可児市文化創造センター(Kani public arts center ala)

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世界劇場会議国際フォーラム2009  於 愛知県芸術文化センター

Session1.地域公共ホールの未来を展望する。

2009年2月6日(金)・7日(土)に愛知芸術文化センターで行われた「世界劇場会議 国際フォーラム2009 地域の文化環境、再生へ向けて。」の模様を掲載します。

世界劇場会議は、地域における舞台芸術の創造と社会基盤造りをめぐる諸問題を世界的規模において議論する場として始まり、 「芸術家」「制作者」「劇場技術者」「コンサル・シンクタンク」「行政」「企業」「研究者」など、劇場にかかわる幅広い人々が一同に会し、劇場という総合体について語り合う場です。

ラウンド1. 指定管理者の現在と今後、新公益法人改革、劇場法、そして創造都市へ。

セッション1 地域公共ホールの未来を展望する(2009年2月6日)

基調報告(衛 紀生)
基調報告というものより、後段に控えているシンポジウムへの伏線と話題を提供しようと考えている。本日4時間、明日2時間の長丁場である。この議論を踏まえて宣言というか提言を考えていきたい。
お手元の資料の中に封入されている1993年にとりまとめた名古屋宣言をご確認していただきたい。事務局が名古屋宣言の達成度について検証するそうであるが、皆様も検証していただきたい。1993年とかなり早い時期にまとめられたもので、ここはどうかなと思うところがあるが、20年ぐらい先を見据えた提言といえる。
さて、私は、21歳から演劇評論家・歌舞伎評論家として出発し、およそ20年間は東京で芝居を見て、テレビやラジオでしゃべり、原稿を書いていた。私が地域に出始めたのは、40歳前後のときである。その頃の東京では小劇場ブームになり、とにかく新しいものであればすべてウェルカムであるという状況になってしまった。また、笑いというか、お客様の目の欲望にかなう芝居ばかりを作っていることに嫌気がさして、テレビもラジオも連載もやめて地域に出始めた。それからずっと地域の公共劇場とはなんだろう、地域の公共劇場がどうあるべきか20数年考えてきた。さまざまな国の地域劇場に行き、国内はほぼ全県をまわって調べたり、報告をするなど研究を進めてきた。ほぼ10年ぐらいたって、公共的な地域劇場は本来どうあるべきであるか、おぼろげながら見えてきた。そのときに、北海道の北海道劇場計画に主査という形で、基本構想、基本計画、基本設計、PFI調査と6年間携わった。札幌駅前に建設する予定であったが、知事の交代により計画が凍結になった。そのプロセスの中で、私自身が考えてきた地域劇場と具体的な計画に落として行く作業をすることができた。

計画が凍結になった後、大学で私のやってきたことのDNAを次の世代に残そうとして、一線から退いた。そして可児市文化創造センター・アーラに、昨年の4月から、自分の最後の仕事場として着任して、自分の考えてきた公共的な地域劇場をつくろうとしている。
私がやってきたのは、とりわけ中小都市(基礎自治体)の公共性を持った劇場はなんだろうとということだ。基礎自治体が設置する劇場(公共ホール)は、住民の生活に近いところで、文化芸術の社会性が機能する場所であるべきと考えている。文化芸術の愛好者のみに開かれた芸術の殿堂ではない。例えば、可児市は人口10万人であるが、そういうまちに芸術の殿堂は必要ない。
それよりも、すべての市民、多くの人々の思い出がつまっている人間の家であるべきというのが私の考えである。高尚な文化芸術を専らとする施設でなく、市民の生活の隅々まで実りをもたらせる、広い意味での市民の福祉(ウェルフェア)を担保する施設が、本来的な中小都市の地域劇場のあり方であり、地域公共ホールのあり方であると考えている。
憲法13条にある幸福追求権を担保するものとして公共地域劇場の存在がなくてはならない。
文化芸術振興基本法の第2条にある文化権、つまり、文化を鑑賞し、参加し、創造する権利のみを担保するものではなく、最も広い意味で広範な権利、つまり、幸福追求権を担保するものでなければ設置した意味はないと私は思っている。無論、そのことを考えて設置された公共ホールは日本にない。地域文化振興を専らとする抽象的な意味で作られたホールが非常に多い。私は、それではいけないと思っている。地域を文化化するということは、多くの文化イベントが行われることでは絶対なく、人と人の関係が円滑に、実り豊かな関係が結ばれる、そのような環境を作ること、それが地域を文化化することであると考えている。ただし、日本におけるアーツというか、文化芸術の存在は、非常に高い障壁を持っている。国民、市民、住民の生活から乖離する大変不幸な状態になっている。

「芸術の売り方」という(ジョアン・バーンスタイン著、原題:アーツマーケッティングインサイト)本が大いに売れたそうだ。彼女いわく、アーツの側と観客の側の一種のエリート主義がもたらしたものが芸術の障壁と分析している。日本においても、その障壁はかなり高いものがある。地域劇場のあり方を考える上で、どうしてこうなのだろうかと考えてきた。
そういう風にしか国民の中に文化芸術が存在しなかった。あるいは、自分と縁のないことと人間が一生過ごしてしまわれるアーツのあり方は非常に不幸で、ある意味では、人々の基本的な権利のひとつである文化権そのものをアーツのあり方が排除してきたと考えている。とりわけ、地域における公共文化施設は、市民や住民に寄り添う社会的な基盤である。文化施設ではなく、特に基礎自治体の設置した文化ホールは、社会的な機関として役割を果たさなければならない。それは、文化芸術振興基本法の32条にうたっている、教育機関、福祉機関、医療機関との連携を具体的に実施していくことである。豊かな実りを地域にもたらす社会機関としての公共ホール(劇場)でなければ、存在する理由がないと考えている。

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