、わが国の政府は公共事業を実施したかったが財政上、国債発行は難しい状況であったので、そこで地方債の発行などによる地方財政を動員して公共土木事業を起こしました。地方債の元利償還金は地方交付税・交付金で、穴埋めをするという約束をしました。今回の市町村合併も同様です。地方公共団体も上下水道や道路はある程度できていたため、地方の時代・文化の時代として、文化施設の建設を推奨し、地方公共団体は、文化ホール、美術館、博物館、図書館など、文化施設の建設をしていきました。公民館は、それまでに建設され、ネットワークも完備されていたため、あまり増設されなく、一番増えたのは文化ホールでした。
その反省をきちんとしなければならないと、この劇場会議でも問題が指摘されました。しかし、それが結実するスピードより、バブル崩壊のスピードが速く、今度は、文化ホール、美術館、博物館がものすごい悪者になってしまい、その振れ幅の大きさの中で、もう少し、地に足の着いた文化ホールのあり方を言わねばならないと考えているうちに、今度のリーマンショックがあり、市町村大合併がありました。市町村合併により、例えば、1つの自治体の中に4つも文化ホールがあり、文化ホールがお荷物なので、2つか3つはつぶしてしまえという動きも出てきています。いづれにしても文化ホールが悪者になり、非常に悲しいことです。アーラのように文化ホールというのは本来、図書館や公民館とさほど変わらない、地域住民の生活自立・生活技術とか、結びついて発達して行くべきものであると私は思っています。




