可児市文化創造センター(Kani public arts center ala)

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集客から創客へ☆回復の時代のアーツマーケティング

最終章 公共文化施設の未来をデザインする。(2)

文化や芸術への行政の取り組みは、行政の側の物質的・財政的・恩恵的余裕(カネ)と、住民側ののんびりとした余暇(ヒマ)があってのもの、という先入観は行政にも住民にも根強く、いかにも手ごわいのである。
(中川幾郎『芸術文化の公的支援に関する理論的根拠について』)

社会機関としての公共文化施設へ。

 潤沢な税収と予算を裏付けに、公共事業の一環として公共文化施設の建設ラッシュのあった80年代後半から90年代半ばまでと現在とでは、言うまでもなく外部環境は大きく変化をしている。したがって、社会的ニーズとして求められる公共文化施設や文化芸術の果たすべき役割も、当然のことだが大きく変化してきている。そのことに気づいていない行政関係者、公共文化施設関係者、さらにはアーチストがあまりに多いのには驚かされる。外部環境が変化すればパラダイム・チェンジをしなければならないのは火を見るより明らかではないか。
外部環境に対するレスポンスビリティが乏しいということは、公共文化施設を無用の長物としてただひたすら廃墟となるのを待っているだけになるだろうし、行政は毎年多額の維持管理経費を必要とするハコモノ建設をしたうえに「機会ロス」という失政を重ねることになる。ひどい言説になると、文化芸術は先験的に公共性を持っているものである、というアーチストがいまだにいる。その無自覚さには呆れるばかりである。
環境の変化に対応できずに朽ちているのなら、私たちは、空洞となった幹を切り倒すための斧を用意すれば良い。命脈をたもって生きながらえる力を公共文化施設がまだ秘めているなら、私たちは、どう変わるべきかを考え、私たち自身が変わることから始めなければならない。そこから地域社会に対して公益的な機能をもつ公共文化施設のデザインは描き始められるだろう。

 公共文化施設は、かつてのように福祉配給的にアーツを地域に供給する、一部の芸術愛好者のために特化した施設であってはいけない。地域社会から求められる文化施設の社会的な役割は変化している。潜在的なニーズは大きく変化している。ファシリティ(施設・設備・箱物)としての公共文化施設から、インスティテュート(機関・機能・事業主体)としての公共文化施設への転換がなされなければならない。地域社会全体を視野に入れて、その健全化にコミットした施設とならなければならない。地域の社会機関としての公共文化施設への役割転換である。「政策目的としての文化施設」から、「コミュニティ政策を実現するための政策手段」として、公共性を持った、公益的なミッションを遂行する機関にならなければ外部環境の変化に対応しているとは言えない。文化芸術の多機能性をいろいろな意味で荒廃の兆しの見える社会の健全化に生かす時代になったのである。
文化芸術を贅沢なものと、社会的にその存在を軽んじる時代から、ようやく文化芸術が社会化する機会のある環境になったとも言えよう。そうなって初めて、「赤字」経営と言われ続けていた公共文化施設の決算における欠損は、地域社会の健全化への投資と捉えられるようになるだろう。
文化予算や教育予算、あるいは福祉予算の決算における欠損は、「社会的投資」であり、それらは投資的経費である。地域社会にコミットした社会機関としての公共文化施設は、「どのようなまちをつくるのか」という政策目的のための政策手段でなければならない。

アーラのような地域劇場・ホールにはどのような「経営力」や「思考回路」が求められるのでしょうか。たびたび言いますが、地域に「芸術の殿堂」は要りません。必要なのは、社会機関としての機能をもつ公共的な地域劇場、公共ホールであると私は考えます。「人間の家」なのです。そのための経営戦略を考えられる「思考回路」が必須であると思います。地域社会とコミットした、文化芸術でコミュニティの健全形成に資することのできる社会機関が、とりわけいま必要とされているのだと強く思うのです。
(館長エッセイ2009.03.04『三つの会議に参加して― 社会機関としての地域劇場へ』)

地域社会とコミットした社会機関としての公益的文化施設へ。

そんな世の中になってきたからこそ、アーツの社会的役割や劇場の公共的なミッションは以前にも増して重要になってきます。アーラは来年度から、教育機関、福祉施設、医療施設へのアウトリーチ・プログラムを重点施策のひとつにします。アーラに何らかのご都合でいらっしゃれない方々のところには、こちらから出向こう、という考え方です。「オルタナティブ・アーラ」(もうひとつのアーラ)という考え方です。そのためのアウトリーチ・コーディネーターを配置します。社会機関としてのアーラへ大きく一歩を踏み出します。
(館長エッセイ2009.01.15『ツケまわしが来ている―品格のない、危ない国を誰がつくった』)

マーケティングとは哲学であり、プロセスであり、行動に影響を与えるための一連の戦略と戦術である。(フィリップ・コトラー&ジョアン・シェフ・バーンスタイン『Standing Room Only』)

私たちから変わらなければならない。行政の無理解や社会の不寛容を嘆く前に、まず自分たちから変わるべきである。社会機関としての公共文化施設にならなければ、公立の劇場・ホールは、次第にその存立の社会的根拠を失っていくに違いない。社会的ニーズに応えられなければ「退場」するしかないのである。外部環境の大きなうねりに対して、私たちはそれを超える大きな構想力を対峙させるべきではないか。その能力がなければ、施設の存続ができないばかりか、憲法に保障されている「幸福追求権」を担保できる、優れて高い社会的機能を持った機関=ラストリゾート(最後の拠り所)となる機会までも失ってしまうだろう。公共文化施設の「最終使命」は、まさしくそこにあることを関係者、職員は強く意識しなければならない。とりわけ、公益財団法人に移行しようとする組織にあっては、末端の職員まで自分の仕事の「公益性」が何たるかを考え、行動する必要が求められる。


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