先年施行された文化芸術振興基本法には以下のような文言がある。
第二十一条 国は、広く国民が自主的に文化芸術を鑑賞し、これに参加し、又はこれを創造する機会の充実を図るため、各地域における文化芸術の公演、展示等への支援、これらに関する情報の提供その他の必要な施策を講ずるものとする。
第二十二条 国は、高齢者、障害者等が行う文化芸術活動の充実を図るため、これらの者の文化芸術活動が活発に行われるような環境の整備その他の必要な施策を講ずるものとする。
第二十三条 国は、青少年が行う文化芸術活動の充実を図るため、青少年を対象とした文化芸術の公演、展示等への支援、青少年による文化芸術活動への支援その他の必要な施策を講ずるものとする。
第二十四条 国は、学校教育における文化芸術活動の充実を図るため、文化芸術に関する体験学習等文化芸術に関する教育の充実、芸術家等及び文化芸術活動を行う団体(以下「文化芸術団体」という。)による学校における文化芸術活動に対する協力への支援その他の必要な施策を講ずるものとする。
第三十二条 国は、第八条から前条までの施策を講ずるに当たっては、芸術家等、文化芸術団体、学校、文化施設、社会教育施設その他の関係機関等の間の連携が図られるよう配慮しなければならない。
2 国は、芸術家等及び文化芸術団体が、学校、文化施設、社会教育施設、福祉施設、医療機関等と協力して、地域の人々が文化芸術を鑑賞し、これに参加し、又はこれを創造する機会を提供できるようにするよう努めなければならない。
とりわけ32条にある「学校、文化施設、社会教育施設、福祉施設、医療機関等と協力して」の部分に着目してほしい。みずからが行政と強い関係にあるのなら、それを「強み」と「機会」にして経営に活かすべきである。文化芸術振興基本法にある各機関を所管する自治体の部署との連携は最低限とるべきであろう。民間企業に比べて行政出資型財団ならアプローチは取り易いはずである。
「地域文化の振興」などという単一目的で文化施設を孤立させてはならない。孤絶した行政環境に公立文化施設を置くべきではない。孤立状態のところに健全なアートは存在しない。本来的には、公共文化施設におけるアートは、地域住民とのコミュニケーションの中に存在しなければならない。したがって、公共文化施設の指定管理者は、そのコミュニケーションに焦点を合わせなければならない。つまり、地域住民のニーズを充たすことで、ライフスタイルと意識に影響を与えることを使命としなければならない。「変革された個人」(ドラッカー)の創出であり、創客の仕組みである。一部の愛好者のためのみにサービスを提供するという不健全さに拠って立つべきではない。公立文化施設は行政財産であり、ここで執行される政策は、コミュニティ政策全般に関わるものであるはずだ。その施策を効率的、かつ高品質なサービスにするためにも、コミュニティ行政を所管する各部署との協議・連携は住民の付託に応えるものであり、市民との「契約」のまったき履行にほかならない。
他の機関との戦略的コラボレーションによる経営基盤の強化(その2)。
近年、企業メセナ活動を、コーポレイト・ソーシャル・レスポンスビリティ(CSR)の一環と捉えようとする傾向が強まっている。社団法人企業メセナ協議会の調査報告書によれば、「メセナ活動をCSRの一環として位置づけている」と回答した企業は61.8パーセント、「今後CSRの一環に含める」と合わせると86.2%にもなる。また、社団法人経済同友会による『企業の社会的責任経営(CSR)に関する経営者意識調査』においては、「CSRは経営の中核課題」とする経営者が69%にも上っており、企業市民として社会の健全発展の責任を果たそうとする意識の高まりを見せている。80年代の宣伝を企図した冠公演、90年代の企業メセナ協議会発足時の「見返りを求めない支援」論、「利益の一部社会還元」論から、明らかに社会貢献を視野に入れ、「社会からの要請に応えることが企業の持続的発展をもたらす」という企業市民としての自覚のもとにパートナーシップ論にシフトしているといえる。
今後、指定管理者に求められるのは、地域社会の教育機関、福祉機関、医療機関などとの連携を推進して、コミュニティの健全育成に寄与することが強く求められるようになるだろうことはすでに述べた。鑑賞機会の提供と施設管理を粛々とやっているだけでは近隣の同業態の競争相手との差別化がはかられなくなるからだ。また、地方分権一括法以降、地方交付税交付金の減額によって自治体財政が厳しくなり、あわせて金融危機による税収に与える影響などを考えると、従来のような地域の公共ホール運営を専らするだけでは評価の低下は免れないだろう。指定管理者の健全な経営方針によって、地域社会の問題解決が今後の使命のひとつとなる以上、地域の公共文化施設は、地元企業のCSRとの協働の場をもたなければならなくなるだろう。地域社会の健全発展がともに共通するミッションであるからだ。そのような外部環境になる、と断言しよう。ということは、公共文化施設の活動の同心円と、企業活動の同心円の重なる部分が当然のように浮かび上がってくるということである。




