チケットシステムについては、インターネットで予約できるようにした。Dan-Danチケットとは、だんだんチケットの値段が安くなるしくみで、日本ではおそらく他ではやっていない。
2週間前から15%OFFになり、当日は午前0時から50%OFFなる。インターネット予約のみである。劇場は装置型産業であるので、開演になったとたん空席は価値がなくなる。そのための経済的な根拠もあるが、空席が出るよりも、より多くの人に見てもらいたい。空席で見るよりも満員で見た方がお客様の受け取る価値が高まる。価値を高めるための仕組みである。もちろん、ハーフプライスの席は悪くなる。これは日本で初である。
ビッグ・コミュニケーション・チケットは、4-5枚は10%引き、6-7枚は20%引き、8枚以上は30%引き、1人のお客様の後ろに隠れているお客様をお客様自身に掘り起こしていただこうというものである。データでは1人で観る人の割合は20数%である。フジテレビの調査では28%、フランスの文化コミュニケーション省の調査では14%である。他は必ず複数で見に来ている。それを堀り起こすチケットである。
ライフスタイル提案型のチケットや企業メセナ推進モデル事業として「私のあしながおじさんチケット」として企業にパッケージチケットを買ってもらい、学生にプレゼントする制度もある。また、バースデイ・サプライズは、会員登録されている方は誕生日がわかるので、各公演で誕生日月の人の席に、職員の手作りバースデイカードとバラ、それに関連グッズがあればそれを置いている。そして私からそのお客様にご挨拶に行っている。これもお客様の経験価値を高める取り組みである。
イギリスの芸術評議会が、優れた劇場の定義として2つの言葉をあげている。1つは、私たちは崇高な芸術でなく、人間についての仕事をしている(We are about people,not art.)、私たちは興業ではなく、体験を提供している(We offer experiences,not shows. )。
私はこの2つのことを目標として、劇場事務所の壁にこの言葉を貼っている。これが使命であり、仕事であり、タスクであると考えている。アーラは非常にポテンシャルのある劇場であり、地域劇場としてそのポテンシャルを引き出せば、可児市民にとって非常に便益の高い施設になると考えている。以上のような自分の考える地域劇場、社会機関としての地域劇場を、このアーラでも少しでも実現したい。
2週間前から15%OFFになり、当日は午前0時から50%OFFなる。インターネット予約のみである。劇場は装置型産業であるので、開演になったとたん空席は価値がなくなる。そのための経済的な根拠もあるが、空席が出るよりも、より多くの人に見てもらいたい。空席で見るよりも満員で見た方がお客様の受け取る価値が高まる。価値を高めるための仕組みである。もちろん、ハーフプライスの席は悪くなる。これは日本で初である。
ビッグ・コミュニケーション・チケットは、4-5枚は10%引き、6-7枚は20%引き、8枚以上は30%引き、1人のお客様の後ろに隠れているお客様をお客様自身に掘り起こしていただこうというものである。データでは1人で観る人の割合は20数%である。フジテレビの調査では28%、フランスの文化コミュニケーション省の調査では14%である。他は必ず複数で見に来ている。それを堀り起こすチケットである。
ライフスタイル提案型のチケットや企業メセナ推進モデル事業として「私のあしながおじさんチケット」として企業にパッケージチケットを買ってもらい、学生にプレゼントする制度もある。また、バースデイ・サプライズは、会員登録されている方は誕生日がわかるので、各公演で誕生日月の人の席に、職員の手作りバースデイカードとバラ、それに関連グッズがあればそれを置いている。そして私からそのお客様にご挨拶に行っている。これもお客様の経験価値を高める取り組みである。
イギリスの芸術評議会が、優れた劇場の定義として2つの言葉をあげている。1つは、私たちは崇高な芸術でなく、人間についての仕事をしている(We are about people,not art.)、私たちは興業ではなく、体験を提供している(We offer experiences,not shows. )。
私はこの2つのことを目標として、劇場事務所の壁にこの言葉を貼っている。これが使命であり、仕事であり、タスクであると考えている。アーラは非常にポテンシャルのある劇場であり、地域劇場としてそのポテンシャルを引き出せば、可児市民にとって非常に便益の高い施設になると考えている。以上のような自分の考える地域劇場、社会機関としての地域劇場を、このアーラでも少しでも実現したい。
今現場で起こっていることは、たくさんある。まず、指定管理者制度がある。指定管理者制度に対して、劇場・ホールの側がかなり慌てている。ひどいところは、給料が6割カットされ、人員が整理され、まちの真ん中で廃墟になってしまっている例もある。その中で、公共施設におけるアートマネジメントはずっとその重要性が言われ続けているが、公共文化施設にいまだに「経営」という概念が不在である。アーツマネジメントが不在ということは、ソーシャルマーケティングも不在である。地域社会に働きける社会機関となることを自らが放棄している。これはかなり深刻な問題で、これであれば運営が民間に変わっても、事業や運営の内容は変わらないので、代替可能であるといわれても仕方ない。余人を持って変え難しというマネジメントをしていない。この経済環境の中では、社会機関として成立しないのであれば、民間で安いほうに任せるというのは当然の動きである。社会機関として精一杯の取り組みをしても、厳しい経済環境の中、劇場を経営するのに非常に大きな不安を抱えている。アーラで、これだけやってきても、決定打にならない、大丈夫だということにならないのである。
また、指定管理者について別の視点からいうと、雇用問題があり、例えば、課長以下がすべて非正規職員になっている例もある。雇用調整としてのモノとして人が扱われており、マネジメント・技術・人脈等の蓄積が起こっていかない。これは指定管理者制度に起因する深刻な問題である。特命で指定管理者となっている財団でも職員の非正規化の傾向があるが、これは劇場・ホールが自らの首を絞めていることと同じである。。
経験の蓄積や技術集積やマネジメントの哲学が不在であれば、安価な運営をする民間企業が指定管理者になるのには、一定の合理性がある。財団が継続的な指定管理者となるためには、アーツマネジメントで理論武装して、実際の活動の中で実践し続けるしかない。もっと勉強をしてほしい。
また、指定管理者について別の視点からいうと、雇用問題があり、例えば、課長以下がすべて非正規職員になっている例もある。雇用調整としてのモノとして人が扱われており、マネジメント・技術・人脈等の蓄積が起こっていかない。これは指定管理者制度に起因する深刻な問題である。特命で指定管理者となっている財団でも職員の非正規化の傾向があるが、これは劇場・ホールが自らの首を絞めていることと同じである。。
経験の蓄積や技術集積やマネジメントの哲学が不在であれば、安価な運営をする民間企業が指定管理者になるのには、一定の合理性がある。財団が継続的な指定管理者となるためには、アーツマネジメントで理論武装して、実際の活動の中で実践し続けるしかない。もっと勉強をしてほしい。
もう1つは、公益法人改革である。2008年12月1日に施行され、5ヵ年の経過措置がある。現在の財団が、公益財団法人と一般財団法人に分かれる。アーラでは総務の職員に担当者を置き、制度研究や作業工程を検討している。公益法人になると、寄付税制やみなし寄付制度をはじめさまざまな特典はあるが、それよりも、公益性を認証するのが、基礎自治体(設置自治体)でなく、上位(広域)自治体になる、この事実が大きい。これが指定管理者の問題にかなりインパクトを与えると、私は予想している。
また、特に中四国や九州において、ネーミングライツで、財政が厳しい中、収益を上げようとしている公共ホールがある。日本のネーミングライツは、運営資金を出してもらうのである。ネーミングライツ・ビジネスの発祥地であるアメリカでは、建設資金をひねり出す手法である。セーフコという保険会社によるセーフコフィールドをはじめアメリカのボールパークはほとんどネーミングライツで作られている。契約期間は30年、40年で150億円、200億円、300億円という契約である。日本では、例えば、中京大学文化市民会館は年間5000万円で5年間、とりぎん県民会館の鳥取銀行は年間1500万円で3年間である。契約期間終了後は、ホールの名前が変わってしまうのだろうか。いいちこホールなど九州をはじめ西日本で文化会館のネーミングライツが多い。こういう収入に頼るよりも、仕事の質・クオリティを見つめ直したほうが良い。
最後に、私は社会機関としての文化施設こそが、公共的な地域劇場のグランドデザインであると考えている。そこにたどりつかないと存立の根拠をなくしていくだろう。100年に1度の世界恐慌の中、撤退を余儀なくされることがあろう。また、どこの民間さえも受託できない価格を行政が提示して、廃館していくということも起こるだろう。グランドデザインに向かって、どういうふうに戦術を作って行くかということが、経営者や顧客価値の演出家としての職員が今後担って行く仕事であろう。劇場法は、おそらく、その先の問題であろう。
私の基調報告は以上で、この後、シンポジウムに入って行きたい。
また、特に中四国や九州において、ネーミングライツで、財政が厳しい中、収益を上げようとしている公共ホールがある。日本のネーミングライツは、運営資金を出してもらうのである。ネーミングライツ・ビジネスの発祥地であるアメリカでは、建設資金をひねり出す手法である。セーフコという保険会社によるセーフコフィールドをはじめアメリカのボールパークはほとんどネーミングライツで作られている。契約期間は30年、40年で150億円、200億円、300億円という契約である。日本では、例えば、中京大学文化市民会館は年間5000万円で5年間、とりぎん県民会館の鳥取銀行は年間1500万円で3年間である。契約期間終了後は、ホールの名前が変わってしまうのだろうか。いいちこホールなど九州をはじめ西日本で文化会館のネーミングライツが多い。こういう収入に頼るよりも、仕事の質・クオリティを見つめ直したほうが良い。
最後に、私は社会機関としての文化施設こそが、公共的な地域劇場のグランドデザインであると考えている。そこにたどりつかないと存立の根拠をなくしていくだろう。100年に1度の世界恐慌の中、撤退を余儀なくされることがあろう。また、どこの民間さえも受託できない価格を行政が提示して、廃館していくということも起こるだろう。グランドデザインに向かって、どういうふうに戦術を作って行くかということが、経営者や顧客価値の演出家としての職員が今後担って行く仕事であろう。劇場法は、おそらく、その先の問題であろう。
私の基調報告は以上で、この後、シンポジウムに入って行きたい。




