いずれにせよ、マーケティングやブランディングの効果を、短期間に時系列でアウトカムが見えたことはアーラの現在位置を知るうえでの一助となった。「創客のマーケティング」が少しずつだが前進していることが確認できた意義は大きい。「創客」が新規顧客を開発するのみならず、経験価値の高度化によって顧客進化をとげたロイヤルティ(帰属性)の高い顧客を創出することでもあることが数字によって証し立てられた意義も小さくない。結局ブランディングを進めるということは、お客さまの立場で経営戦略を考え、お客さまにとって新しい価値を提供し、また新しい価値への期待感が高まるような高品質のサービスを提供し続けることに尽きるのではないだろうか。
しかも「公共」であることは忘れてはいけない。売上高や利益を上げれば事足りるとは決して思わないことである。私たちの経営戦略のいちいちが、地域社会への「投資」になっていなければならないのである。そのため、利益を上げようと、おおよそ決まっている地域における「慣習価格」を無視すべきではない。「公共」であるということは、多くの「利益」をアウトプットすることではなく、多くの人々の生きる意欲を喚起するための「経営=新しい価値の創出」をいかに広く、多くの人々と共有できるかである。その意味で「創客」とは共生のための経営哲学であり、マーケティング技術であると言えよう。
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おわりに。
可児市文化創造センター(ala)の館長兼劇場総監督として就任しておよそ二年間。ここ10ヶ月で書き下ろしたおよそ147,000字を超えるこの『集客から創客』の論文は、7年間に及んだ北海道劇場計画の仕事、新しい知事の就任による計画凍結を経て、「地域劇場の考え方」のDNAを次の世代に受け継いでもらおうと着任した県立宮城大学事業構想学部・大学院研究科での8年間に、多くの研究書に触れ、多くの人々、多くの学生・院生たちとの交流の中でかたちづくられたもので、それを研究者や職員へのメッセージとして「とにかく書き始める」を旨に、大学でゼミ生たちに伝えようとしたことを思いつくままに綴ったものだ。一冊にまとめるためには推敲をしなければならない類のもので論文の態をなしていないと思うが、覚束ないながらも考えの輪郭だけは描けたのではないかと思っている。あわせて、館長エッセイも二年間で44本にもなった。これは、市民や職員へのメッセージとして書き継いだものだ。「集客から創客」という言葉は、40代半ばに岡山に招かれて講演をした際に、初めてキーワードとして使用したアーツマーケティングに関わる考え方だ。「集客」は、マス・マーケティングや従来からの広報・宣伝のみに依拠する考え方であり、「創客」は、顧客のライフスタイルに働きかける意味では、ソーシャル・マーケティングの色彩を帯びた、人間の行動様式を見つめておこなう「関係づくりのマーケティング」だと思っている。その意味では、行動経済学、経済心理学を根底にすえた顧客への働きかけである。
また、この「創客」についての論文には、可児市文化創造センター(ala)という最前線の職場でトライ・アンド・エラーをしながら、マーケティング効果を確認できたことの「報告」という色彩も組み込んだものとなっている。可児市文化創造センターでの2年間で、およそ考えられる顧客への「働きかけ」は、すべてとは言わないがかなり試みたつもりだ。「働きかけ」は顧客たる市民にとどまらず、役所や議会へのマーケティングも含まれている。それらの仕事は、創造的であり、革新的であり、日本の公共文化施設においてはどこも着手していない、というより従来の公共文化施設の運営においては考えの及ばない発想と実践を連ねてきたつもりである。
しかし、それらはいまだ試行を繰り返す「過程」でしかない。可児市文化創造センター(ala)での仕事があと何年になるかわからないが、いつ退任してもおそらく「過程」のままで、「未完の地域劇場」でしかないだろう。だが、新しい道は造れているという実感はある。その道をナビゲートすれば、後から来る世代の力で、地域劇場としてのモデルの一つにはなれるりに違いない、との自負はひそかに持っている。
この後はしばらく間をおいてから、1997年に上梓して、地域文化行政のエポックメイキングとなり、この種の本としては珍しく5ヶ月後に二刷となった『芸術文化行政と地域社会―レジデントシアターへのデザイン』を増補して連載するつもりでいる。42歳の頃から地域に出て、93年から雑誌『テアトロ』に連載レポートしたものの一部をまとめたもので、絶版になってから長い時間が過ぎて、多くの人から手に入らないとその再版を要望されていたものだ。
紙数の都合で致し方なく再録されなかったものも拾い上げてみようと考えている。あらためて読み返すと、確かに生ものである地域や施設や活動の情報は古くはなっているが、考え方はいまと大きなブレはない。「ワークショップ」や「アウトリーチ」、「アーチスト・イン・レジデンス」の意義や公共ホールにレジデンス劇団をつくる提案と、その活動がいかに教育機関や福祉機関、医療機関と連携するかの提案がなされている。そのくだりを雑誌に書いたのは94年前後である。しかも、外国の地域劇場は未見で純粋培養のように書き下ろしたものである。読み返してみると、早過ぎる問題提起だった、という気持ちはある。
最近の政府機関の文化施策を概観すると、生意気なようだが正直言って「時代が追い付いてきた」というある種の感慨は禁じえない。阪神淡路大震災の折に私が組織した「神戸シアターワークス」の活動は、多くの第一線の演劇人から面と向かって罵詈雑言を浴びせられた。関西の演劇評論家からは「衛さんのやっていることは理解できない」と書かれた。芸術の社会化が盛んに言われ、誰もがワークショップやアウトリーチの必要性を認知している現在とは隔世の感あり、である。
この作業は、大きく変化した時代と私自身の「いま」に立脚しながら、『芸術文化行政と地域社会』をもう一度なぞって、誤謬は誤謬として、発展させられる記述は発展させて、自著を批評するつもりで書き進めようと思っている。「原点に帰る」ことで、何か新しい視界が広がるかもしれないとの期待を込めた作業になるだろう。
また、あわせて「世界劇場会議 国際フォーラム 2009」での2日間7時間にも及んだシンポジウム『地域公共ホールの未来を展望する』を再録する。中川幾郎(帝塚山大学法政策学部)、荒起一夫(吹田市文化振興財団理事長)、大和滋(芸団協芸能文化振興部)、西川信廣(劇団文学座演出家・日本劇団協議会常務理事)という私が信頼する論客各氏にパネリストとなっていただいた。「指定管理者の現在と今後、新公益法人改革、劇場法、そして創造都市へ」と副題されているように、長大なテーマに挑んだシンポジウムとなった。いたるところに「考えるヒント」の散りばめられたものとなっている。大いに楽しみにしていただきたい。
<予告>『芸術文化行政と地域社会 ― レジデントシアターへのデザイン』目次
序 章 「芸術支援」から「芸術による社会支援」へ。
第一章 「フィクションとしての文化国家」からの脱却。
第二章 演劇と地域と市民社会。
第三章 地域と演劇・その進捗と課題。
第四章 シアター・ボランティアと芸術文化NPO。
第五章 滞在型共同制作の財政的課題とレジデントシアターへの道。
インタビュー 市民文化の創造をめざして。





